scene:59 大猪狩りと迷宮調査
新兵のレベル上げは新しい段階へと進んでいた。魔物を一〇匹ほど残して殲滅させた後、ショートソードで白兵戦を行わせている。但し相手はスピードの遅いマウスヘッドだけに限定している。
スピードの速い鬼山猫だと負傷者が続出するからだ。
「抜剣!」
オスゲート上級曹長の大声が響き、アサルトスパから降りショートソードを抜いた新兵達がマウスヘッドと相対する。周りには数十の魔物の死骸が横たわり凄惨な場所と化していた。
血の臭いを嗅ぎ眉をひそめたヒュルケンは、口から心臓が飛び出しそうになるほどドキドキしているのを感じていた。
正面にいるマウスヘッドが襲って来た。手には錆びた小剣を持っている。振り下ろされた敵の剣をショートソードで受け流す。
訓練では何百回も行っていた動作だが、命をかけて行うのは初めてである。ショートソードに敵の剣がぶつかり火花が飛び散った。火花の正体は金属同士がぶつかって飛び散った金属の破片である。
実戦においてショートソードのような刃物の寿命は短い。刃毀れは当然として、運が悪ければ折れる。
この時もショートソードを折る者が大勢出た。戦いの途中、ショートソードが折れた者をサポートするのはヴォレス中尉とオスゲート上級曹長の役目である。彼らがショットボウを使いマウスヘッドを仕留めた。
ショートソードが折れ恐怖した者達に救済を申し出たのはモモカとメルミラだった。折れた剣を魔導紋様を使って繋ぐのは難しくない。但し、その剣はすぐに折れる。
そこで『抽出分離』の魔導紋様で鉄の塊に戻してから、その鉄で木の棒の先端をコーティングする。最後の仕上げに『組成変性』で鋼鉄に変えて完成である。
それは無骨な打撃武器で丈夫だった。メイスと呼ぶには単純な作りなので『鉄棍』と呼ばれるようになる。
新兵達は刃のない武器に心細いものを感じたが、マウスヘッドをボコボコにして倒せると判ると喜んで持ち替えた。
オスゲート上級曹長はショートソードを鉄棍に持ち替える新兵が増えると『抜剣!』と号令するのが正しくないように思えて来た。
「まあいい、帰ったらショートソードに戻すだろうからな」
上級曹長の予想は当たらなかった。戦いの途中でショートソードが折れるという経験をした者達は鉄棍を使い続けたからだ。
テント生活をしていると食事が単調になる。ルチェス大尉は新兵の何人かに新鮮な肉を手に入れるよう命令した。
「お前らには狩りをして貰う。この辺には鹿や猪が居ると聞いているので、そいつを狙え」
選ばれた新兵達がいい返事をする。彼らも保存食だけの単調な食事に飽きているのだ。
「すいません、私達も狩りに参加しても構いませんか?」
メルミラが声を上げた。その横にはモモカがアイスを抱え立っている。
「エイタと一緒に居なくていいのか?」
大尉が尋ねるとメルミラが頷いた。
「エイタさんはヴォレス中尉と打ち合わせ中です。中尉の考えた戦術がアサルトスパで実行可能かどうか検討するそうです」
「何、何で自分が呼ばれないんだ?」
「さあ。可能かどうか判ってから説明するんじゃないですか」
「ふむ、まあいい。君らも狩りに行きたいんだったな」
ルチェス大尉は少し躊躇したが許可する。彼女らが狩りに慣れている探索者だと知っていたからだ。
「ええっ……モモちゃんを連れて行くんですか」
狩りのメンバーに選ばれたヒュルケンが声を上げた。幼いモモカを狩りに連れて行くのは危険だと考えたのだ。だが、迷宮でのモモカの活躍を思い出す。
魔物に襲われた時、モモカに助けられた新兵が何人も居た。
「お前らより役に立つぞ」
ルチェス大尉に言われ新兵全員が落ち込んだ。
五人の新兵達は二機のアサルトスパにリヤカーを曳かせ草原に向かった。
モモカはスパトラに乗りアサルトスパの後ろを付いて行く。
騎乗傀儡の乗り手以外はリヤカーに乗って移動する。リヤカーは頑丈に作られているので悪路でも問題なく進むが、振動を吸収する仕組みが何もないので乗り心地は最低である。
「うう……お尻が痛い。やっぱり自分専用の騎乗傀儡が欲しい」
メルミラが愚痴るほど酷い振動で、リヤカーに人を乗せるには何か工夫が必要だった。
鹿や猪の居る草原に到着した。
この草原には草食動物だけではなく、狼の類も居るので気を付けなければならない。メルミラはアイスに索敵と獲物の探査を頼んだ。
「ヘケッ」
アイスが任せておけと言うように鳴き、スパトラの首に跨がり鋭敏な聴覚センサーを使って獲物を探し始める。
