第1話
放課後、サッカー部の練習終わり。部活仲間とコンビニに寄り道。春はフライドポテト、夏はアイス、秋はチキン、冬は肉まんを買う。
そんな毎日を送る、高校生活。
「なぁ、サッカー部に入ればモテるって思わなかったか?」
「思った。でも実際、全然だねぇ」
「せめてレギュラーじゃねぇと無理なんだろ」
「その前に学力をどうにかしたら」
辛辣と言って笑う3人の視線が、やがて彼に向けられる。
「レギュラーで」
「学年トップクラスの学力で」
「イケメン」
彼の顔を覗き込み、なにか言いたそうに見つめる。恋人との進展を聞きたいことは分かっていたが、彼は3人の望む言葉を紡がない。
「3人は、本当に顔が良いよね。視界がチカチカするよ」
「それ、病気のサインだってばーちゃんが言ってた…」
「えぇぇ!大変だぁ、すぐに病院に行かないと」
「待て、慌てるな。まず何科を受診すべきか調べねぇと。他に症状は」
スマホを取り出して慌てる3人の友人を見て、彼はくすくすと笑う。
「そういう意味じゃないよ。でもありがとう」
彼の吐いた白い息が空気と同化し、彼の顔が鮮明に見えるようになる。その様子をまじまじと見ていた友人3人は、小さく頷き合った。
「イケメン」
同時に感嘆と言われたその言葉に、彼は小さくため息を吐く。
「だから、その顔に言われても説得力皆無だって。暗いから早く帰るよ」
元気の良い返事が3つ響き、帰路へと戻る。
「そういや、2年になったらレギュラーになれるのか?クラスのやつが言ってた。ベンチが持ち上がる?もんだって」
「ないない。部員沢山だからねぇ」
「俺らの実力じゃ無理だろ。ベンチ入りだっておかしいんだからな」
彼らが通う高校のサッカー部部員は100名を超える。いわゆる強豪校だ。3人は推薦で入学した、期待の新人だった。
天才肌の残念系イケメン3人。その3人が信頼する努力型天才。この4人は入学当初、最強だと思われていた。
「そんなことないよ。また一緒に試合に出よう」
「なんにしたって、監督が出す気ないだろ?」
「だねぇ。ボクら3人のこと嫌いだもんねぇ」
「けど高校でサッカーやるなら、現状で我慢しねぇとな」
監督のモノマネ大会が始まると、彼はそれを無理に笑って見ていた。
やがて3人と彼の、自宅へ続く道が別れる。
また明日。そう言って別れる瞬間。この瞬間が、彼は嫌いだった。3人と自分の、サッカーにおいてのなにかの分かれ道である気がしてならないのだ。
道をそのまま真っ直ぐ行けば、3人の家。昇れば恋人の家。降れば彼の家。
彼は恋人を送ってから帰るため、3人と別れてまず坂を昇る。そしてひとりで降り、そしてまた降る。
学校へ行くため、サッカーをするため、3人に会うため、坂を昇る。
背中が完全に見えなくなるまで見送る。せめて3人を見守れる自分でありたいと願って、いつもそうしていた。欠かしたことはなかった。
その後、いつもは恋人の手を取って坂を昇り始めるのだが、その前に街灯のポールへ目をやった。
今日こそないように。そう願っていたものが、そこにはやはりあった。彼の視線が釘付けになった先を見た恋人が、黙って拳を握る。
彼と恋人の視線の先には、犬の死骸があった。
「…受験前までよく遊んだ、近所のおじいさんが飼ってる犬だよ。トムって名前なんだけど、メスなんだ。トムもサッカーが好きなんだよ」
彼の目は、犬を見ているようでどこも見ていなかった。
「別れよう」
「私は大丈夫」
「…そうかもね。でももう無理だよ。怖いんだ。ごめん」
「分かった。ありがとう」
手を取りかけて、途中で気付く。もう手を取ってはいけない。
「暗いから今日は送るよ」
「それまでにしよう。だから、手を繋いで」
彼は瞳に涙を滲ませ、もうすぐ恋人ではなくなる人の手を取った。
***
サッカー部のマネージャーである少女は、下駄箱を開けてため息を吐いた。
「またゴミ?ちゃんとゴミ箱に捨てなよ」
「うん、そうだね…」
スタスタと歩いて行ってしまう彼を、見つめ続けていた。
