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11. 戻れない -ジョイルサイドー

「ジョイル! どこだ? いるんだろう?」





 慌てた口調に、居留守を使う事も憚れて、素早く身支度を整えながら返事をした。


「……どうした、アンリ? 何かあったのか?」


 閲覧室の扉を開けると、そっと私は外に出た。後に残されたアリアーヌも急いで制服と髪を整えるはずだ。さすがに何をしていたか想像されるのも恥かしい。


「ああ、良かった見つかって。ヴィヴィエット嬢が探していたぞ? 何でもエレンツィード殿下から直接呼出しを受けたけど、二人きりで会っても良いかとか。エレン殿下が彼女を呼び出すなんて今まで無かっただろう? 随分と困っていたぞ? 殿下をお待たせするのも失礼だし、早く行ってやった方が良いと思って探しに来たんだけど……」


 そう言ってアンリは言葉を止めた。彼の視線は後ろにある、閉じられた扉の向こうを見ている様だった。



「しかし、殿下がヴィヴィを呼び出すなんて聞いていないが……」


「でも随分困っていたみたいだぞ? 君じゃなくて自分に呼び出しかって」


 早く行けとアンリは急かす。アリアーヌが後ろにいる事に気を使っての事だろう。


「判った。行ってくる。済まなかった、アンリ」


 アリアーヌに聞こえる様にそう言って、後ろ髪を引かれる思いでその場から離れる。


 殿下の側近である以上、自分の婚約者が呼び出されているのに行かない訳にはいかない。折角アリアーヌとの逢瀬を楽しんでいたのに。


『しかし、何でエレン殿下がヴィヴィを呼び出すんだ? 何の用事があるんだ?』


 途中から廊下を走った。

 はっきりしない呼出し理由に胸騒ぎがしたからだ。


『殿下が、ヴィヴィを呼び出す理由?』


 10年以上側近として幼い頃から一緒にいるが、今までエレンからヴィヴィについて聞かれた事は無かった。さすがに、最近アリアーヌと付き合うようになってから、婚約者の存在について幾つか忠告を受けたけれど……それだけだ。






 誰もが羨む婚約者。


 10人中10人が、100人中100人が認める婚約者は、公爵令嬢で大層美しく、頭も良い上に人望もあって学院の女神と言われている。


 ヴィヴィエット・レベンデール。流れる様な金髪は、異国の古代蚕からとれる黄金の絹糸みたいだ。紫色の瞳は、レベンデール公爵家特有のアメジスト・アイと呼ばれて宝石に例えられている。桃色珊瑚の唇に飴を摘んだ様な可愛らしい鼻。水蜜桃の様な柔らかく滑らかな頬は、薄っすらと紅を刷いたビスクドールの肌色だ。


 彼女を褒め称える言葉は沢山あった。




 初めて会ったのはエレン殿下の誕生会で、ピンクのドレスにツインテールのまるでポピーの花の精みたいな可愛らしさだった。群を抜いた可愛らしさに、大人も子供も目を奪われていたと思う。


『でも、もうそれも記憶の彼方だ』


 始まったゲームに子供達は熱中した。あの時、確か自分は早々に負けてしまって、殿下のいた隣のグループを見ていた。


『あのこ、つよいな』


 ヴィヴィは強かった。

 あのグループは、結構皆良い勝負をして白熱していた。そんな中で殿下とヴィヴィは隣同士でいたけど、気が付いた時には取っ組み合いになっていた。確か、発端は殿下がヴィヴィの腕だか、髪を引っ張った様に見えたけど……

 結局、二人は大泣きして引き離されたけど、周りにいた子供の大半も()()()()()をして大騒ぎになってしまい、ゲーム自体はそれで終わりとなった。それに、主役である殿下も退出してしまった事から会自体もゆるっとお開きになった。


 結構鮮烈な出会いだった。可愛らしい見た目と反する気の強さ。場合によっては手も出せる強気の女の子。それが私のヴィヴィの印象だった。



 そんな彼女と、私は10歳の時に婚約することになった。


 最初に聞いた時は驚いた。いや、驚くなんてもんじゃなかった。

 毎年行われたエレン殿下の誕生会にも、ヴィヴィはあの時以来見掛けることは無かった。子供の記憶は直ぐに塗り替わるから、たった一度だけ会った女の子の事は早い段階で忘れてしまっていた。父上から名前を聞いた時にも直ぐにはピンとこなかった。


