表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/80

scene:60 草原の遭遇戦

 エイタ達は迷宮を戻り地上に出た。敵軍用傀儡が出現する可能性があるここは危険だった。新兵達のレベル上げを中止させ、荷物を纏めてユ・ドクトに帰る用意を命じた。

「どうしたんだ」

 ヴォレス中尉が説明を求めた。ルチェス大尉はオスゲート上級曹長も呼ぶと迷宮の中に軍用傀儡の足跡を発見したと伝える。

「……拙いですね。今の新兵達じゃ軍用傀儡は無理です」

 ヴォレス中尉が冷静に分析しルチェス大尉に告げた。広い草原で戦うのなら戦術により勝てるかもしれないが、狭い迷宮では勝ち目がない。

 新兵達の練度もまだまだなので尚更である。

「そうだな。まだ無理だろうな」

 新兵達の顕在値レベルは平均7程になっている。目標としていた二桁には届いていないが、戦う姿が段々と様になっていた。

 ここでレベル上げを中止するのは惜しいが仕方ない。


 エイタ達は急いでユ・ドクトへ戻った。

 ルチェス大尉は一番に参謀本部のキリアル中将へ報告した。迷宮に軍用傀儡の痕跡が有った事を中将や参謀達に伝えると彼らが厳しい顔になった。

「本当に迷宮から侵入していたのか?」

「どうしますか、中将」

「ここはメルドーガを派遣するのがいいのではないか」

 参謀の一人が新しい軍用傀儡の出動を具申する。それを聞いた中将は了承するのを躊躇った。量産を開始したばかりの新型は数が少なかったからだ。

「メルドーガはまだ数が揃っていない。モルガートの方がいいのではないか」

 中将が反論した。

「ですが、相手はジッダ侯主連合国で傑作機と言われるヴィグマン()型です。モルガートだと被害が大きくなるでしょう」


 議論が暫く続きメルドーガ五体を派遣すると決まった。

 メルドーガの輸送にはアサルトスパを使うべきだという意見が出た。輸送中の軍用傀儡は戦力にならないので護衛としてアサルトスパを使いたいらしい。


 ルチェス大尉はジッダ侯主連合国との国境線を守るアシルス砦の様子が気になったので尋ねてみた。

「ジッダの奴らはヴィグマン()型の部隊と新型を送り込んで来た。我が方もモルガートの傀儡大隊を配備した」

 傀儡大隊には軍用傀儡がおよそ一〇〇体含まれるのでかなりの戦力となる。とは言え、敵の軍用傀儡も同程度の数が配備されているようなので、若干自軍の方が不利である。


「それでしたら、メルドーガをアシルス砦へ送るべきではないのですか?」

 ルチェス大尉が意見を述べると。

「アシルス砦へ配備するなら、中隊規模でないとな。そこまで新型の数がないのだ」

 キリアル中将が渋い顔をする。工廠がメルドーガの量産開始を宣言したのに、一向にメルドーガの完成機の数が増えない状況に参謀本部も頭を痛めていた。


 ルチェス大尉はメルドーガの量産性の低さを聞き、工廠は何をしているのだと怒りを覚えた。

「それでしたら、アサルトスパを三〇〇機ほど量産してはどうでしょう。ある程度の戦力になると思いますが」

 その提案を聞いた中将は考え込んだ。黙り込んだ中将に代わり目付きの悪い参謀が反論する。

「待て……軍の予算も考えろ。何処から金を用立てろというのだ」

 オベル工廠長の甥ギュリス中佐だった。

「メルドーガの予算を回せば良いのでは」

「馬鹿を申すな。メルドーガが製造出来なくなるではないか」


 ルチェス大尉がジト目で、その参謀を見る。

「金が有っても、製造していないではないか」

 ギュリス中佐がウッと言葉に詰まった。その時、中将が声を上げた。

