第3話
「遅いから、迎えに来ちゃった…」
「……誰?」
不気味に微笑む女子生徒。彼の台詞。思わず部長が後ずさる。
「あれ?どうしたんだ?いつも昇降口で待ってるのに」
「駄目だよぉ、ちゃんと人目に付くところにいないと」
「発作が起きても知らねぇからな」
部室の空気がおかしいことに気付いた3人が、一番近くにいた部長に視線を向ける。その部長はというと、彼を振り返った。
彼の台詞の意味を計りかねているのだ。
彼が座っている場所からドアは、多少遮るものがあってもしっかり見える。彼の台詞は、相手が本当に知らない人物でなければおかしいのだ。
彼は怯えたような、戸惑ったような、そんな表情をしている。それを見て、3人が女子生徒を小さく睨む。
「なんでこっち向かねぇんだ?」
「不思議だねぇ」
「黙ってんじゃねぇよ」
不気味な笑みを浮かべたまま、更に口角が上がる。
「やっと私だけにしてくれるんだよね?だから迎えに来たの。今日から毎日一緒に帰れるね」
「ずっとマネージャーたちに嫌がらせしてたのって…」
「嫌がらせなんてしてないよ?あれは警告」
部室にいる部員たちが青ざめる。動物を殺した人物であろうことは、想像に容易い。その人物に、唯一の出入口を塞がれている。
「2人は大丈夫かなぁ」
「めんどくせぇな、ヤンデレさんよ」
「人呼んで来た方が良くないか?」
普段は順番にしか発言しない3人が、同時に発言した。
「仲良しだね?でも巻き込まないでほしいの」
3人が“少なくともそれなりに”周囲を観察し、意志を汲み取ることが出来ることは部員であれば分かっていることだった。
連携プレイのパフォーマンスが3人のときほど良くないだけで、レギュラーたちと極々普通の連携プレイが出来るからだ。
「私が自分で行けるとこまでしか、行っちゃダメなの。分かるでしょ?」
3人が3人でいるときに3人のリズムを崩す。これが、部員たちにとっては事の重大さを示していた。
部室の空気が一気に乱れる。
「全員気を付け!」
部長の声で空気が少し引き締まるも、完全に収束することはない。
「どうするの、これ」
呆然としていた彼を部長が突く。
「中は職員室行って警察。大は花、小は近くの生徒に近寄らないように言ってから晴のこと探して。お願い」
それぞれ返事をすると、駆け出す。
「どうしてあの子たちを探すの?私以外の女…ううん、メスなんて、どうだって良いはずだよね?」
部員たちは見守ることしか出来ず、生唾を飲み込む。
「2人にはなにもしてないよね」
「してないよ?昨日別れてくれた元カノにだって、まだなにも」
なにかする予定がある。そう言わんばかりの言葉に、部員たちがざわめく。そして彼は、選択を間違えたことを悟った。
「今日練習中に手を振ってくれたときだって、楽しくおしゃべりしてたの見てたはずだよ?」
「…もっと真面目に、花の話聞いとけば良かった。自分のためならなにしても良いと思ってる?」
女子生徒は全く脈絡のない発言に、首を傾げる。後半についても、そう言われる心当たりもないのだろう。
「思ってないよ?あなたと私のためだから」
彼の表情が凍りつくと、女子生徒が嬉しそうに微笑む。
「あなたのためならなんでも出来るんだよ?だから、そんな顔も私にはご褒美なんだ。だからねぇ、もっと頂戴」
部員のひとりがこっそりスマホの画面を彼に見せる。花と登録されているアカウントからのメッセージだった。
大からのメッセージで、捜索を依頼した2人の女子生徒が無事であることが記されている。
「大丈夫か!?」
屈強な教師を初めとした、数名の教師がさすまたを持って現れた。
「って…全然暴れてないじゃないか」
「そうですか?なに持ってるか分かんないのに、出入口を塞いで演説してるんです。それに、誰も暴れ回ってるなんて言ってません」
「そうそう。しかも相手は女子ひとり。こっちは男子が大勢。男子は立場弱いんですよねぇ。先生も男性なんだから、分かりますよね」
教師らは気不味そうな表情をするが、女子生徒は首を傾げるだけだった。
