第2話
サッカー部の練習を見る女子たちが、黄色い歓声を上げる。
「イケメンだけど中身がアホの子なのに、すごい人気だよね?」
「あんなの見てるだけよ。本当に付き合いたいわけではないわ」
「そんなものなんだ…」
ぼんやりと遠くの空を見て、ため息を吐く。
「私ね、あの3人自体が嫌いなわけじゃないけど、あの3人が嫌い。どこかに連れて行っちゃう気がして。変かな?」
「そうね。人は不変ではいられないもの。一緒に行けば良いじゃない」
「行けるかな…」
図書館の窓から完全な傍観者をしていた2人が、机の上に視線を向ける。飴の袋や紙屑などの、ゴミと言えるものが置かれていた。
「高校入学してからずっとだよ。やっぱり相談した方が良いのかな?」
「相手が誰かも分からないなら、心配させるだけよ」
「うん…」
窓の外に視線を戻す。
「全てを知った気になって、その後本当のことをほんの少しだけ知って、勝手に幻滅するのかな?」
「そうね。でも誰だって多かれ少なかれそういう部分はあるわ。きっとあの3人は人より多くそれを体験してるんでしょうけど」
「そうだね…」
窓から見ている2人に気が付いた彼が、小さく手を振る。2人も振り返す。その様子を、マネージャーが見ていた。
「マネージャーってひとりひとりに、ああいう視線送ってるのかな?」
「偶然よ。キリがないわ」
「そうだよね…」
そんな会話がなされているとは知らず、彼は練習に戻った。
「毎日一緒に登下校する幼馴染に手を振る。マメだな。マメ男だな?」
「駄目だよぉ、真面目に練習しないと」
「監督に睨まれてるぞ。レギュラー危ねぇんじゃねぇの」
「睨まれてるのは3人だよ」
肩に回された腕を振り払うと、コートに戻る。
3人のサッカーのセンスはピカイチ。そしてルックス良し。しかしテストの成績は下位。鈍感力高め。神は全てを与えないというのは、まさにこのことである。
「大変だな。変なのに好かれて」
「普段は面白いですよ」
彼は努力型天才だと周囲から言われている。そのことに不満はなかった。実力を認められているのだから。
しかし能力には限界があり、努力にも限界がある。そうも思っている彼は、いつまでも天才肌3人との、この時間が続かないと思っていた。
3人が自身の実力に気付けば。3人が周囲ともう少しだけでも上手く出来るようになれば。3人が自分の平凡さに気付けば。
そうしたら、全て終わる。そう思っていた。
プロになれる人物は極々一部。自分はサッカーが少し上手いだけのただの大学生になり、3人はプロを目指す大学生になる。
そこには目に見える壁があり、その壁はいくら見上げても途切れるところが見えない。そう彼は思っていた。
3人の実力は確かであり、早々にベンチ入りした。しかし、公式の試合に出たことは冬休み前の今でも、新人戦の一度しかない。
「アイツらって、なんでお前のことあんなに好きなんだ?」
「…天才馬鹿が考えてることなんて、分かりませんよ」
彼は知らないが、中学時代彼が3人から奪ったボールは3人の連携プレイの中で最も奪えないと言われていたものだった。
3人からボールを奪った選手は、すぐに奪い返されても武勇伝として語る。それほどボールを奪うことが難しいのだ。
しかしただボールを奪っただけだと思っている彼は、すぐに奪い返されたことを悔しそうにしていた。それが3人には新鮮だったのだ。
そして高校に入学した3人と彼は再会する。しかし彼は人の顔と名前を覚えるのが大の苦手であり、3人のことを覚えていなかった。
彼は3人を頼り切った中学時代のようなプレイをしなかった。3人は初めてコートの仲間全員を意識したプレイをしたが、連携はそれほど上手くいかなかった。
期待外れだと言う先輩たちを、彼は怒った。
入部したての部員に完璧な連携を求めるなんて、おかしいですよ。それとも先輩たちは顔も名前も知らない後輩に頼ろうと思って練習してきたんですか。
