10 稼働限界
「うわ、本当に帰って来たんですねぇ? アナタみたいな下っ端のカスには難しい仕事だと思ったんですが」
仕事を終えて管理課に戻った俺たちを出迎えたのは、出発時と同じ窓口の男だった。
「これが証拠品です。報酬、ここで貰えますか?」
俺は肉刺し鮫のフカヒレが入った皮袋を窓口に差し出す。薄汚く血の滲んだそれを男は何の反応もせずに受け取ってカウンターの下に置いた。
「勿論すぐにお渡し出来ますよ。どうせ小銭みたいな額ですし……それよりアナタ、お名前は何でしたっけ? 本当に有り触れた名前なので忘れてしまいました」
「六級掃除屋のイチです。こっちは五級戦闘屋のキュウ」
「あぁ〜、ハイハイ。そちらの方は知ってますよぉ。壊れた機械仕掛けの戦闘屋だって……やっぱり安物は駄目ですねぇ、すぐ故障する」
窓口の男は半笑いで視線を下に落とす。そこには、全ての手脚があらぬ方向にねじ曲がり、立ち上がれなくなったキュウが笑顔で這いつくばっていた。
「私は、平気だよ……? 壊れても、イチ君が……直して、くれるもんね……えへっ、へへ」
「果たしてそうですかねぇ? そんな状態になった人間はまず助かりませんよぉ。それにほら、イチさんはアナタを病院に連れて行くのではなく、こんな場所に金を受け取りに来ている……率直に言ってアナタ、見棄てられてるのでは?」
「そ、それ……でも、私は……良いん、だ。イチ君に……ちょっとでも、恩返し……出来たから」
「──ふっ、ですって。良いオモチャをお持ちですね」
男は遂に笑みを隠そうともしなくなり、愉快そうに薄い封筒を取り出して渡して来た。
「こちらが報酬の、四千ゴルになります。貧乏人にとっては大金ですよ? 良かったですねぇ? そこの鉄クズはもうすぐ死ぬでしょうから、その背負ってる約立たずと“公平”に分け合うと良い」
「この近くに改造屋は?」
「建物を出て右手側に、良い腕を持った男が店を出しています。しかし改造屋は医者ではありませんよ? 故障を直すことは出来ても、出血多量の人間を救うことは出来ません。それに代金も払えないでしょう?」
「キュウを直すための部品を買い足したいだけです。これでも俺は重傷者の介抱と機械修理は慣れてるので」
「貧乏人のゴミのくせに多彩でいらっしゃる。さぞ多忙な人生を送って来たんですねぇ……人助けなど反吐が出ますよ?」
「強い掃除屋は皆そう言います」
俺はキュウを担いで管理課を出る。すると先程まで萎縮して喋らなかったシィが途端に口を開いた。
「私、あのヒト苦手ッス」
「俺もだよ」
「それで、キュウちゃんは本当に助かるんスか?」
「今まで俺が何回キュウを直したと思ってるんだ。こいつのカラダの事なら俺が誰より分かってる、本人よりな」
……俺の肩に担がれて、バチバチと火花を散らしながら浅く呼吸を繰り返すキュウが、不安そうに体重を預けてくる。
「イチ君、私を、棄てないの?」
「当たり前だろ。もうそんなに壊れるまで戦うなよ?」
「えへへ……久しぶりに、イチ君に会って、はりきり過ぎちゃった」
「本当にな。まさか付近の魔物を全部殺すとは思わなかった。次からは危険を感じたら途中でも帰ってくるんだぞ」
「はぁい」
キュウが仕事中に暴走するのはいつもの事なのだが、今回は悪い要素が重なってしまった。
二つに増設した感情増幅器がキュウの判断力を奪ったせいで、いつも以上に危険な戦い方をさせていたのだ。
水中で戦っていたために俺が途中で止めに入れなかったのも大きな原因だろう。
「……腕の良い改造屋って、あそこか?」
「みすぼらしい建物ッスね」
管理課を出て右手側に進むと、古ぼけたコンクリート製の建物を見付けた。
ここら一体は居住区の中でも都会に位置する場所だというのに、その建物は掃除もされていなければ明かりも付いていない。本当に商売をする気があるのか疑わしいくらいだ。
「お邪魔します」
「……しまッス」
俺たちは恐る恐る建物に入る。室内は薄暗く、鉄や油の臭いが充満し、生温くベタついた空気が蔓延している。奥にある腐った木製のカウンターには一人の男が座っていた。
バサバサの黒髪を一つ結びにして、茶色く汚れたタオルを首に巻いている中年の男は、俺たちを一瞥すると、欠伸をしてから口を開く。
「……帰れ」
「頼む。部品を売って欲しいんだ」
ここが例の改造屋だと確信した俺は、ズカズカと店内に入室してカウンターに金を叩きつけた。
「なんだぁ、このはした金は?」
「こいつの修理をしてやりたい」
俺の言葉に合わせて、キュウがグシャグシャの右腕をぎこちなく振って笑顔で挨拶する。
改造屋は少し面食らった顔をしたが、すぐに咳払いをしてこちらを睨み付けてくる。
「修理はしねぇ。俺はな、認めた相手にしか商売はしねぇ主義なんだ」
「ちゃんと話聞いてたか? 修理は俺がやるからパーツだけ売って欲しいって言ってるだろ。どうせアンタには修理できないから」
「はぁぁん? 面白い冗談を言うガキだな、アホ面の女を二人も背負ってるのも冗談のつもりか?」
「時間が無いんだ。こんな汚い店の三流改造屋には期待してないし、部品だけ買うって言ってるだろ」
「はあ、へぇ? なんだって? 俺が三流だって?」
改造屋は俺の顎を鷲掴みにして、視線を強引に合わせる。
「そりゃ間違いだ小僧。俺は三流じゃなく、三級だ。三級改造屋のヨシマサとは俺のことだ!」
「ははっ、はははっ! なんて言った? 度肝を抜く嘘つきだな。そんなに腕の良い改造屋が、こんな汚らしい犬小屋で仕事してるワケないだろ」
三級とは純粋な人間が到達できる限界と言われている領域だ。
天才、達人、そんな言葉で表現される優秀な人間たちだ。それを自称するなんて、厚顔無恥と言わざるを得ない。
「アンタみたいなのが三級だったら人類の未来は真っ暗だよ」
「良い度胸だクソガキてめぇ、そこまで言うなら俺の実力を見せてやる。そのボロクズみたいな嬢ちゃんを寄越せ、一時間で元通りにしてやろうじゃねぇか」
「誰がお前みたいな怪しいオヤジに任せるか。どうせ適当な仕事して金だけふんだくる気だろ」
「金!? 金だって!? どこまで人を笑わせりゃ気が済むんだ! 俺がやるって言ってんだからむしろ金を払わせろ! 貧乏人のゴミが!」
ヨシマサは絶叫しながらカウンターの上に札束を思いっきり叩き付ける。厚さからして俺の持ってきた金額の十倍はありそうだ。
彼は興奮した顔でキュウを奪い取り、裏にある階段から地下に降りていった。
「えぇ、えぇぇ? イチ君、助けてぇ〜」
「待てこのオッサン! 泥棒!」
「あの〜センパイ? 私を背負ったまんま、そうやってギャースカ騒ぐの止めてもらって良いッスか? 頭が痛くなってきて……あっ、ちょ、揺らさないで! これ吐きそ──おぇっ!」
俺はとにかく全速力で、ヨシマサの後を追った。
10話です。二桁台に突入しました、読んで下さっている方々には投稿の度に深く感謝しています。
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