「アサルトスパは乗り手が必要なのだろ。人材はどうする?」

「新兵を集めて貰えれば、こちらで鍛えます」

 中将が驚いたような顔をする。新兵を育てるのは大変な仕事でやりたがる者は少ないのだ。


 先程言葉に詰まったギュリス中佐が口を挟む。

「待って下さい。アサルトスパには実績が有りません。そんなものを量産するなど金の無駄遣いです」

 この参謀、余程金に五月蝿いようだ。だが、実績が無いのはメルドーガも一緒である。実績が無いのを理由に量産を反対するならメルドーガの量産にも反対すべきだ。

 それに今は緊急の時なのだ。戦争がすぐにも始まりそうなのに実績がどうのと言っている暇はないはずだ。

「確かに実績は無いのですが、このまま手をこまねいているよりはマシだと思うのですが……」

「ふむ、なるほどアサルトスパを三〇〇機か……」

 ルチェス大尉の意見に中将の心が傾き始めた。


「だが、実績が無いのも事実。その実力を知る為に最前線であるアシルス砦へ行って貰おう」

 砦の近くの国境付近では緊張が高まり、付近の村から逃げ出す農民達も居た。その所為なのか、野盗が出没し近隣の村落に少なくない被害が出ている。

 キリアル中将は野盗集団を実験中隊で退治しろと命じた。ルチェス大尉は命令を受諾し準備を始める。


 まず、メルドーガの輸送を護衛する分隊を選んだ。六機のアサルトスパと一〇人の騎乗兵。そして、指揮官としてオスゲート上級曹長も一緒に行かせる事にした。分隊には整備兵として学んでいる者も居るが、彼らは居残りである。


 翌日、ルチェス大尉はエイタの工房へ行った。

 中将にアサルトスパ三〇〇機の生産を提案した事を伝える為である。


 工房に入るとエイタが、奇妙な傀儡を作っていた。胴体は小型の馬で首が有る場所に人の上半身が乗っていた。

「何だそれは?」

 大尉が尋ねると。

「これは迷宮探索で使う『ガードビースト』。魔物の攻撃を盾で受け止め、オイラ達に近付けさせないのが役目の傀儡だよ」

 モモカは、この傀儡を『ケンタウロス』と呼ぶ。モモカの故郷に似たような魔物が居たらしい。


 ガードビーストの大きさは馬より一回り小さいが、二本の腕と頭のある上半身が存在するので意外に高さが有った。こいつが装備する盾は縦長のカイトシールドで強靭で分厚い魔剛鋼製である。

 機体も軍用傀儡並みに魔剛鋼を使い頑丈に出来ている。部分的にはメルドーガを超える強度を持つ傀儡になるはずだ。

 カイトシールドを左手に掲げたガードビーストは物語の騎士のように頼りになりそうだ。

 エイタがビーストと名付けたのは、この傀儡が防御だけでなく『牙』を持っていたからだ。

 ガードビーストの右腕に仕込まれた『プロミネンスソード』で、雷撃のエネルギーで空気をプラズマ化し棒状にした武器である。切るより突くのに適した武器で威力はかなりのものだ。


「そいつに乗れるのか?」

 ルチェス大尉が馬の胴体を持つ傀儡について尋ねた。

「エッ……それは考えなかったな」

 上半身があるので、その背に跨ると前方が見辛い。それに盾を使わない時は背中に固定するつもりなので、乗るスペースが無かった。

 とは言え、強力な魔物の攻撃を防ぐ為に足や腕に使われる人造筋肉は最高のものを使用しているので平均的傀儡馬の一〇倍近い馬力が有るのだ。その馬力を使わないのはもったいない。


「専用の馬車でも作ったらどうだ」

 ルチェス大尉が言うと、エイタはリヤカーに乗ったメルミラが振動が酷かったと愚痴を零していたのを思い出した。ガードビーストがその馬力に任せて走った場合、振動も酷いものになるだろう。