『ジョイル。お前は覚えていないか? エレンツィード殿下の5歳の誕生会で、殿下と喧嘩をした令嬢がいただろう?』


 すっかり忘れていた出来事が蘇ってくる。ピンクと金色。そして紫色……


『その喧嘩をした令嬢が、ヴィヴィエット・レベンデール。レベンデール公爵家の一人娘だ』


 鮮明に浮かんできた少女の姿。あの子がヴィヴィエット・レベンデール。

 あれ以来一度も会っていない、幻の女の子だ。


『ジョイル。お前と彼女は婚約したのだ。これからは婚約者として過ごすように』


 満面の笑顔でそう告げる父上は、これでお前は公爵家に婿入りすることになると喜んでいた。確かに、伯爵家の次男の私には思ってもいなかった果報だ。

 でも、それより何より、私はヴィヴィの事が気になった。あのポピーの妖精みたいだった少女は、今どうなっているのか。



 そして、私の10歳の誕生日。

 ヴィヴィエットと5年振りに再会した。



『ヴィヴィエット・レベンデールでございます』



 そこにいたのは……


 高貴なまでに輝く美貌の少女。豊かな金髪は腰まであって、やんわりと細められたアメジストの瞳。白い肌も瑞々しい艶やかさを放ち、可愛らしいポピーの花だった彼女は、白薔薇の清廉な雰囲気を纏った美少女となって現れた。


『ジョイル様。これから末永く、宜しくお願いしますね』


 光に滲む美しい笑顔。心蕩かす微笑み……







 なのに、裏切ったのは、私だった。









~ ~ ~ ~ ~




 学院の裏庭、通路に近いベンチで1人の少女が泣いていた。持っているハンカチが、すでにぐちゃぐちゃになっているのが見えた。


「君、どうしたんだ?」


 ピクリと小さな身体を震わせて、彼女は私の方に顔を向けた。

 小さな白い貌に、大きな碧い目。フワフワした亜麻色の髪が小さな動物の様に見えた。


「あっ……」


 口籠って、目元を拭うと痛々しい微笑みを少しだけ浮かべた。


「どうしたんだ? 大丈夫か? これを使いたまえ」


 彼女にハンカチを差し出した。ぱちくり目を見開くと真ん丸の目は、握りしめてくちゃくちゃになったハンカチに視線を向けた。

 恥ずかしかったのか、耳が一瞬の内に真っ赤になったのが見えた。


「あ、あのっ」


 女の子がもじもじと赤くなっている姿なんて、見たことが無い。


「いいから、これを使いたまえ。君のはもう役に立たなそうだし……その、どうしたんだ?」


 下級生だろう。普段あまり見かけたことが無い。こんな所で泣いているなんて何があったのだろうか。私は生徒会役員でもあるから、学院内の生徒間のいざこざにも対応しなくてはならないのだけど。


「あの、いいえ、何でもありません……」


「何でも無いって、君は泣いていただろう?」


「……そ、それは……」


 華奢な身体を更に小さく縮めると、消え入りそうな声がした。


「わ、私が至らないせいで、高位のご令嬢から注意を受けたのです。慎みが無い、はしたない振る舞いをしていると……そんなつもりなんて少しも無くて……でも、私が悪いんです。物を知らない私に、皆さんが教えて下さったのですから。感謝してこそだと判っているのですが、判っているのですけど……」


