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古書店『ふしぎのくに』の業務日誌  作者: 古書店ふしぎのくに
第二章 『夏に泳ぐ緑のクジラ 著・村上しいこ』初版2019年7月29日
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終わりよければ

9月もおわりです。早い物であと三ヶ月で今年が終わりますねぇ!

今年は色々ありすぎて、やりたい事がまだまだありますよぅ! みなさんもやり残した事がないかいまいちど手帳を開いてみてくださいねぇ!

 朝10時、古書店『ふしぎのくに』開店である。当初はセシャトではないアヌが店番をしている事に警戒していたが、元気よく挨拶し接客も面白いアヌが愛されるのに時間は二日としてかからなかった。



「アヌちゃん、こんばん麻雀して行かないか?」

「おっちゃん! 行けたら顔出すわ!」



 パシャリ!

 スマホを向ける女子高生、それにアヌは八重歯を出してピースする。ある程度午前、午後の接客が終わり、アヌはいつたおが遊びに来てもいいように、鶏油を作り、米を炊く。

 遠くで救急車の音と消防車の音、パトカーのサイレンとが鳴り響く。



「ほんま東京は騒がしい町やで……お京、最後の戦いやな。母親とも祖母ともちゃう。自分の道を選ぶ……えぇやん。それもおとんの事も、おかんの事もすきや! 素直になった……ワシも泣きそうや」



 アヌは目を瞑って余韻に浸る。お京は自分の人生について考えた。美容師になろうと、そしていつか母親の髪の毛を切ってあげると……そして両親と住もうと約束する。

 それは遠回しに死ぬなとそう言いたいのだ。死んだら終わり……アヌは今日の為に先日スーパーで買い揃えた材料を使ってたおに上手い食事を作ってやろう。今日で、アヌの古書店『ふしぎのくに』研修は終わる。今日でお別れなのである。それはどの客にも言ってないし、たおにも言う気はない。



「つちんこ、別れの時が来るんやな……」



 つちんこは寂しいと思う子供の元に現れ、そして救いの手を差し伸べてくれる。いつか大人になる頃、その記憶は無くなっていく。誰も……



「つちんこの事を感謝しない。覚えてない、将来御礼もいえない……なんやそそれは辛すぎるやろ……ありえへん」



 だから、お京はつちんこに約束する。舞波につちんこの物語を書かせると中々に面白いことを言った。



「脇役である舞波が作者である村上しいことも考えられる終わりやねんな……この物語の終わりは最高のエンディングやったかと言うとそれはわからんな……」



 作品の面白さ言わずもがなだが、お京という主人公がこれから幸せになれるのか? と言うとそれは分からないそんな終わり方。それは一重に人間の人生を描かれていた。

 アヌは料理の下越しらも終えて、作品も読み終えた事でたおを待つがたおは来ない。今日来ると言う約束をしていたわけでもないし、そう言う日もあるだろうと閉店までアヌは待った。

 本日の羽田の便で新大阪に帰る。飛行機に遅れるわけにもいかないから、アヌはオムライスを作ろうとしていたが、チャーハンと蟹玉に変えてそれをラップするとセシャト達にメッセージを残した。


“レンチンして食べてやぁ“


アヌの簡単な似顔絵付き。少しばかりアヌはがっかりもしたが、古書店『ふしぎのくに』の掃除を終えて、旅行バックを一つ持つと、古書店『ふしぎのくに』を出てシャッターを閉めた。



「ん? なんやどないしたん? 店はもう今日は閉店やでぇ!」



 店の前でオロオロする小学生くらいの男の子の姿。何か様子がおかしい……アヌは優しく目線を合わせてからもう一度尋ねた。



「どないしたんや? なんかワシに用か?」

「アヌさんですか?」

「おぉ! ワシも有名人になったのぉ! そや! ワシがアヌや」

「アヌさん! お願い、病院にきて! お姉ちゃんが……」

「たおの弟か?」



 コクンとうなづくと、アヌは考える間もなくシャッターを開けて、セシャトが買い物にいくときに使うスクーターを借りた。



「乗り! 病院あと教え! ナビさせるわ!」



 そう言ってスマホをスマホホルダーにポンと差し込む。嫌な予感を感じつつ、アヌは90CCのスクーターを取り回してたおの弟の指示に従って病院へと向かう。



「こっちです!」



 緊急、手術中という具合で神妙な顔をしている男性と女性。たおの両親だろうかと思ってアヌは会釈する。



「アヌさんこっちです」

「え? おぉ、こっちか」



 面会時間は大丈夫なんだろうかと思ったアヌが通された病室でたおは『海を泳ぐ緑のクジラ』を読んでいた。アヌは思っていたよりも元気そうなたお、だが、足をつっている事から何か事故にあったのだろうか?



「お前、どないしたんや? 大丈夫か?」

「あ! アヌじゃん何してんの?」

「そら、お前や! なんやこのどエライ怪我は?」

「料理してたんだけど、鍋が落ちてきて足に衝突……それで悶えた私は救急車でここに運ばれたの……お金はらいにいかなきゃって私が言ったのを弟が気にしてアヌのお店に走ったみたい。ごめんね!」



 命に別状はなさそうだし、アヌはほっとする。時計を見ると、まだ時間はなんとか間に合いそうだった。



「その本、見舞いがわりにプレゼントしたるわ。ワシ、今日大阪に帰るから、まぁまたどこかで会おうや!」

「えっ?」



 アヌが研修期間中である事を今更になって思い出す。たおはアヌに何かを言えるわけでもなく、アヌは病室から去っていく。



「人生は残酷だ……」



 たおは、一人で本来であればアヌと読み合う部分を読んでいた。お京は結局祖母の家には住まず、舞波の家に厄介になる事になる。それを舞波の家族は歓迎し、それなりに落ち着いた形となる。たおは皆、大人も色々あり今に至るという事は知っているが、この小説に出てくる大人達の、実にリアルで子供っぽいというより持って生まれた性格が変わらないという事に衝撃を受けた。小説に出てくる大人達は大体異様に良くできた人間というイメージが強かった。