「何か振動対策をしないと」

「普通の馬車と同じでいいんじゃないのか?」

 いい馬車にはバネとシリンダーダンパーを使った振動減衰装置が組込まれている。だが、その性能は改良の余地が有り、スピードを出すと悪路では身体がシェイクされる。

「もっと画期的なものはないかと思ったんだ」


 ルチェス大尉は本来の用を思い出した。アサルトスパの件である。

「三〇〇……多いな。本当に生産するのなら傀儡工を増やして貰わなきゃならないぞ」

「それはまだ早い。実績を示さないと許可されないからな」

 大尉は三〇〇機の増産が決まった時に素早く増産体制に入れるよう計画して置いてくれと頼んだ。


 一方、メルドーガの部隊はアサルトスパの護衛の下、鬼哭洞窟迷宮へ向かった。

 メルドーガは傀儡馬が曳く荷馬車に乗せられている。五体の軍用傀儡なのに、整備兵が二〇人、補修用のパーツを運ぶ馬車が一台付いている。その他に指揮官と兵士五名が一緒である。

 オスゲート上級曹長はメルドーガをアサルトスパに曳かせるリヤカーで運ぼうかと提案したが、とんでもないと断られた。

「高価な軍用傀儡をそんな不細工な乗り物に積んで行けるか」

 メルドーガ部隊の指揮官はコルシム中尉、メルドーガの仕様要求書を作成した一人だった。エイタに言わせると滅茶苦茶な要求書だったのだが、コルシム中尉は自慢に思っているらしい。


 ユ・ドクトを出発して二日後、村々を繋ぐ道から外れ草原に入った頃、それは起こった。

 大人の腰まで高さの有る草が一面に広がっている草原は、強い草の香りがする。心地よい風が青々とした草を揺らすと気持ち良かった。

 先頭を行くアサルトスパの騎乗兵が不審な者を発見した。

「不審者です!」

 二〇〇マトル《メートル》先に小さな丘があり、その頂に武装した男達が居た。人数は五人、皮鎧と槍を装備している。探索者か傭兵のようにも見えるが、こんな場所に居るのはおかしい。


「奴らを捕らえろ!」

 コルシム中尉が命じた。

 騎乗兵達が最初に動き出す。その時、丘の反対側から金属製の頭が飛び出した。

「軍用傀儡だ。距離を取れ!」

 アサルトスパに乗るオスゲート上級曹長が大声を上げ、騎乗兵達に指示を出す。

 その軍用傀儡はヴィグマン()型と呼ばれるジッダ侯主連合国のものだった。


 上級曹長が後ろを見るとコルシム中尉が呆然としている。

「中尉、メルドーガの起動を」

 その大声で正気付いたコルシム中尉が整備兵達に起動を命じる。整備兵がわらわらと集まってメルドーガを馬車から降ろし起動させる。

 次々とメルドーガが起き上がり、ヴィグマン()型を迎え撃つ為に歩き出す。メルドーガが装備する武器はウォーアックスである。

 ダブルショットボウを装備するアサルトスパと組んで戦うので、接近戦用の武器を準備したのだ。


 コルシム中尉が五体のメルドーガに命令を出す。

「ドーガ1からドーガ5は前方の五体の軍用傀儡をそれぞれ撃破せよ。アサルトスパは敵兵を捕らえろ」

 五体のヴィグマン()型は大きな戦槌を手に進み出る。

 ほとんど同時にメルドーガとヴィグマン()型の戦いが始まった。先手を取ったのはスピードの有るヴィグマン()型である。

 戦槌を振り被りドーガ1と呼ばれたメルドーガの頭に振り下ろす。ドーガ1はウォーアックスの柄で受け止める。『ガキッ』と言う音が響きパワー勝負となる。

 ドーガ1が戦槌を持つヴィグマン()型を弾き飛ばした。パワーは断然メルドーガの方が上のようだ。


 敵兵の一人が何か叫んだ。ヴィグマン()型の動きが変わる。戦うのを止め四方に散らばる。鬼ごっこが始まった。メルドーガがヴィグマン()型を追い掛け走り始める。

「何を考えているんだ?」

 コルシム中尉がヴィグマン()型の動きに慌てる。

 絶妙な曲線を描いて逃げるヴィグマン()型は二つの地点で交差した。先頭を走るヴィグマン()型はぎりぎりを擦れ違い互いの後方を追い掛けるメルドーガの足に戦槌を叩き込んだ。

