第十六話 剣術大会、開幕
その日、ルミナリア王国では、王宮主催の剣術大会が開催されていた。
年に一度、国をあげて行われるこの催しは、民にも広く親しまれている。
近年、ルミナリア王国は大きな戦もなく、平穏な時代が続いている。
だからこそこの大会は、いざという時に備え、騎士たちが実戦形式で腕を競う場となっていた。
そしてこの大会には、王宮騎士はもちろん、腕に覚えのある国民も参加を許されている。
この日ばかりは爵位の上下も関係なく、無礼講で剣を交えることができる。
平和だからこそ成り立つ催しであり、同時に、王族や貴族の力を国民に知らしめる場でもあった。
王城内に設けられた観覧席は、早朝から既に多くの人で賑わっている。
高座には王と王妃が並び、その傍らには、レオナルド殿下、そしてフィオナ王女の姿もあった。
殿下は穏やかな表情で場内を見渡しているが、その視線は時折、どこか物色するような目をしていた。
隣に座るフィオナ王女は、頼もしくもあり、同時にどこか底知れないものを感じさせる兄のその姿を、何とも言えない気持ちで見ていた。
「今年は例年以上に見応えがありそうだな」
「ええ。特に今年は、アルヴェイン公爵も出場されるとか」
王妃の言葉に、王は満足げに頷いた。
闘技場の奥、選手たちの控えの場には、この後の試合を控えた者たちが集まっていた。
そして、その中には、当然、セシリアの姿もある。
彼女は毎年、この大会に出場している。
王宮騎士としての実力は折り紙付きであり、過去に優勝経験もある彼女は、今年もまた優勝候補のうちの一人だった。
王宮騎士の総司令官である父のゼノンも、近衛騎士として名を馳せる兄のクラウスもまた、優勝候補として名前が上がっている。
名門ヴァルモンド伯爵家の血筋は伊達ではない。
ちなみに、フィオナから護衛として任命されたのも、この大会での試合運びが評価されたことが大きく影響している。
今日の大会についても、フィオナは以前セシリアに話していた。
「王族たるもの、剣術大会は平等に見ないといけないのは当然のことだわ。……でも、どうしたって私は、内心ではあなたの優勝を願ってしまうのよね」
セシリアは、その言葉が胸の奥にじんわりと染み渡るのを感じていた。
十四歳という若さにして、王族としての誇りと気高さを揺るがせないフィオナ。
その在り方に深い敬意を抱いているからこそ、時折見せる大胆さや無邪気さ、おおらかで優しい一面が、いっそう愛おしく思える。
そんな彼女が、自分のために内心で願ってくれている。
その事実が、どうしようもなく嬉しかった。
だからこそ、セシリアはフィオナの期待を裏切るわけにはいかないと、強く思っていた。
「……やっぱり、この空気は心地良いわね」
控えの場で剣を握りながら、セシリアは小さく息を吐く。
辺りを見回すと、騎士や王都の住民はもちろん、地方出身の腕に覚えのある者たちも集まっており、熱を帯びた空気に包まれている。
張り詰めた気配、互いの力量を測り合う視線、足音一つでさえ意味を持つような緊張感。
そのすべてが、彼女の感覚を研ぎ澄ませていく。
「セシリア!」
突如、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
振り返ると、兄のクラウスが駆け寄ってくる。
「セシリア、見たか、エドガー様のさっきの試合!」
エドガーのことをまるで信者の様に尊敬している兄は、目をきらきらと輝かせて息巻いている。
不意に脳裏に、先日あった庭園での出来事がよぎった。
エドガーに強く引き寄せられ、唐突に重なった唇。
「……っ」
心臓が、どくん、と大きく跳ねる。
胸の奥がざわつき、落ち着かない鼓動が一気に早まった。
(……今は、そのことを考えるべきではないわ)
小さく息を吐き、意識を切り替える。
ここは剣術大会の最中だ。余計なことに気を取られている場合ではない。
乱れた鼓動を押し込めるように、セシリアは静かに心を落ち着かせた。
「いえ。エドガー様の試合はまだ一試合も拝見できておりません」
「はあ!?お前、一体何しにここに居るんだよ?もったいないぞ!」
信じられないものを見るような顔をされる。
エドガーはこれまで王都を離れて領地に赴いていたため、その活躍を見る機会がなかった。
けれど、今年はこの大会にエントリーしている。
そのことを知ってからクラウスは、今日の大会をずっと心待ちにしていたのだ。
けれどセシリアはそんな兄の様子に、信じられないのはこちらの方だと思った。
「何しにって、試合をしに来ているに決まっているでしょう……?」
もう負けてこの後の試合が無いのならまだしも、自分の試合をこなしながら、エドガーの試合を観客目線でしっかりと見ている兄の方がよほど理解できない。
内心そんなことを思いながら、呆れた顔を隠さずにそう言うと、クラウスは話したくて仕方ないという風にうずうずしながら、口を開いた。
「そうは言ってもな、あの人本当にすごいんだぞ!動きに無駄が一つもなくて、全く隙が出来ないんだ。気付いた時には相手は負けてる。……あれはもう、一種の芸術だな!」
語り出したら止まらない。
「いや、剣術だけじゃない。間合いの取り方も、相手の誘導も完璧で、頭の回転も異様に速い。場の空気を掌握するのも上手いし、そのうえ……、」
「兄上」
放っておくと際限なく喋り続けそうで、セシリアは思わず言葉を遮った。
「少し落ち着いてください」
「いや、でもな……」
まだ喋り続けたそうな雰囲気の兄の姿に心底呆れる。
「分かりましたから」
少し強めにそう言うと、クラウスはようやく口を閉じた。
それでも、未練がましそうにぶつぶつと呟いている。
(……完全に信者ね)
ここまで来ると、我が兄ながら、若干引いてしまった。
普段はあれほど堅物で、他人を軽々しく評価しない兄がここまで入れ込むとは。
エドガーはそれほどの人物ということなのだろう。
(……だからといって)
セシリアは静かに息を整える。
(私が負ける理由にはならないけれど)
試合は進んでいき、セシリアは一戦、また一戦と勝ち進んでいった。
観客の歓声やどよめきといった、試合の外のすべてが遠くに感じるほど、意識は研ぎ澄まされていく。
そして。
「準決勝、エドガー・アルヴェイン公爵対、セシリア・ヴァルモンド!」
その名が呼ばれた瞬間、場内がどよめいた。




