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彼と彼女の関係はいつまでも三角  作者: ゆうま
13[その靴職人は恋人の靴を作らない]シリーズ番号2
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第3話

 とある日、朝から霧雨が降っていた。午後のおやつの時間を回っていたが、店を訪れる客はまだひとりもいない。

 この日は男が初めてあの病室を訪ねた日の4ヶ月後であり、靴を作ってやってくれと頼まれてからは1ヶ月が経とうとしている。

 男はその間、一度も病室を訪ねていない。妹の方も店に押しかけるような真似はしなかった。そのため男は姉妹に会っておらず、2人の現状を知らない。


 「すみません」


 背後から急に聞こえた声に、男は肩を大きくびくつかせた。

 構造上の問題なのか、この店は足音がとても響く。全く音を立てずに歩ける人物などいないと、男は思っていた。

 幽霊かもしれない。そう思った男は、恐る恐る振り返った。


 「来ちゃった」


 そこには車椅子に乗った人物がいた。あの病室の患者だ。パッと見ではっきりと分かるほど、痩せてしまっている。

 笑みを浮かべてはいるが、かなり力のないものだ。


 「どうして…」

 「来てくれないから、我慢出来なくて。もしかして、妹がなにか言った?」


 男があからさまに視線を逸らす。すると患者は、やっぱり、とでも言いたげにため息を吐いた。


 「告白しろなんて無責任なことだったら、ごめんなさい。好きや嫌いは置いておいて、病気の恋人なんてほしくないでしょ?」

 「違う。言わないでいたのは、僕の問題なんだ。だけど会ったらもう、言ってしまいそうで。だから行けなかった」


 決定的な言葉こそ言っていないものの、それは間違いなく告白だった。男は赤くなっている相手の顔を見て、その事実に気付いた。

 口の中でもごもごと、意味のない言葉を使って言い訳をし始める。


 「だから、違くて。いや、その、あれだよ。なんていうか…ほら、えっと」


 しばらくこんな調子で、視線やら頭やら手やらをせわしなく動かす。

 なにも言わずただじっと待つ姿を見せられ、観念したのだろう。小さくため息を吐いて、近くの椅子に腰を下ろす。


 「僕にはジンクスがあるんだ」

 「学校裏の坂で転ぶと受験に失敗する、みたいな?」

 「あぁあった、あった。うん。そういう感じの、悪いおまじないみたいなやつ。僕の場合、僕の作った靴を履く人とは一緒にいられないんだ」


 患者が首を傾げると、その動きに合わせて車椅子が小さく音を立てた。

 かなり年期が入っていているその車椅子には、病院のタグが付いている。男のこの店を訪れるため、病院から借りたのだ。


 「だから妹さんに靴を作ってやってくれって言われて、怖くなった」


 なにが怖くなったのか、男は言えなかった。

 縁起でもない。それも理由のひとつではあるが、一番の理由は違った。言ってしまえばきっと、病気について聞くことになるからだ。

 そして患者はというと、男のジンクスから大体を察していた。


 「ごめんね。そんなこと言わない子なんだけど、どうしたんだろ」


 患者は自分が口にした問いの答えを知っていた。だが男の望む通り、答えがないフリを、答えを知らないフリを、した。


 「でも…私からもお願いしたい。あなたの作った靴を履いて、歩きたい。私はあの病室にいるんだから、来てくれればいつだって会える」

 「……本当に?」

 「うん。転院の予定はないから」


 患者が言及しないひとつの可能性が、男の脳裏に浮かぶ。

 やはり縁起でもないものだ。その考えを追い払おうとするが、痩せてしまった患者を見ると考えずにはいられなかった。

 そうしないためには証明するしかない。そう思い至った男は、大きく頷いた。


 「分かった。僕にもストラップシューズを作らせてほしい」

 「ありがとう」


 棚の陰から見守っていた妹が小さく、明るいため息を吐いた。


 その日から、朝から霧雨が降っていたあの日から、2ヶ月が経った日。男は完成したストラップシューズを持って、病院へ向かっていた。

 思いを寄せる人に靴を渡すとき、男はいつも重い気分になる。当然、足取りも重くなる。だが今日の足取りは軽やかだ。


 待ち人のいる病室のドアをノックし、返事を聞いて開ける。笑顔で迎える患者に笑顔で挨拶をし、ベッドの脇に置かれた椅子に腰かける。

 嬉々とした表情で靴を取り出した。


 「わぁ、完成したんだ。履かせて」


 ベッドに腰掛けるのを手伝い、膝をつく。完成したストラップシューズをそっと履かせ、ゆっくりとその顔を上げた。

 そこには、笑顔の患者がいた。


 「嬉しい。ありがとう」


 男は反射的にいつもの台詞を口にした。いつもとは違う心持ちでいる。そう感じていた男には、その理由が分からなかった。

 だが分からずとも、時間は流れる。いつもの通り他愛のない話しをして、男は帰路に着いた。そして店の奥にある自宅に着いて早々、料理を始めた。

 本やDVDはホラー関連のものばかり。靴はなんとなく作りたくない。なにも考えず出来ることを探した結果だった。


 冷蔵庫が作り置きでいっぱいになった頃、店の電話が鳴った。妹からの電話かもしれない。そう思って、男は急いで向かった。

 なんのポリシーなのか、妹は男に連絡先を聞かなかったからだ。

 一度深呼吸をして受話器を上げ、耳に当てた。店名を言う途中で、予想した人物が予想の中でも悪い言葉で、それを遮る。


 男は急いで病院へ向かった。

 数時間前に通ったときと全く違う雰囲気だ。そう男は感じた。その理由を男は理解していたが、時間帯のせいにして懸命に走った。


 目的の病室から、数人のすすり泣く声が漏れ聞こえた。静けさの中に慌ただしい空気が漂っている。

 男は察した。いつ目の前の病室からひとつ命が消えてもおかしくない。手から荷物が落ちた物音に気付いた妹が、病室のドアを開けた。

 入るように言っても動かない男の腕を引っ張って、病室に引きずり込む。


 「急に呼び出してごめんね」


 昼間よりも更に力なく笑うその姿を見て、男はなにも言えずただ首を振った。


 「私が言わなかったのは、病気の人の方から言うのが駄目だと思ったからじゃないの。忘れられない恋があったから、失礼だって。だけど彼には会いたくなくて、あなたには会いたかった。ごめんね。ありがとう」


 男の頬を伝った涙が、床を濡らした。

 話すこともゆっくりとしか出来ない。そんな彼女にはもう、男の涙を拭ってやる力はない。だが彼女は男へと手を伸ばした。

 男はその手へとゆっくりと近づいたが、触れ合うことはなかった。




                  ***




 とある高校の同窓会に、優等生で知られていた彼女は訪れない。


 「そういえばさ」


 どこからかその理由を聞きつけた同級生がいた。噂好きとして有名で、彼女と彼が付き合っているのではという噂を広めた人物だ。

 まるで自分が見聞きしたような顔をして彼に言う。彼は持っていたグラスを空にして、悲しそうな顔を作った。


 「そうなんだ」

「その靴職人は恋人の靴を作らない」完結です。

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