「誰もどいてとか、閉めてとか、言わなかったですよ?」
「詳しくは聞いてませんけど、動物を殺したことがあるかもしれないって聞きました。そんな人に、強く言えると思いますか」
「そうッスよ。俺ら、凶器持ってるかもしれないヤツに閉じ込められてるみたいなもんッス」
多少頼りなくとも、大人が来て心強かったのだろう。黙っていた部員たちが、少しずつ口を開き始める。
「凶器になる物は、なにも持ってないですよ?」
「いいや、君は鞄を持ってる。恐怖心を抱いてる人の前でなにかを取り出した時点で、それは凶器だよ」
「私が怖いの?」
「怖いよ」
彼は努めて普段と同じように言った。その方が伝わると思ったのだ。
大事な部分を道端で露出する者が悲鳴を聞いて喜ぶ。これと半ば同じであり、悲鳴を喜んでいると思う者だと考えた故である。
現に女子生徒は彼のどんなこともご褒美だと言った。明らかな、しかし淡々とした拒絶。それしかないと考えた故である。
「ごめんね?気が付かなくて。これからは気を付けるね?」
「もう僕や僕の周りの人に近付かないで」
「私、振られたの?」
そもそも付き合っていない。そう怒鳴りたくなる気持ちを押さえて、彼はゆっくりと頷いた。
「そうだよ」
「そんな、なんで?私あなたの浮気もずっと我慢し…」
部室へと踏み込もうとする女子生徒の腕を、女性教師が掴んで止める。
「ただの痴話喧嘩ではないことは明らか。だってあなたは動物を殺した。事実はどうあれ、彼はそう思って怯えている。まずは学校で話を聞く。君たちも、着替えて指示を待ってくれる?校長と話をしてくるから」
その間、彼の恋人を騙った女子生徒は空き教室で数名の女性教師と共に待機することとなった。
武器は持っていないと主張していたが、なんの確証もなく持ち物検査をするわけにもいかない。更に言えば、彼の言った通りどんなものでも凶器になる。
そこで、教室のドアの向こうにさすまたを持った男性教師。こちらはドアの前後に1名ずつが、待機することとなった。
「大丈夫?…なわけないよね」
「巻き込んですみません。本当は、中学の頃から気付いてたのかもしれないのに。小さな違和感を飲み込んでたんです」
「だから入部しなければ良かった、なんて言わないで。被害者が自分が悪いと思うのは、僕は嫌だな」
そっと彼を抱きしめて、優しく頭を撫でる。
「ありがとうございます。ただ…まだ解決しないかもしれないんです。あの子が犯人だとしても、終わらないかもしれないんです」
「どういうこと?」
「いくら人の顔と名前を覚えるのが苦手だからって、中学の同級生かどうかぐらい分かります。あの子、本当に知らないんです」
部室の空気が凍る。
高校での出来事。あの女子生徒の出来事。それが解決したとする。しかし中学での出来事と全く別の問題であった場合。
サッカー部は、まだ厄介に巻き込まれる可能性がある。
あの女子生徒は利用されていた。中学の頃からなにかをしていた人物に衝動性はあまりなく、他者を利用する術を持っている。そんな危険な人物。
部員によって程度はあったが、概ね同じようなことを考えていた。
「そ、そういや、別れたってあの女子は言ってたけど、それは本当なのか?どうせ妄想だろ?」
空気を変えようと思ったのだろう。しかし全く関係ない話題を振る雰囲気でもないと思ったのか、なんとなく無難そうで関係のある話題を努めて明るく振る。
「本当だよ。僕と付き合ってたら危ないと思ったんだ。でも間違いだったんだ。もっと真面目に、花の話を聞いておけば良かったんだ」
「好きな映画は人間が襲ってくる系のスプラッタホラー、だもんな?」
「一緒に見たけど、酷かったよねぇ。悪役の倫理観」
次に発言するはずの人物がいないせいもあって、部室は一時静寂に包まれた。
「俺着替え終わったから、大と交代してくる。あ、でも知らない男子じゃその子たち不安か」
「同じクラスじゃないですか」
「え?誰と?」
「峰晴先輩です。昨日別れた恋人」
呆けた顔をする多くの部員の中で、大爆笑する中と小。その声は静かになった校舎の一部にも響いた。




