厄介者
はっきり言って、彩花さんのコスプレイヤーの話は理解できない。俺からしてみたら異世界の話だ。
だが、俺の秘密は本物の異世界だ。
一体、どんな反応をされるのか。
精神病院に叩き込まれるのか。
言った方がいいか、言わない方がいいか。
いや、一緒に住むと決めたところからして、選択肢はない。言うしかないのだ。
でなければ1週間の出張でどこに行くのかとか、売り上げはとか、色々説明つかないことが多くなる。しいては嘘ばかりになっていく。
そんなことをするくらいなら、一緒に住まなければいい。もう言うしか選択肢はないんだ。
例え、それで俺と彩花さんの関係が終わりになろうとも……。
「退院してからじゃ」
「ダメ」
彩花さんの目は真剣だ。
すると看護師がやってきた。
「すいません、点滴を抜いてしまいました」
俺が謝ると看護師は軽い小言を言い、点滴を元から全部交換して、彩花さんの逆の手に再度点滴をする。
そしてまた2人きりに戻る。
「教えて」
彩花さんは上体を起こして、ベッドの背もたれに寄りかかる。
彩花さんの目は純真そのものだ。
と、前なら言っていただろうが、彩花さんの色々な一面を見た今はあの目はやたら恐ろしく見える。
俺は深呼吸をするように大きなため息を吐く。
「俺は気が狂ってると思われ────」
「大丈夫です」
「……」
彩花さんは本当に絶対折れなそうだ。
仕方ない、ならばサラッと告白バージョンだ。
「やー、俺、実は職場が異世界でさ、ちょこちょこ往復してるんだ。だから家を開けることが多くなると思う」
俺は恐る恐る彩花さんの顔を見る。
真顔だ。目を見開いてもいない。笑ってもいない。真顔だ。
「あー、嘘と思ってくれてもいい。とにかく、家を開けるんだ。だから────、彩花さん?」
彩花さんは全く動きがない。
目の前で手を振っても反応すらしない。
気絶しているようだ。
俺はナースコールを押した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
医師が来て診察したところ、どうやら呼吸もしてるし心臓も動いている。寝ているような状態なのでしばらくしたら起きるだろうと言っていた。
一応心拍、心電を図る機械をつけて、何かあればすぐに対応するというので、俺は家に帰った。
はっきり言う、逃げたのだ。
このまま異世界へとも思ったが、流石にそれはやりすぎだ。
一晩寝てから、吉岡さんに電話して日を改めさせてくれとお願いして、また彩花さんの所に行くことにした。
一夜明け、また彩花さんの病室だ。
「来たわね?」
昨日俺が逃げたからか、彩花さんは怒っている。
つうか、俺の知っている彩花さんはもう居ない。こんなセリフを言う人ではなかった。
「今日来なかったら病院を抜け出すつもりでした」
「……」
勘弁して欲しい。
「仁さんにお願いがあります」
「……はい」
「まず私の部屋に行き、衣装タンスの隣の扉をあけてください」
「……はい」
「それと私は明日退院予定です。私の財布を持って明日の12時に迎えに来てください」
「……それだけ?」
「それだけです」
完全に顔は怒っている。
言葉も事務的で取りつく島もない感じだ。
「以上です、お帰りください」
「…………」
なんなんだこれは?
何を考えてる。全くわからない。
「早く!」
「っ!はいっ!」
俺は言われるまま、彩花さんの家に帰った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
彩花さんの部屋に入る。衣装タンスはわかる、あれだ。
それの隣の扉……。
これか。
俺はそれを開けてみた。
そこには、ずらーっと本が並んでいた。文庫本のようなもの、A4サイズの本、壁一面が本棚だった。
「異世界最強伝説……」
「私来ちゃった、異世界に……」
「生まれ変わったら最強でした……」
「最強賢者はハーレム大好き……」
どの本の背表紙にも、似たような題名が書いてある。
本を手に取り中身を読む。
「これは……」
俺がミランダに借りた文庫本のようなやつがびっしり入っていた。
中身を読むと、クラス全員で異世界、パーティから追放?、異世界で生まれ変わって日本の記憶がある?、ゴミスキルかと思ったら最強になど、色んなパターンがあったが、どれもこれも異世界に行って、金持ちになったり、あり得ないほど女にモテるようになる物語ばかりだった。
だが、すべて空想の物語なはずだ。
「まさか、異世界を夢見てるってことを言いたいのか?」
だとしたら……
これは大変なことになりそうな予感がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「待ってました」
彩花さんの目は笑ってない。
彩花さんは俺から財布を受け取ると、免許証を出して、あとで払いに来る手続きをして、医師に頭を下げた。
「私がバカでした。あそこで死んだら終わりでした。……私には生きる意味があった、ちゃんとあったのです」
俺はその言葉を聞き、冷や汗が止まらない。
車に乗り込む。
彩花さんの家に向かって走り出すも、彩花さんは口を開かない。
「あー、実はあれは俺の冗談────」
「仁さんはそんな嘘をつきません。私にだってわかります。それにレイヤーを知らない人が異世界を元々知っていたとは思えません。ならば仁さんの言葉は真実ということ」
「…………」
彩花さんは早口でまくし立ててきた。
また長い沈黙が流れる。すると、
「コスプレと言うのは、現在に存在し得ない人、物、世界に憧れ、それになりきることで異世界に行ったような妄想をすることから始まりました」
彩花さんのコスプレ談義がまた始まった。
「私も同じです。幼い頃にラノベに出会い、それに憧れ、ないものを妄想し、服装だけでもとなりきり、欲求を満たしていました」
それは間違ってる。あんなドエロイ格好の異世界人は居ない。レイプしてくれと言ってるようなものだ。そんなふざけた世界ではない。
「でも……、妄想じゃなかった……」
いや、妄想ですからっ!!ないから、あんなエロい異世界!!