 かなりのスピードで交差した瞬間、メルドーガの足に振り回した戦槌が叩き込まれたのだ。その破壊力は恐るべきものが有った。ドーガ2とドーガ3の膝関節が押し潰され変な方向へ曲る。

 もう一組のヴィグマン()型も同じような攻撃を仕掛けようとした。

 だが、コルシム中尉がメルドーガに戻るよう命じた。


 戦いは仕切り直しとなった。だが、戦力は三対五に変わっている。


 ヴィグマン()型二体がドーガ4、ドーガ5と一対一で戦い始め、残りの三体が同時にドーガ1に襲い掛かる。

 ドーガ1とヴィグマン()型三体は互角の戦いとなった。

 その時、不運な事故が起こった。ヴィグマン()型を攻撃しようと振り回したドーガ4のウォーアックスが間違えてドーガ5の胴に叩き込まれたのだ。完全な同士討ちだった。

 量産を急いだ為にメルドーガの戦闘アルゴリズムには不完全な箇所が有り、その所為で同士討ちを引き起こしたのだ。

 重量のあるウォーアックスは魔剛鋼製の外殻を突き破り内部の燃料タンクを切り裂く。


 火花が飛び散り燃料のアルコールに引火した。盛大な炎を上げ燃え出したドーガ5は制御を失いウォーアックスを振り回しながら歩き出す。

 そのウォーアックスを避けようとヴィグマン()型が飛び下がる。そこにドーガ4の攻撃が決まった。

 ヴィグマン()型は首を切られ倒れた。


 激しい戦いが続き、数に押されたドーガ1がバランスを崩して倒れた。三体のヴィグマン()型はチャンスとばかりに戦槌を高速で振り下ろす。

 ドーガ1の装甲に幾つかの凹みが生じ、それが数を増す。最後にはボコボコになったドーガ1が火を吹き小爆発を起こす。


 戦力は一対四になっていた。

 ドーガ4は激しくウォーアックスを振り回し戦う。幸運にもウォーアックスの刃がヴィグマン()型の腰に命中し破壊する。

「よし、残り三体も倒すんだ」

 コルシム中尉が大声を上げる。それは戦闘指示ではなく、単なる応援の声だった。


 その頃、アサルトスパは敵兵らしい者達に近付いていた。アサルトスパの移動スピードを確認した敵兵は逃走を諦め迎え撃つ構えを見せていた。

 敵兵は隠し持っていたナイフを騎乗兵に向かって投げた。マナシールドがナイフを弾き返す。

「馬鹿な!」

 ナイフを投げた敵兵が声を上げた。

 別の敵兵が姿勢を低くして走り寄りアサルトスパに乗る騎乗兵に飛び掛かる。迷宮での訓練の効果なのか、恐怖を抑えた騎乗兵は冷静に狙ってショットボウの引金を引く。弾丸は敵兵の胸を貫いた。


 オスゲート上級曹長がアサルトスパの上から敵兵を睨み付け勧告する。

「降伏しろ!」

 生き残っている敵兵四人は目を吊り上げ上級曹長を睨み返すが、抵抗しようとはしなかった。騎乗兵達のショットボウが敵兵達に向けられていたからだ。

 敵兵を縛り上げた騎乗兵達は急いでメルドーガが戦っている場所へ向かった。


 メルドーガ四体が戦闘不能になり、残る一体が敵軍用傀儡三体と戦っている。

「何故だ。メルドーガは新型、相手は旧型のヴィグマン()型なんだぞ」

 騎乗兵の一人が呟いた。


 この結果は量産を急いだ工廠長に原因が有った。量産前に数多くの戦闘試験を繰り返し磨き上げた戦闘アルゴリズムを動思考論理として組み込んでから量産すべきだったのだ。

 機体性能だけは新型と呼ぶに相応しいが、戦闘アルゴリズムを含む動思考論理が未熟なままのメルドーガは軍用傀儡としては欠陥品だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
【連載中】

新連載『崖っぷち貴族の生き残り戦略』 ←ここをクリック

『天の川銀河の屠龍戦艦』 ←ここをクリック
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