1話 タコタコタコ
ここは海の中の海底。
そこで俺は一人、蟹を狩っていた。
―――大物だな。
八つの腕を伸ばし、まだ俺に気がついていない蟹を後ろから逃げないように腕を絡みつけ拘束する。
蟹の鋏は驚異なので先に腕で縛り、無効化する。
「ふぅ、なんとか捕まったか。頂きます。」
俺の口は腕の中心、頭の真下にある。そこに蟹を運び、ガリガリバリバリ。
「ごちそうさま。」
殻までしっかり頂いて大満足した俺は次なる獲物を探して海を泳ぐ。
「次は海老がいいねぇ。」
海老は俺の大好物だ。あのプリプリした身は最高だ。
海水を八つの腕で押し出すように海底を泳ぐ。
俺がこの姿になってこの異世界に転生してから今日で丁度一週間。
俺はあの日、気がついたらタコになっていた。
何で転生したのか、そして何でタコなのか、それは俺にも全く分からない。
ただ、気がついたらタコになっていて、頭上には巨大な龍が泳いでいた、それだけだ。
その時点で俺はある程度の予測を立てたのだ。異世界でタコに転生したのだと。
高校二年生という青春真っ盛りだった俺はこの仕打ちに大いに嘆いた。もしこれが、チート搭載異世界転生だったら俺は悲しむどころか泣いて喜んだだろう。異世界転生→チート性能→ハーレム。高校二年生の頭には異世界に転生するとはこういうことだと思っていたのだ。
しかし、現実はどうだろう。今の俺は人ですらない、タコだ。どうやってハーレムを築けというのか。
最初の一日は動揺と困惑で何もできなかった。
二日から五日目にかけて事態を呑み込み、いろいろな事を検証し、この世界のルールのようなものを調べた。
そして昨日から今日はひたすら狩りに勤しんでいる。
「ステータス」
名前:ユウヤ
種族:水蛸
レベル:17
スキル:【水泳】【水生】【吐墨】【硬化】【選定眼】
加護:運命の女神の寵愛
"ステータス"とは俺が偶然知ったこの世界のシステムである。念じることにより今の自分の状況が分かるという優れもの。
名前は元の世界での名前であり、種族はまんまタコさんだ。レベルはよく分からないが、きっと高くなればなるほど強くなるに違いない。流石に上がったら弱くなるということはないだろう。
因みに、このレベルは俺以外の生命体を倒すと上がるらしい。
スキルは、俺の特殊能力的なものだ、と思う。【水泳】やら【水生】、【吐墨】なんかはタコなら当然だと思わなくもないわけだが。【硬化】は多少、特殊能力的だ。腕を硬くすることで一種の槍のようにすることができる。で、最後に【選定眼】だがこれは完璧に特殊能力だ。このスキルは俺が見たものの名前とレベルを知ることができる。これのおかげで俺は敵の実力が一目で分かるのだ。
後は加護だが、《運命の女神の寵愛》もしかしたらこれのせいで俺はタコなんかになったのかもしれないと思うと腹が立つので、最近は考えないようにしている。
まだこの世界のことは全く分からない俺だが、当面の目標は強くなることだ。何をするにもこの弱さではやっていけない。レベルの上限が100なのか1000なのか知らないが取りあえずは簡単には死なない程度に強くなる。そして美味しい物をたくさん食べる。今の俺は20㎝程の大きさしかないからもっと食べて早く大きくなる。
ってな訳で俺は今、糧となる獲物を探して海を散策している。
「‥‥海老だ。」
俺の好物、海老を発見した。元の体の時はそうでも無かったが、タコになってからやたらと海老が美味く感じる。最初に食った時はあまりの美味さに泣きそうになったものだ。
海老の背後に近付く俺、しかし簡単にそれが手に入る程、この世界はあまくはない。
―――《海魚蛇》か。
何故か海老の近くにいるウツボのようなモンスター。名前は海魚蛇、レベルは8で大きさは俺と同じくらい。俺よりもレベルはかなり低い。だが、だからといって油断は禁物だ。こいつには毒がある。一番初めに戦った時はその毒にやられて随分とてこずったものだ。その時の海魚蛇はレベル1だった。今回はレベル8、舐めてかかるとレベルの差なんて簡単に覆されてしまうだろう。
まずは海魚蛇から倒すことにし、気付かれないように背後から接近する。
そして、充分近付いたところで、八つある腕の内、二本を硬化。槍のようにして海魚蛇に向かって撃ち出した。
「シャー!!!」
腕は見事に海魚蛇に突き刺さった。俺は突き刺さった腕が抜けないように硬化を解き、二本の腕をそのまま海魚蛇に巻き付かせる。
しかし、海魚蛇も激しい抵抗を見せた。体をくねらせ、なんとか俺の腕を体から抜こうと暴れる。
「っく」
海魚蛇の牙が俺の腕にたてられ、毒が俺の体に注入された。体が徐々に痺れていくのが分かる。
俺は完全に体に毒が回る前に海魚蛇に刺さっている二本の腕に力を入れ、海魚蛇を引きちぎった。
レベルが上がったからか、俺はこんな力技も可能となっていた。
海魚蛇はしばらく痙攣していたが遂には全く動かなくなった。
勝ったのは良いが、毒が体に回ってしまい、しばらく動けない。それでも抵抗がついてきたからか、最初の頃より各段に治るのは早くなっている。
十秒もしないうちに体の痺れはとれた。
俺は自由になった体で早速海老を食いにいく。海魚蛇の死体も二本の腕でしっかりキープしてあるのでこれも後で食うがまずは海老だ。
今の俺と海魚蛇の戦いでも逃げなかった海老に悠然と近付き、腕の槍で一突き。簡単に仕留めることができた。
「頂きます。」