彩花さんが俺を見てるのを感じる。俺は前を向いて運転してるが、彩花さんから痛いほどの視線を感じる。
すると、彩花さんが
「あっ、おい、ちょっ!」
俺のズボンのポケットに手を入れて来た。
「っ!ポケットが角ばってると思いました!これは……、まさしく冒険者証!!!、何これ、読めない!あはははっ!読めないわ!」
彩花さんは歓喜に震えている。いやもう狂ってると言ってもいいかもしれない。
うかつだった。
まさかそんな行動に出てくるとは。
「最高!死ななくて良かった!最愛の人と異世界を同時に入手なんてっ!しかも一緒に旅立てる?!最高すぎるわっ!」
俺が運転中にもかかわらず、彩花さんは抱きついてくる。
「ちょっと!危ないから!それに異世界へは誰でも行けるんじゃないんだ!魔力がなきゃダメなんだよ!」
「……え?」
彩花さんは硬直した。だがすぐに、
「い、いえ平気よ……日本人はみんな莫大な魔力を持ってて水晶を壊すわ……」
「なんの話だよ!冒険者ギルドの調査ではこの辺には俺ともう1人しかいない!もう1人は男で彩花さんじゃない!」
「…………うそっ」
彩花さんは俺から離れてフリーズした。
俺はそのまま黙って車を走らせた。
重い空気の車内のドライブは終わりを迎える。
車が彩花さんの家に着き、車を止めると、まだ虚ろな目だが彩花さんは動き出した。
「こっちに転移装置があるの?」
「……」
俺は本当のことを言う選択をした。
あとをつけられたり、危ないことされると困るからだ。登録証を見られたなら嘘をついても仕方ない。
「ああ、そうだよ」
「……なら転移装置の管理人が居ますね?」
なぜ分かるのか。文庫本をたくさん読んでるとこれが当たり前なのか?
「ああ、いるよ」
彩花さんの目に力が入った。
「ならお願い、その管理人に会わせて。どうしても会いたいんです」
「……」
俺は少しだけ悩んだが、
「彩花さんがそこに行っても、彩花さんが異世界に行けるわけじゃないぞ」
すると彩花さんは、俺の方に向き俺の肩を鷲掴みにしてきた。なかなか痛い。
「そんなのっ!行って見なきゃわからないじゃない!」
「わかるよ、俺とそいつしか居ないって言ってたし」
「私は東京から来たんだもん!調べられてないだけかもしれないわ!」
「……基本的に異世界は秘密みたいなんだ、簡単に連れていけないよ」
「お願い!このままじゃ納得出来ないわ!」
納得ってなんだよ。
「…………管理人は日本の人と見た目が少し違うんだ。見世物みたいに見せにいくなんて、そんなのは彩花さんだって嫌だろ?」
彩花さんはうな垂れた。だが、何か黒いオーラと言うか、不穏な雰囲気を纏っている気がする。
「そんなの…………」
「?」
彩花さんは顔を上げる。
「そのくらいいいでしょ!!、私の為にそのくらいしてよ!何よ見世物くらいっ!私だっていつも見られてるわ!」
彩花さんの目は血走っている。
「いや、彩花さん。ちょっと落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょ!、連れてって。連れてきなさいよ!私の夢がかかってるのよ!秘密にもするし、代償が払うならなんだって払う!、っ、そうだ、仁さん、私を抱いてもいいからっ!お願い!諦めきれないのよ!!」
「…………」
彩花さんは鬼の形相で、俺を揺さぶってくる。
こりゃダメだ。このままじゃ収まらないだろう。無理やり置いて行ったらまた自殺したり、異世界のことを言いふらされてしまうかもしれない。今時ならネットで拡散されたら一発だろう。
それはまずいと思うし、ミランダにも迷惑をかける。
下手したら異世界と地球の戦争なんてことに…………。
「わかった。見るだけだ。それでいいな?」
「……ええ」
俺は冒険者ギルド 青木ヶ原樹海支店に彩花さんを連れて行くことにした。




