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稲光の担い手

「シルヴィ」

 

 大きな手のひらが、頭を包み込んでいた。


「お前には、剣の才がある。雷神に愛されている。稲光の足運び(ブリクスト)の“次”に、踏み込める」

 

 幼い彼女は、紅い瞳で彼を見上げる。


「だから、来い」

 

 シルヴィを取り囲んでいた男たちをなます切りにした『エウラシアンの雷光』は、微笑を交えてささやいた。


「お前は、今から、俺の娘だ」

 

 その温かな手をとった瞬間から――少女は、“エウラシアン”になった。




 生ぬるい夢から覚めて、シルヴィは息苦しさを感じる。


「……なに」

 

 泥をたらふく呑み込んだかのような気持ち悪さ、彼女は自分にのしかかっている“モノ”をどけようとして――姉であることを察し、一気に覚醒した。


「お姉様!?」

 

 踏みつけられて、ひしゃげたフィオール・エウラシアン……美麗な金髪は赤黒く染まり、装飾が施された鎧は轍のようにへこんでいる。遠目から見れば、血を吸ったボロ雑巾のようにも視えるだろう。


「息は……している! 生きてるっ!!」

 

 魔力を籠めて、フィオールをどかす。直ぐ様、治療を開始しようとして、彼女は目眩を覚えた。


「魔力酔い……なんなの……どうして、こんなことに……シルヴィは……ユウリと結婚することになって……それで式場で……」

 

 禿頭とくとう――巻き起こるフラッシュバック。

 

 ガラハッドと名乗る老人と出会い、その剣筋に惹かれた。エウラシアンの雷光と名高い父に、どこか似た剣さばき。あの好々爺に言いくるめられる形で剣を振るい、気がついた時にはユウリに剣先を。


「なにしてるのよ……シルヴィともあろうものが……」

 

 結婚式。エウラシアンの家紋を背負って、彼女はヴァージンロードを歩いた。相手はどうであれ、ようやく兄や姉に恩返しが出来ると嬉しかった。

 

 だが、アレは“偽装”だった。手錠をつけた罪人、ガラハッドを捕らえるための罠。ユウリ・アルシフォンは、出会った当初からこの日に至るまでの間、計画の露見を恐れて周囲を欺き続けていたのだ。

 

 一瞬でも、心躍った自分が恥ずかしい。ユウリに騙されたまま、彼との結婚生活まで妄想してしまった。

 

 その挙げ句がコレだ。ユウリに重傷を負わせただけではなく、むざむざ、姉を死にかけるような目に遭わせた。


「……わたしに剣才なんてない」

 

 ――この忌み子がっ!!

 

 痛烈に引っ叩かれた頬を幻視して、シルヴィは重たい姉を持ち上げる。


「うっ」

 

 ガラハッドに操られていた際、魔力を過剰放出していたせいか、身体強化にまともな魔力を回せない。


 鎧を脱がせていたものの、小柄なシルヴィにとって、偉大なる姉は抱えきれるものではなかった。あまりに重たい。まるで、エウラシアンという家名のようだ。


 身体中の骨が軋む感覚、激痛が足先まで突き抜ける。下方に視線をやれば、奇妙に捻じくれた右足首があった。恐らく、フィオールと一緒に踏みつけられて、逆方向に関節が外れてしまったのだろう。


 ただ歩くだけという苦行。数メートル進むだけでも、心がへし折れて戻れなくなりそうだった。


 ぜいぜいと息を吐く度、口内に血の味が広がる。ねじれた足首は延々と痛みを訴え、曲がった背中と腰が悲鳴を上げている。


 だが、シルヴィは姉を見捨てない。命を失っても、彼女を離す気はなかった。たったひとり、たったひとりの大切な姉。


 ――シルヴィ、チャンバラごっこをしましょう


「お姉様……」

 

 ――遠慮することはありません。貴女はわたしの家族なのですから


「シルヴィは……シルヴィは……恩を返します……」

 

 ――さぁ、剣を構えて


「貴女に……エウラシアンに……恩返しを……シルヴィなんかを受け入れてくれた……貴女たちに……お礼を……」

 

 ――だ、大丈夫。大丈夫ですから。ですから、シルヴィ


「シルヴィは……ずっと……ずっと……」

 

 ――わたしたちを嫌わないで


貴女エウラシアンのために……生きていました……」

 

 取り囲まれる。有象無象たちは、音もなく忍び寄り、汗だくで姉を運ぶシルヴィを取り巻いていた。


「なんともまぁ、血と涙であふれる姉妹愛じゃのう。意識がない状態でも魔力膜が剥がれないとは、随分と時間をかけさせてくれる」

 

 ガラハッドの声だけがする。

 

 老若男女の集いは寄り集まった虫群のように蠢いており、その寄せ集まりの中から不気味な声音だけが響く。


「一流の狩人は、獲物を一撃では殺さぬ。弱らせてから後をつけ、確実に仕留めることを旨とする。また、群れから孤立した弱者を付け狙うのも基本」

 

 汗で垂れ落ちた前髪の隙間から、声を射抜くように睨めつける。


「魔力酔い、まともに肉体の補強も出来んじゃろうな。その足手まといを背負って歩いたせいで、ほれ、両脚がこんにゃくみたいに震えておる。稲光の足運び(ブリクスト)を発動できる回数は、二、三回と言ったところかのう」

 

 姉をそっと下ろしたシルヴィは、彼女に優しく耳打ちする。


「お姉様、ご安心ください。このシルヴィが、貴女にまとわりつく羽虫を打ち払います。鱗粉ひとつ、つけさせないとお約束します」

「可能であれば、再洗脳を施して、ユウリ・アルシフォンを狙わせたかったのじゃが……一度、失敗した駒、最早興味は失せた」

 

 シルヴィは、両目を閉じ、短剣を抜き放つ。


「すまんが、ココで死んでくれ」

 

 合図らしき音が響き渡った時、正面に剣先を構えた彼女はささやいている。


「我、剣閃の担い手也。

 我、雷神の担い手也。

 我、宿命の担い手也。

 我――」


 赭色あかいろの瞳が――見開かれた。


稲光の担い手(エウラシアン)也ッ!!」

 

 一度目の、稲光の歩法(ブリクスト)が発動した。

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