「ヘカヘキョ……ヘカヘキョ……ヘカヘキョ」
獲物の音を捉えたアイスが左の方を指差しながら鳴き声を上げた。
「アイスは何を騒いでいるんだ?」
ヒュルケンはモモカに尋ねた。
「見付けたって言ってるの」
アイスが指し示す方へ移動すると鹿の群れが居た。数十頭もの鹿が草むらに頭を突っ込み食事をしている。
「本当に居た……その小熊に、そんな機能も付いてるんだ。さすがエイタ殿の愛玩傀儡だ」
新兵達はアイスの事をモモカの愛玩傀儡だとばかり思っていた。ただの愛玩傀儡じゃないと感心するが、まだまだアイスの真価を判っていなかった。
「俺達が仕留めるよ」
ヒュルケン達はアサルトスパから降り、ショットボウを持って静かに鹿の群れに近付く。アサルトスパで近付くと音で気付かれてしまうと判断したのだ。モモカが首を傾げて見守る。
もう少しでショットボウの射程距離に入ると言う所で鹿に気付かれた。ボス鹿が警告の鳴き声を発し仲間に危険を知らせる。鹿達が一斉に逃げ出した。
新兵達が悔しそうな様子で戻って来る。
「もうちょっとだったんだけどな」
「ねえ、お兄ちゃん達。どうしてアサルトスパを使わないの?」
モモカが尋ねた。新兵達は驚いたような顔をする。
「アサルトスパは大きな音を出すから鹿に気付かれてしまうだろ」
「追い掛ければいいのに」
「エッ!」「追い掛けるって」
新兵達は鹿には追い付けないという先入観が有り、まず気付かれないように近付こうと考えた。そこに間違いが有るのだ。アサルトスパなら追い付ける。
モモカ達は次の獲物を探して移動する。アイスが大猪の親子を発見した。大猪は猪と豚の雑種が大型化したもので、その肉は実に美味い。
大人の大猪が二匹にうり坊が三匹である。今度はアサルトスパ二機とスパトラで狩りをする事になった。
三機の騎乗傀儡が大猪目掛けてスタートダッシュする。大猪たちは即座に気付き逃げ始めた。これがアサルトスパでなく人間だったら逆に襲って来たかもしれない。
二匹の大猪が二手に分かれたので、一匹はモモカが追い、もう一匹は新兵二人が追う。
スパトラが一番最初に大猪に追い付く。モモカは武器を抜かず、アイスを持ち上げる。
「アイス、君に決めたの。頑張ってぇー!」
そう叫ぶとアイスを大猪目掛けて投げ付ける。
「ヘカヘキョーーー」
アイスが『そんなご無体なーーー』みたいな叫びを上げ手足をバタバタさせながら飛翔し、大猪の背中に衝突した。
衝突した瞬間、アイスはジャキッと魔剛鋼製の爪を伸ばし、大猪の背中に右手の爪を突き立てた。
「ブッギイイーーッ」
大猪が盛大な悲鳴を上げ、アイスを乗せたまま飛び跳ねる。アイスは弾き飛ばされそうになるが、爪を引っかけ耐える。
アイスは左手の爪を心臓目掛けて突き刺す。アイスは小さな身体に較べ信じられないほど強力な力を秘めていた。その力を使っても、大猪の肉が厚過ぎて心臓まで爪が届かない。
大猪は痛みで怒り狂い暴れ回る。
アイスは爪を使って大猪の首の方へ這い進み、その首に爪を突き刺し太い動脈を断ち切った。血が爆発するように吹き出し、大猪がつんのめるように倒れる。
アイスは空中へ投げ出され草原に落ちた。起き上がり息絶えた大猪の上に乗ると勝利の雄叫びを上げる。
「ヘケッ、ヘカー」
もう一匹の大猪は新兵達に仕留められた。こちらはアサルトスパ二機が追い付き、ショットボウの連射で仕留めた。仕留めた位置はモモカ達と随分離れてしまった。
「急いで戻ろう。モモちゃん達が心配だ」
ヒュルケンと仲間の一人は大猪の死体を引き摺ってモモカ達の所へ戻った。
合流してみると既に全て終わっていた。メルミラがモモカの傍で休んでいる。
「血抜きは終わったの?」
メルミラがヒュルケンに尋ねた。
「死ぬ気……何物騒な事を言ってるんだ?」
ヒュルケンが天然のボケを披露する。モモカが爆笑した。どうやらツボに嵌まったらしい。
「違います。仕留めた大猪の血抜きです」
顔を赤らめたヒュルケンが「まだだ」と答え、仲間と一緒に血抜きを始める。
ヒュルケンはモモカが仕留めた大猪を見た。首や背中が切り刻まれている。
「モモちゃんはどんな武器で、こいつを倒したんだ?」
「あたしの最強の武器だよ」
モモカがニコニコ笑いながら答える。
後に、アイスが大猪を切り刻んだ事を知り、ヒュルケン達は驚愕する。
親を殺されたうり坊達は逃げたようだ。新兵達は大猪をリヤカーに乗せ迷宮の方へ戻る。
一方、テントに残ったルチェス大尉は、軍で作成した迷宮の地図を調べていた。