 そう言って再び涙を拭った。

 とにかく、人目に付くこんな所でいつまでも泣かせている訳にはいかない。私は彼女の腕を引き上げて立たせようとした。化粧室に案内する為だ。



「あっ!」


 一瞬、躊躇した。その腕が細く頼りなかったから。

 つい力の入れ具合を誤ってしまった。華奢な彼女はバランスを崩して私の胸に倒れ込んでしまった。


 柔らかく、温かい。


 そして、仄かに甘く薫る身体。


 クラリと頭の芯が揺らいだように感じた。


「す、済まない! 大丈夫か? とにかく、その顔では帰れないだろう。化粧室に連れて行ってやるから、そこで落ち着いてから帰り給え」


 自分の動揺が彼女に悟られない様に、意識して低い声で話す。彼女は、涙で潤んだ大きな瞳で私を見上げた。


 そして、一筋大粒の涙をポロリと零した。


 ドキリと心臓が大きな音を立てた。


 彼女の小さく開けられた、濡れた唇にも目を奪われた。ピンク色に色づいたさくらんぼの様な愛らしい唇。その奥にうっすらと見える白い歯と赤い舌先。


 今まで感じた事が無い気持ちが湧き上がった。支えている彼女の身体の柔らかさ、温かさに、匂いさせも眩暈がしそうだった。



 この気持ちは何だ? 







 


 それから暫くして、私は彼女の唇に初めて口付けをした。


 彼女の華奢な身体には似合わない豊かな胸にも触れた。


 彼女の背中に、小さな黒子が二つあるのも()()()()


『愛しています。ジョイル様、私を、アリアーヌを離さないで?』


 愛している。そう言い合って私達は秘密の逢瀬を重ねた。



 私には婚約者がいるのに。

 高貴で、清廉な非の打ちどころが無い公爵令嬢だ。いつも冷静で、高位貴族の令嬢そのままのヴィヴィがいるのに。

 そんな立派な彼女は美しくて、賢くて完璧な婚約者だ。皆が私には勿体ないと言っているのは知っていた。

 微笑みは美しい薔薇の様だし、振る舞いだって公爵令嬢としての矜持だって完璧に身についているだろう。



 だけど、アリアーヌは違う。振る舞いだって子供っぽいし、男爵令嬢と言ってもそんなに気負っていない。感情豊かだ。嬉しければ微笑み、楽しければ笑い、気に入らなければ怒り、拗ねて、嫉妬もする。悲しければ泣くし……


 ヴィヴィと一緒にいても感じない事が、アリアーヌと一緒にいると感じることがある。それは彼女が自分の欲望に正直だからかもしれない。


 だから、アリアーヌからヴィヴィが彼女に嫌がらせをしていると聞いた時、私のせいだと直ぐにピンときた。本当は私が悪いのだが、格下の令嬢を虐めるなんてヴィヴィらしくない。私に注意するのが先だろう。そう思った。私はヴィヴィよりも泣きながら訴えてきたアリアーヌを信じた。


 アリアーヌに必要とされている感があったから。


 ヴィヴィとは一度も感じた事が無い、()()()()()()()()()()だ。


 私とアリアーヌは相思相愛だと思った。



 ()()()までは……


 







 

 結局私は、ヴィヴィエットもアリアーヌも、両方失ってしまった。



 ヴィヴィとは婚約破棄とされて、アリアーヌは私から離れて行った。それも、私が知らない沢山の情報を置き土産にして。


 結婚相手がいた?


 誕生日に結婚式?


 そんな事一言も聞いていない。


 私を騙していたのか? 私は騙されていたのか? それとも只の結婚前の火遊びの相手でしかなかったのか?


 自分と一緒になれば、私が伯爵家から勘当されるかもしれないと、私を思って身を引いたのじゃないのか?


 なのに、何故君は家を出たんだ? 一体誰と? 何でそれが()()()()()()()!?




 ヴィヴィ。君はこうなる事が判っていたのか? 判っていたから、私を許そうとしていたの?

 それなのに、私は君の気持ちを踏みにじってしまった。泣いていた君の涙すら蔑ろにしてしまった。



 ヴィヴィ。私は最低の婚約者だった。


 君に何と言って謝れば良いのか……謝ることさえ、許されないのかもしれない。










 

ブックマーク、誤字脱字報告、感想も

ありがとうございます。


ジョイル君です。馬鹿です。

可愛そうな馬鹿です。

彼がこれからどうなるのかは

追々書いていきます。


さあ、ヴィヴィ&エレンに

視点を移しましょう。


楽しんで頂けたら嬉しいです!

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頑張るパワーになりますので

宜しくお願いします。



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