 少しばかり意識していたアヌもそうだった。アヌはお兄さんと表現するのが最もイメージに合うだろう。頼りになるアヌだが、時折見せ、語る言葉は少年のよう。

 自分も中学生であり、お京の気持ちがどちらかと言えばよくわかる側にいるはずだが、お京達は大人だ。それは大人が書いた小説なのだからなんだが、自分は彼ら程に達観していないし、自分で何かを決められるだけの決定権もない。これが現実。



「ねぇ、悠太。私さ怪我が治ったら大阪に行ってみようと思うの、アンタも来る?」



 本を読みながら聞いてみるが、弟はスイッチのゲームをしながら「いかない」とそう返す。東京に住んでいればほぼ東京で事足りるし、まだ小学生の弟がゲームとインターネットがあればそれでいいのだろう、



「悠太、小説とか読んだほうがいいよ?」

「ジャンプコミックスの小説ならたまに読むよ」

「あぁ……あれね」



 コミックスの外伝的な役割のラノベであれば小学生の弟でも読んでいたなと確かに思い出す。文学系の作品はまだ早いのかもしれないなとアヌにプレゼントされた小説を共に話す相手がいない事にたおは少しばかり閉口する。



「こういう私の元につちんことかがきてくれれば、面白いんだろうな」



 たおは自分も小説を書いてみようかと少し考えた。小説は読む物出会って書く物だとは思った事もなかったけれど、だけどちょうどいい。アヌに読んでもらい感想をもらおうとたおは思った。



「何を書こうかな? う〜ん。小説を紹介する悪魔のお話なんて面白いかもしれないな」



 弟にノートを買ってこさせて、たおはノートに絵や題材となるプロットを書き起こしていく。小さな王冠を乗せた少年。大酒飲みの悪魔。そして、それらを呆れた目で見る犬耳の青年に、そこに入り浸る常連の少女。

 小説は自由だ。たおはそこで一つ気づいた事がある。この緑のクジラに実のところ、つちんこはいなくても物語は進むかもしれない。ギミックとして、作品のさらなる完成度の為に、このファンタジーが絡んである。



「凄いな。小説って……」



 書きたい事を書くだけでも小説である。それは趣味レベルでいいのかもしれない。だけど、不特定多数を楽しませる為に散りばめられた物を扱い切る事でそれをビジネスとしての小説となるのだなと……たおは賢い少女だった。それ故に高望みはしない。アヌに楽しんでもらう小説を書くのだ。

 その為には……



「悠太、私入院中に小説書くから、読みなさい」

「え? やだよぉ」



 小説を読む事を強要させる事はあまりいいとは言えない。読みたくもない本を読んで書かされる読書感想文のように、読書嫌いを生む一つである。

 月日は流れ、東京の有名女子校にたおが通うようになった頃、たおはお小遣いと年末のアルバイト代で貯めたお金で大阪への旅行を決行する。もちろんそれはアヌに会う為、完成した小説をアヌに読んでもらう為。



「そうだ! 数年越しに緑のクジラの読み合いしたいな……今なら私もいろんな事を言えるだろうし、アヌもびっくりするだろうな」



 新幹線で新大阪に到着、そこからJRで大阪、環状線で天満駅に降りたたお。アヌに聞いていた古書店を探す。可愛い着物を着た店員さんがいる和風カフェでお茶を飲み、古書店『おべりすく』について尋ねると親切な店員さんが教えてくれる。

 たおは高鳴る胸の鼓動を抑えながら、木造の古書店を見つけた。品揃えは通向けの歴史小説が多いようだ。常連客がせどりをしている事からどうやら品揃えもいいらしい。



「アヌさん、ご飯奢ってや!」

「うるさい帰れぇ! ここは古書店じゃ! 本買っていかんかい!」



 懐かしい声、やばい。これなんて少女漫画? だなんてたおは思いながらドアを開く。そしてアヌを探す。どこだろう?



「あっ、いらっしゃいませっす!」

「……あっ……あの、私」



 めちゃくちゃかっこいい店員がお出迎え、再びたおは思う。



「何これ? これなんて少女漫画?」

「……それ! 村上しいこ先生の」

「はい、海を泳ぐ緑のクジラです」



 そのめちゃくちゃかっこいい店員は作品の面白さを簡単に語り店内楽しんで行ってくださいと店の本の手入れを始める。そんな青年に見惚れているとポンと頭を叩かれる。



「なんや、たおやんか! 懐かしいな。旅行か? ゆっくりしていきや」



 アヌは変わらなかった。そんなアヌに自作小説を渡そうとしたが、恥ずかしすぎてたおはこう言った。



「あ、あの店員さん紹介してよ! すっごいかっこいいじゃん」

「ばっすんか? ほんまあいつはモテよんなぁ……ワシ、もう死の」



 たおがここに来た理由、そして自作小説を渡すまで、数時間を要することになる。

『夏に泳ぐ緑のクジラ 著・村上しいこ』今回をもちまして、本作の紹介を終了させていただきます。村上しいこさんは様々心にくる作品を書かれる作家さんですので、是非ともおすすめの一作をみつけてみてくださいね! 次の業務日誌はどんな作品でしょうね! おたのしみに!

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