今彼とパス練をしている先輩は、その前日から数日間風邪で学校を休んでいた。半ば緘口令が敷かれたようなその出来事を、知らなかった。
彼は彼で突発的な行動を恥じており、誰にも言わなかった。また、その言葉だけで懐かれたと思っていた。
「正直言って、俺はお前もよく分からんけどな。花城、バレバレなのになんで隠してんだ?」
一瞬だけ視線が、彼が今朝玄関で会ったマネージャーに向く。
「そうですか。やっぱりちゃんと言った方が良いですよね」
「いや…そんなはっきり公言されても逆に困るけど」
「難しいですね」
笛が鳴り、監督の前に主要な部員が集合する。
「紅白試合を始める」
視線を感じた彼が振り返ると、そこには見物人の女子生徒たちがいるだけだった。自分を見ている生徒などいない。そう思った彼は、監督へと向き直る。
チーム分けを聞き、コートに散らばる。
「なになに、浮気?」
「どういう意味ですか」
「今女子の方見てたじゃん」
彼は大きくため息を吐くと、俯いた。その視線は不安気だ。
「自意識過剰だと思いますけど、たまに…視線を感じるんですよね。もちろん分かってます。僕のことを見てる人なんていませんよ」
「え?けっこう人気だよ?彼女がいるから遠慮してるだけ。別れたら大変なことになっちゃうかも」
笑みを残して駆け出す先輩を、彼は呆然と見送った。直後に聞こえた監督の怒鳴り声で我に返り、彼も駆け出した。
その日一日集中力のなかった彼は監督に小言を言われ、部活を終えた。
「今日はどうしたの?切り替え早い方なのに」
「あの…知り合いの中に、下駄箱にゴミ入れられてる人いますか」
彼の唐突な質問に、部員たちは着替える手を止めた。茶化す雰囲気に一瞬なったが、彼の青い顔を見て誰もが黙った。
「サッカー部のマネージャー、特にレギュラーを任されるマネージャーは割と頻繁にやられてる」
「みんな今年の4月中旬からだよ。心当たりがあるの?」
「ない、です…。でも僕の嫌いな飴で」
中学の頃から、彼には小さな違和感があった。ひとつひとつは取るに足らないものであったため、気にしないことにしていたのだ。
だが、拭えない違和感が最近の彼を襲っていた。
決まった場所に置かれるようになった、自分が関わったことのある動物の死骸。それも、把握している限りメスだけ。
強くなった妙な視線。
マネージャーや幼馴染の下駄箱に入れられている、自分の嫌いな飴の袋。
知らない間に動かされている荷物。
「一先ず、座って落ち着こう」
呼吸が荒くなっている彼の肩をそっと抱いた。ゆっくりベンチに誘導し座らせると、優しく背中を撫でる。
落ち着いた頃合いを見計らって、優しく問いかける。
「他に奇妙なことがあったの?」
「ひとつ以外は多分、どれも大したことじゃなくて。でもゴミのことみたいに、僕の知らないところで他にもなにか起こってるんじゃないかって」
「下駄箱にゴミ入れられるのが大したことねぇってか」
彼は知らないが、それが原因で部活を辞めたマネージャーがいた。この先輩の恋人だ。
「人によっては、すごく辛いことだと思います。すみません、失言でした」
「大丈夫だよ。責めてるわけじゃない」
ゆっくり、優しく、リズム良く、彼の背中が叩かれる。
「時期的にあの3人の熱烈なファンだと思ってたよ。ゴミ以外の被害はないから3人と、3人と仲の良い生徒には特に耳に入らないようにしてたんだよ」
「相手が誰だとしても、ファンなんて生易しいものじゃないです。もう、ゴミじゃ済まないかもしれないんです。動物の死骸が…」
最後まで言えずに震える彼に、事態の緊急性を感じた部長が部室を飛び出す。
「遅いから、迎えに来ちゃった…」
そう言った女子生徒の瞳は彼を捉えていた。
彼も視線を感じ、ドアの方を見る。妙にゆっくりだったのは、最近強くなった妙な視線と似ていたからだ。
「……誰?」