「本当に湿原への抜け道が有るとすれば、未調査の部分だな」
地図を見る限り、未調査の部分は三箇所ある。
キリアル中将から迷宮を調査せよと命じられている。自分達から言い出した事なのできちんと調査しなければならない。
昼頃、モモカ達が狩りから帰ったので、食事を取り休憩してから迷宮に入った。
初めはモモカを連れて行く気は無かったのだが、モモカが自分も行きたいと珍しく駄々を捏ねるのでメルミラと一緒に連れて行く事にした。
調査のメンバーは、ルチェス大尉とエイタ、それにモモカとメルミラである。
「お兄ちゃん、ありがとう。アイスと一緒に頑張るからね」
モモカはご機嫌な様子アイスと一緒にスパトラに乗った。
エイタは調査の予定をルチェス大尉に尋ねた。
「今日は三箇所有る未調査の中で、鎧イモリの群れが居るポイントを調べよう」
ルチェス大尉が提案した。エイタに異存はなくルチェス大尉の案内に従い洞窟を進む。途中にある鬼山猫の巣やマウスヘッドの巣は、午前中に新兵達が狩っているので魔物の姿はない。
鬼山猫の巣があった空間の奥にある洞窟を抜けるとケーブスコーピオンの巣が有った。中型犬程の大きさのサソリ型の魔物である。
二〇匹ほどがガサゴソと動き回っている。尻尾に猛毒の棘を持つ魔物なので接近戦は避けた方がいい。
「ケーブスコーピオンか。どうやって仕留める?」
ルチェス大尉がエイタに質問する。
エイタは迷宮の調査を大尉と一緒に行うと決まった時、メイン武器であるリパルシブガンの事は知られてしまうと覚悟した。
リパルシブガン無しで危険な迷宮を探索するのは馬鹿げているし、知られても探索者としての秘密兵器だと言えば、大尉なら他言しないだろう。
ハイブリッドボウは、ショットボウと外見がほとんど同じなので問題無い。
エイタはスパトラの収納から仕舞ってあったリパルシブガンを取り出した。
「それも武器なのか?」
ルチェス大尉が尋ねる。リパルシブガンが今までにない形をしているので興味を持ったのだろう。
「ええ、オイラのメイン武器です」
「ほう、メイン武器はメイスだと思っていた」
「秘密兵器なので他言無用でお願いします」
「分かった」
ケーブスコーピオンの外殻は堅いが、ショットボウで近くから撃てば貫通する程の防御力しか無い。
エイタとモモカがリパルシブガンとハイブリッドボウを構え入り口からケーブスコーピオンを狙い撃ちする。
瞬く間に多数の巨大サソリが身体を撃ち抜かれ息絶える。
ルチェス大尉もショットボウで攻撃するが、一発では仕留められず四発撃ち込んでやっと仕留めた。
「ショットボウより威力は上か。エイタが秘密兵器だと言うだけの威力がある」
大尉は感心しているが、リパルシブガンのセレクトレバーを【3】にしているので、最大威力に比べると半分の威力もない。
全てのケーブスコーピオンを仕留めたエイタ達はマナ珠だけ回収し先に進む。ウィップツリー、リザードマンの巣を突破し鎧イモリの巣に辿り着いた。
鎧イモリは、弓矢で貫けぬほど頑丈な鱗で覆われたトカゲ型の魔物である。だが、リパルシブガンの専用弾は確実に鎧イモリを貫き倒していく。
鎧イモリの巣に有った奥へと続く洞窟は袋小路だった。どうやら一つ目の未調査箇所は抜け道では無かった。
その日はテントに戻り、翌日二つ目の未調査箇所を調べた。
魔物の巣を幾つか叩き潰し奥へと進んで、奇妙な空間を発見した。直径五マトル《メートル》の縦穴がずっと上まで続いているのだ。まるで大きな井戸のようだった。
エイタはここだけ瘴気の濃度が薄いのに気付いた。もしかすると別の迷宮の出口が有るのかもしれない。
「まさか、ここの上が湿原に繋がっているんじゃないだろうな」
ルチェス大尉が嫌な憶測を口にした。可能性が有るなら上に登って調べなければならない。上の方に光が有るが、そこまで一〇〇マトル《メートル》程である。
何か道具がなければ、登るのは到底無理だった。
「ここ登るの? 本物の蜘蛛さんじゃないと駄目だと思う」
モモカが可愛い感想を言う。確かにクモ型の騎乗傀儡では登れないだろう。
だが、敵がここを通った証拠を、エイタは見付けてしまった。縦穴の底には、軍用傀儡が着けた足跡がくっきりと残っいていたのだ。
「一度、ユ・ドクトに戻って報告しなければならんな」
ルチェス大尉が眉間にシワを寄せながら言う。ここから敵の大群が侵入出来るとは思えないが、数十体の軍用傀儡が入り込むだけでも重大な脅威となる。
2016/7/19 誤字修正 及び 加筆修正