「たまに日本語足りないよな?」
「そうだねぇ。でも足りないのは言葉だよ」
「声かけるってことは気にしてるんじゃねぇの。気にするなよ、マネージャー」
「ありがとう」
3人の背中も見送り、飴の袋や紙屑をゴミ箱に入れる。そして、自分のクラスへと歩き始めた。
何事もなくやってきた、昼休み。いつも通り彼のクラスに集まった3人に彼は、神妙な顔を向けた。
「僕がなんとかするから、なにもしないで」
「かっこいい。オレも言ってみたい。な?」
「そうかなぁ。平和な方が良いと思う」
「実際問題、出来るのかよ。女子の問題に首突っ込んで悪化するなんて、よく聞くじゃねぇか」
彼は視線を逸らして、なにも言わなかった。その視線は不安気で、難しいと思っていることは明らかだった。
「兎に角、なにもしないで」
その真剣な声色に、3人は了解の返事をした。
「今日の練習後は、コンビニじゃなくてハンバーガーにするか。好きだろ?」
「良いねぇ。でも夕飯食べられなくならないかな」
「一日くらい良いんじゃねぇの」
和やかに再開した会話に、彼は微笑む。どうでもない会話が20分程続いたが、ふと窓の外を見た友人によってそれは終わる。
「お、嫁だぞ。また告白されるのか?」
「本当だぁ。モテモテだね」
「彼女がいるヤツに、幼馴染を嫁なんて言うんじゃねぇよ」
窓の外に向いていた視線が、彼へ冷やかしの視線を向ける。彼の幼馴染は、男の先輩に連れられて歩いていた。
「嫁と彼女は違うだろ?」
「そうなんだぁ。でも嫌そうな顔してるよ」
「よく見えるな。俺には見えねぇよ」
友人が教室の中の一点を掌で指し示す。そこには、彼がいた。嫌そうな顔。そう表現出来る表情をしている。
「い、今すぐ止めに行くか?な?」
「違うよぉ。嫁って言われたことだよ」
「なんか言ってくれねぇと分かんねぇよ。どうした」
彼はこう思っていた。マネージャーからの視線が怖い、と。
「うん。」
「出たよ。なんか言いたいけど言えないときの台詞。どうしたいんだよ?」
「もういいよぉ。言わないんだから」
「けどな、もう少し俺らを頼ってくれても良いんじゃねぇの」
視線を逸らし、立ち上がる。
「ごめん」
そう言い残して、彼は教室を出て行った。
「オレらって、そんな頼りないのか?」
「でもさぁ。悩みを打ち明けられても、解決してあげられそうにないよね」
「そういう問題じゃねぇだろ」
顔を見合わせると、3人は彼を追いかけた。
彼の行き先はというと、お手洗いだった。恐らく普通に用を足したであろう時間で出て行く。そして、教室へと戻った。
小さく首を傾げただけの彼は、座ると携帯を取り出した。
ネットニュースを見ている。3人からはなにをしているかまでは見えないが、ただゆっくりスワイプしているだけの指の動きは見て取れた。
「なんだったんだ?」
「分かることはひとつだねぇ。切り替えが早い」
「どうしたって頼る気はねぇってか」
ふと顔を上げた彼が、3人の方を見る。目が合ってしまい、3人は教室の元いた場所へと戻って行く。
「分かってるよ、ありがとう。でも大丈夫だよ」
彼はにこりと笑って携帯を仕舞った。画面を消して上にして置くわけでもなく、伏せて置くわけでもなく、画面を点けたまま仕舞った。
彼の静かな意思表示だった。
問題はある。解決していない。けれど、3人に頼ることはない。
3人にはポリシーがあり、それをしっかりと守っていた。騒いで良いときしか騒がない。馬鹿は出来るときにしかしない。
故に、場をわきまえる。空気を読む。人を観察する。こういったことは、むしろ得意だった。
彼の意思表示を、静かに受け取る。
「朝にカレー食べると、脳の働きが良くなってテストで高得点取れるらしい。ばーちゃんが言ってた」
「普段よりパフォーマンスが上がるって意味じゃないかなぁ。勉強してないボクらには不必要な豆知識だよ」
「してねぇってなんだよ。まさか一夜漬けすらしてねぇのか」
そして、騒いだ。




