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今世では恋を諦めた伯爵令嬢ですが、前世の夫が今世で執着してきます  作者: 陽ノ下 咲


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第十八話 勝敗の行方

 エドガーの剣技は激しく、それでいて隙が無い。

 振るわれる刃は重く鋭く、まるで一撃一撃が相手を打ち砕くために放たれているかのようだった。

 だがその実、力任せではなく、的確かつ効率的に急所を狙ってくる洗練された剣筋に、セシリアの身体がビリっと震えた。


 対するセシリアの剣は、対照的だった。

 その刃は空気を裂きながらも淀みなく流れ、まるで風のようにしなやかに動く。

 無駄のない軌道で相手の攻撃を受け流して、いなす。

 力で押し切るのではなく、相手の力すら利用して制する剣だ。

 双方の刃がぶつかり合う音が、乾いた高音を響かせる度、観客席からどよめきが起きた。


 互いに一歩も譲らない。

 踏み込み、斬り結び、離れ、再び間合いを詰める。

 一切淀味のない、その一連の動作は、固唾を飲んで試合の行く末を見守っている観客たちを魅了した。


 エドガーの剣が上段から振り下ろされる。

 重く激しいその剣筋を受けた瞬間、セシリアの腕に衝撃が走る。だがセシリアは歯を食いしばり、そのまま力を流すように刃を滑らせた。

 鋭く踏み込み、喉元へと突きを繰り出す。

 けれど、繰り出した刃をエドガーの剣が弾いた。

 金属音が響き、軌道を逸らされた刃が空を切る。

 その一瞬の隙を、エドガーは見逃さなかった。

 踏み込み、間合いを潰し、視界が一気に近づく。


(速い……っ)


 反応が遅れた。

 気づいた時には、すでに剣が迫っている。


 咄嗟に受けに回るが、重い衝撃が落ちてきて、セシリアの瞳が鋭く細められる。

 その瞬間、不意に胸の奥がざわりと揺れた。


 彼の剣筋を見るのは、これが初めてのはずだ。

 けれど何故だか、セシリアはそれを知っている気がした。


(……私、以前にも、この剣筋をどこかで見た事がある様な気がする)


 そんな、言いようのない違和感が、胸に広がる。


 どこか切なく、懐かしくもある、何か。

 掴みかけては指の間からこぼれ落ちるような、そんな曖昧な感覚に、思考がわずかに揺らいだ。

 ほんの一瞬、意識がそちらへ引き寄せられ、反応が少しだけ遅れた。


 その隙を、エドガーは見逃さなかった。


 鋭く弾かれた一撃が、セシリアの剣を大きく逸らす。

 しまった、と思った時には遅く、次の瞬間、喉元へと突きつけられた刃が、勝敗を告げていた。


「勝負あり!」


 審判の声が響く。

 静まり返った空気の中、セシリアはゆっくりと息を吐いた。


 直後、観客席から、割れんばかりの歓声が上がった。



 熱気に満ちた空気の中で、戦いを終えたセシリアだけが、静かだった。

 まだ腕に残る衝撃を確かめるように、わずかに指を動かす。


 さっき感じた、些細な違和感。

 胸の奥に、懐かしさにも似た感覚が広がった。

 温かいようで、切ないような、言葉にできない感情。


 ほんの一瞬、エドガーの姿が、別の何かと重なった気がした。


(……この違和感は、何かしら……)


 掴みかけては消えていくその感覚に、わずかに眉を寄せる。

 胸の奥には小さなざわめきだけが残った。

 けれど、それを深く考える暇もなく、試合は決勝戦へと進んだ。


 *



 決勝戦。

 エドガーの前に立ったのは、セシリアの父である、ゼノンだった。

 王宮騎士の総司令官であり、本大会の優勝候補でもあるヴァルモンド伯爵。

 そして、王直属の側近で、眉目秀麗な見た目からは想像もつかない激しい剣技を振るうアルヴェイン公爵。

 両者による決勝戦とあって、観客席の熱気は一層高まっていた。


 セシリアも、負けた悔しさも先程感じた何とも言えない違和感も一旦忘れ、今は観覧に徹しようと、二人の試合に注目した。


 経験と実績を積み重ねてきた歴戦の騎士と、若き実力者の試合に、誰もが固唾を飲んで見守る中、試合は始まった。


 初撃から、激しかった。

 ゼノンの剣は、一撃ごとに重みがあり、受ければ腕が痺れるほどの圧を帯びている。

 それでいて、その動きは驚くほど滑らかで、重さを感じさせない。

 すべては、研ぎ澄まされた技によるものだった。


 対するエドガーは、それを正面から受け、いなし、時にぶつける。

 剣と剣が何度もぶつかり合う。踏み込みが交錯し、互いに一歩も引かない。


 だが、徐々に、その均衡が崩れ始めた。

 エドガーの剣が、速度、精度、そして読みの上でも、ゼノンのそれを上回る。

 エドガーがゼノンの剣を受け流し、その動きの先を取るように斬り込んでいく。


 その一連の流れを見ていたセシリアの胸の奥が、微かに騒めいた。

 先ほど剣を交えた時と同じ、言いようのない既視感にとらわれる。

 初めて見るはずの剣筋なのに、やはりどこか懐かしく感じる。

 セシリアはエドガーの剣技を、瞬きも忘れ、ただ静かに見入ってしまっていた。


 決着は、一瞬だった。

 エドガーが鋭く踏み込んだ一撃が、ゼノンの体勢を崩し、喉元へと刃を突きつける。

 


「勝負あり!」


 審判の声が響き、闘技場が歓声に包まれる。

 優勝を手にしたのは、エドガーだった。




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