2-17 ありがたや
花園で暮らす三兄弟と妹は、本屋にも別棟にも近づかない。けれど通用門からだと困った事に、本屋の前を通らなければ帰宅できないのだ。
で仕方なく、本屋の手前で自転車を降り、押しながら歩く。
「イヤァァッ。」
何事!
「来ないで、キャァッ。」
悲鳴の主は恐らく本家の一人娘、愛。
「まこ兄ぃ。」
上野 圭、十四歳が自転車を倒した。
「オウ。」
小川 真、十六歳がハンドルから手を放し、駆け出す。
「失礼します。」
重厚な扉を開き、中に飛び込んで見たモノは、信じられない光景だった。
汚部屋を黙黙と片づける豪。生命力が強く、黒くて小さいカサカサを見て騒ぐ愛。ソレを無表情で見つめる本妻、未亜の姿。
「よく来たね。」
プラスチック容器や食べ残しを仕分けしながら、大きなゴミ袋に入れる豪。
「突っ立ってないで手伝って。」
ギャァギャァ騒ぎながら、母親を立ち上がらせようとする愛。
稔の妻、未亜は妊娠中。『悪阻が酷い』と聞いていたが、ココまで酷いとは思わなかった。というかコレ、悪阻か?
「キャァ! 黒い稲妻が走ったぁ。」
『黒い稲妻』とは、佐藤家におけるGの隠語である。
「ブツブツが出ちゃうよ、どうしよう。」
「現実を受け入れるんだ、妹よ。諸悪の根源はな、ココを根城にしている。」
「豪兄さまのバカぁぁ。」
『どこの家でも、妹は騒がしい生き物なんだな』と思いながら、圭と真が脱力。どう考えても人手が足りないので、内線で江口 充と上野 佳子に応援要請。
愛と佳子が未亜を風呂場に連れてゆき、世話しながら何があったのか聞き出す。その間に男四人が片付け。
ゴミ袋の山をバケツリレーの要領で庭に出し、床が見えたら次は家具。
未亜を寝室に運び、愛は残って監視。佳子は兄たちを集め、あれこれ報告。それから持ち場に戻り、作業再開。
佳子は風呂場や洗面所など、水回りの掃除を担当。
「四人とも、ありがとう。」
豪がニッコリ微笑んだ。ヨレヨレのクタクタでも美形は美形、クラッとする。
「兄さま。お母さまが『何か食べないと、もっと気持ちが悪くなる』って。」
美幼女もボロボロだが、艶めかしい。
「もうダメだ、お婆さま。いや正直に事情を説明して、智に来てもらおう。」
豪が『考える人』のポーズで呟く。
充たち四人が花園寮に戻って直ぐ、スエットスーツを着た智が到着。
三角巾に立体型マスク、滑り止め付きの足袋と軍手をして完全防備。ザッと家の中を確認してから作業開始。
兄妹が風呂から上がる頃には夕飯と、一週間分の食事が出来上がっていた。密閉容器に入れられているので、電子レンジで温めれば食べられる。
「ありがとう。ありがとう、智。」
「わぁぁ、天才。」
豪と愛がツゥっと涙を流し、智に感謝の祈りを捧げた。