先に海魚蛇を食ってしまうことにする。俺は好きなものは最後までとっておくタイプなのだ。
海魚蛇はそれなりに美味しかった。少なくとも蟹よりは美味しかった。この世界ではレベルが高い物程、美味に感じるようだからレベル8の海魚蛇は俺が食ってきた中だとかなり高レベルに属する獲物であり、美味いのはある意味当然と言える。
そして次はいよいよ海老の番である。先程の高レベル程、美味いという法則の例外がこの海老だ。今回、俺が撮った海老は桜海老という名前でレベルはたったの2。しかし………
「ウンマーイ!!!」
やはり海老は反則的美味さを誇っていた。弾けるような身、プリプリした食感、溢れ出す海老汁、どれをとっても俺を満足させてくれる素晴らしい食材だ。
海老の美味しさに感動した俺は次なる獲物を求めて再び海中をさまよう。
岩の下の隙間を器用に潜り抜け、海中を泳ぐ巨大生物から見つからぬように注意しながら前に進む。
見渡す限り、蒼のこの世界。文明はあるのか、人はいるのか、疑問は尽きないが今は目標に向かって突き進むのみ。
もし、俺がある程度強くなったなら、この世界を旅してみるのもいい。残念ながら陸上には上がれないが異世界の海を旅して回るのも乙なものだろう。
この一週間で俺は俺なりの折り合いをつけ、この転生人生タコ編を有意義に楽しく過ごすことに決めたのだ。ネガティブにではなくポジティブに生きようと。
海を優雅に泳ぎ、小魚という、見た目は完璧メダカである魚を三匹程狩った。メダカは淡水魚の筈なので海にいるメダカという意味では地球のメダカとは違う種なのだろう。それにこのメダカ、口から水鉄砲を放つ。硬化すれば俺には全く効かないが、やはりところどころでこの世界にはファンタジーな要素がある。
小魚は普通に美味しかった。というより、この体になってから食うもの食うもの、全て美味しく感じる。海老は何故か特別美味いが、それ以外の食べ物も美味しく頂けている。これが俺がこの体になって唯一良かったと思う点である。
それからしばらく海を漂って俺はとある生物を見つけた。いや、見つけてしまった。
「熊海老」
岩の隙間から顔を覗かせるそいつは熊のような黒い体に細かい毛のようなものが体からはえていた。
【選定眼】で名前は分かった。しかし、レベルは《???》と表示され知ることができない。
【選定眼】はどうやら俺と同格かそれ以下の物のレベルしか分からない仕様らしい。というのもこのレベルが表示されない状況は今回が初めてではないのだ。俺の真上を悠然と泳ぐシーラカンスに似た巨大な魚は名前もレベルも見ることはできない。おそらく、あの魚は俺よりも遥かに格が高いのだろう。
因みにこれにレベルの高い低いは関係ない。俺よりも高いレベルのモンスターに会ったことはあるし、最高記録で俺はレベル78の小魚を狩ったことがある。
あの時の小魚は海老に勝るとも劣らない美味だった。小魚のくせに大した奴だったぜ。
話を戻そう。
この熊海老、名前は見えることから俺よりも遥かに格上ということはなさそうだ。体も俺より少し大きいくらい。今は俺には気付いておらず、岩と岩の隙間からヒゲだけを海流にのせてユラユラとさせている。
―――食いたい。
只でさえ美味い海老で、しかも俺よりも格上ときた。これは海老グルメとしては食うしかない。
しかし、相手は俺よりも確実に格上。俺はこの世界に来てから格上には絶対近付かないというスタンスをとってきた。この世界での敗北は即、死を意味する。そんな世界で博打を打つ程、俺の肝は据わってなかった。
だが、ここで逃げては男が廃る。男には、いやタコには、命を賭けても勝たなきゃいけないときがあるのだ。
―――それが今だ!!
「俺、アホだな。」
何だかんだ言ってもいきなりの理不尽な異世界転生で気が滅入っていたのだろう。その場のノリとテンションだけで無謀にも熊海老に突っ込んでいってしまった。
「いや、勝ったけどね。」
言い訳のように呟く。自分でも誰に言い訳してるのか分からないが、とにかく自分を慰めなきゃやってらんない。
確かに熊海老には勝った。しかしその代償に腕を二本も失ってしまった。
俺の腕は熊海老の鋏により根元から切り離されてしまったのだ。奴め、海老のくせに大そうな鋏なんて持ちやがって。
まぁ、悩んでも仕方ない。まずは戦利品の熊海老さんを食べることにしよう。
熊海老を六本に減った腕で腕の付け根にある口に運び、頭から殻ごとカブリ。
「ウウウウウウウンマーイ!!!!!!!」
格上の獲物だからだろうか。最早言葉にするのも阻まれる程の美味しさをこの熊海老は誇っていた。この美味しさなら腕二本も無意味な損害では無かったように思える。
俺は少しずつ噛み締めるように熊海老を食べていく。
全て食べきる頃には辺りが真っ暗になっていた。
「食った食った。」
今の俺は幸せ体現したような顔をしているに違いない。まぁ、タコの表情を見分けられるような奴がいたらの話だけれど。
今日の俺はかなり頑張ったので、辺りも暗くなったことだし、手頃な隙間のある岩を見つけ、そこに滑り込み寝ることにした。
流石に腕が二本も無くなると今までと勝手が違う。無くしたものをくよくよ言っても仕方ないのだが。
今回のこと後悔はしないが反省はしようと思う。
‥‥腕、はえてこないかな?
名前:ユウヤ
種族:水蛸
レベル:25
スキル:【水泳】【水生】【吐墨】【硬化】【選定眼】
加護:運命の女神の寵愛




