弁天堂美咲と幻獣《ミスティカルビースト》 02
ある日の放課後、いつものように迷斎さんの屋敷に向かおうと校門を出たところで、教室にノート忘れたことに気付いた私は、急いで教室へと向かっていました。
腕時計を見ると、午後十七時を指しており、迷斎さんの屋敷までどう走っても二十分はかかるため、すでに遅刻は確定。どうせ怒られるなら、いっそうのこと今日は無断欠勤しようかと思いますが、私の性格上そんな大それたことはできるわけもなく、とにかく今は急いで迷斎さんよ屋敷に向かい、少しでも遅刻の時間を減らすことに必死です。
そんなこんなで、この階段を登り切れば私の教室にたどり着くので、こんな時は某◯ンピースの主人公のように、足を伸ばして十段飛ばしで駆け上がりたいたいのですが、できるわけもなく階段を一つ飛ばしで登っていました。
さて――、ようやくにして私の教室の前までたどり着きましたが、呼吸が乱れているので深呼吸をし、教室へと入ろうといたのですが、教室はまだ誰か残っているようで、とても入り辛いです。
「私のために、ごめんなさい」
教室から声が聞こえます。教室のドアが開いていたので、話声が聞こえてくることは不思議ではありません。しかし、窓からの夕日が逆光となって影しか見えませんが、影が一つだけなので一人しか教室にいないはずです。
それなのに、まるで誰かと会話しているような声が聞こえてきます。これは、一体どういうことなのでしょう?
「私はどうなってもいいの。でも、あなたの白い毛が汚れてしまうのを見るたびに、私は悲しい気持ちになってしまうの……」
白い毛?
汚れてしまう?
何を誰と話しているのでしょう。それに、クラスメートの声なら大抵は聞き覚えがあるのですが、この声に限っては聞いたことがありません。
もう一度、目を凝らしてよく見ると、教室の中にいたのは西園寺さんでした。逆光によって顔はよく見えませんが、座っている席や腰まであるロングヘアーのシルエットから見て、西園寺さんに違いありません。
さらに目を凝らして見ると、彼女の膝の上に角の生えた獣ようなものが、頭を乗せて撫でられているのが見えました。
一体何をしているのでしょう。話の内容もよくわからず、余計に教室に入り辛いのですが、どのようにして中に入ろうかと考えていた、その時です――。
ピリリリ。
私の携帯電話の着信音でした。
慌てて携帯電話を開くと、着信相手は迷斎さんでした。何と間の悪いことでしょう。
「誰? 誰かいるの?」
「わ、私です」
動揺を上手く隠しきれないまま、私は教室の中へと入って行きました。
教室の中には、やはり西園寺さんしか居らず、獣のような影も消えていました。おそらくは、私が見間違えたのでしょう。
「あなたは、弁天堂さんでしたよね?」
「はい、弁天堂です。そう言うあなたは、西園寺さんですよね? まだ、帰らないのかな?」
「ええ、ちょっと用事がありまして。弁天堂さんは、どうしました?」
「私は――、これを忘れてしまいまして」
そう言って、自分の机からノートを取りだし、西園寺さんに見えるように示しました。
「そうですか」
思っていたよりも、普通の反応だったので、私が変に慌ててしまっただけなのでしょう。それに、逆光だったこともあり、鞄か何かを獣のように見えてしまったのかもしれません。
枯れ尾花――なんて言葉もありますし。
「そう言えば、西園寺さんとはあまり話す機会が、なかったですね。今日は、小倉台さんたちと一緒じゃないの?」
「あ、それは――」
少し、悲しそうな表情を浮かべ、西園寺さんが何かを言うとした時です。
「西園寺、まだ教室にいたの? 行くよ!」
教室のドアから、噂の小倉台さんが数人の仲間を連れて、西園寺さんを呼びました。
「すぐ行きます! それじゃあ弁天堂さん、さようなら」
「さようなら」
慌てて西園寺さんは、教室を後にしました。
私も、急いでいたことを思いだし、すぐさま教室を出ました。
それにしても、教室を出る時に見せた西園寺さんの顔が、一瞬鬼のように見えてのは、気のせいだったのでしょうか?
どちらにせよ、私はこの後、鬼のような形相の迷斎さんに怒られたことは、言うまでもありません――。