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傘色3years  作者: kotorino
第二章<部活の先輩、そして後輩>
9/11

08:部活動見学

***




「ど、どうしよう契斗くん。きき……緊張して、扉が開けられない……!」


「はは……愛の緊張がうつって、オレまでガタガタしてきた……」


 水曜日の放課後の、アンブレラ学園にて。

 家庭科教室の前で、2人の男女が肩を震わせていた。教室の中からは男女の話し声が聞こえてくるが、今の2人にとってはそれすらも恐怖だった。


「や、やっぱり部活なんて、人付き合いの苦手な私には無理かもしれないです……」


 この日彼女達は、担任の葉井島寿康が顧問をしている料理部を見学するため、寮には帰らずにここまで来た。といっても、部活に興味があるのは主に愛で、契斗は彼女の付添人だ。

 コミュニケーションが極度に苦手な者同士で来てしまったため、ノックをすることも出来ずに早十分が経過していた。

 由宇か空姫がいれば愛を引っ張っていってくれただろうが、生憎彼らもそれぞれの仮入部に向かっている。


「……うう」


 それでも、ずんと沈む少女を見て、契斗にはじわじわと使命感が生まれた。この場をどうにかするには、自分しかいない。そんな風に思うと、少し勇気も湧いてくる。


「よ、よし。ここは男らしくオレがドアを開……」


 そう途中まで言ったところで、不意に教室のドアが開いた。契斗が開けたわけでも、愛が開けたわけでもない。

 突然の出来事に、少女の血の気はサッと引き、隣にいた契斗の身体はビクリと分かりやすく跳ねた。


「わぁっ、びっくり……。んと、料理部に何か御用でしょうか? 赤いリボンとネクタイってことは、高等部の新一年生よね」


 家庭科教室から現れたのは、すらりと背が高く、ほんわかとした雰囲気を漂わせた女生徒だった。愛と色違いの、緑のリボンをしていることから三年生だと分かる。おそらくこの教室で活動している料理部の一員だろう。

 オレンジ色の長い髪は綺麗にコテで巻かれていて、上品なハーフアップにまとめられている。明るくアイドルのような空姫とはまた別タイプの「美人」で、高嶺の花と呼ぶに相応しい先輩だ。高価そうな銀縁の眼鏡も、よく似合っている。


「あ、あの……」


 もごもごと口を曖昧に動かす愛を、彼女は柔らかな笑顔で、急かすことなく待っていた。

 その優しさのお陰で少し余裕ができたのか、愛は意を決したように唇を動かす。


「部活見学をっ……させて頂きたいん、ですが……よ、よろしいでしょうか!?」


 思ったより大きな声が出て、自分自身で焦った。しかし言ってしまったものは仕方ない。

 名も知らぬ先輩は状況を把握すると、納得したように頷いた。


「勿論です! もしかしたらご存知かもしれないけど、料理部は部員が少なくて……新入生さん来てくれないかなーって思っていたところなの。さぁ、彼氏さんも遠慮しないで入って!」


「「……彼氏?」」


 愛と契斗の声がはもる。

 2人して首を傾げる反応に、先輩は「あら?」と口を手で隠す。


「カップルで見学に来てくれたのかと思っていたけれど、その様子だと違うのかしら。ごめんなさい」


 早とちりをしてしまったことに、先輩は申し訳なさそうに謝る。会って早々、年上に謝罪させてしまった愛は、「とんでもないです!」と咄嗟にフォローしたが、胸のドキドキが収まらない。


―――恋人同士に、見えたのかぁ。


 誤解は解いたものの、一瞬でも他人にそう見られていたことに、体温が上がる。


「まぁまぁ、とにかく部室にどうぞお入りください。わたしは三年生で料理部の部長、”実鳥風架みどり ふうか”です。以後お見知りおきを」


 丁寧に案内され、愛と契斗は部室に入った。家庭科教室は大きな部屋で、少ないなりにもそれなりの人数がいるのだろうと思っていた愛だが、その予測は一瞬で否定される。

 入室して一歩、そこにいたのは、1人の中学生のみだった。


「……あれ?」


「うふふ、驚くわよねえ。実は料理部は、わたしとこの中学生男子だけしかいないのよ」


 のほほんと笑う風架に、愛は唖然と瞬く。

 部活動は基本、中等部と高等部で分かれているが、人数が少ない場合は合同で活動を行っていた。

 高校生が1名、中学生が1名しかいない部活がまとめられるのは、当然といえば当然だ。


「……は? 風架。誰その人達」


 不意に、学ラン姿の男子中学生が尋ねる。先輩に対して敬語は使わず、言い方も決してソフトではない。契斗達の方が、そわそわしてしまうほどだ。

 しかし当の風架は怒ることなく、変わらず柔和な顔を崩さない。


「この方達は部活見学に来てくれたの。わたしはちょっと職員室行ってくるから、駿ちゃんが概要とか話しておいてねー」


「えっ、やだよ面倒くさい! てか部長なら風架が説明しっ……」


 少年の叫びは虚しく、がしゃんと扉が閉まる。

 気まずい沈黙の中に残された少年たちは、しばらく静寂に包まれた。


「……ちっ。で? あんた達この部活入んの?」


「いやまだ何も聞いてないし」


 反射的に突っ込みを入れた契斗を、中学生はジロッと睨む。その鋭い目に、年上の威厳はどこへやら。契斗は何も言わずに、視線をずらした。


「はぁ。まじだるすぎ。風架が卒業すれば料理部は僕だけになるから、廃部になって終わりーっのはずが、まさか見学者が来るなんてね」


 明らさまに残念がる中学生。

 透き通った肌に銀髪をしていて、おまけにアンブレラ学園の学ランは白だ。全体的に、雪に溶けそうな儚げな色をしておるが、実際の存在感はかなり大きい少年だった。


「学年色が赤ってことは、あんたら僕より1歳上か。あーやだやだ、年上嫌いなんだよねー」


 理不尽な暴言は底知らずだが、愛は1つ気になることがあり、そんな言葉は頭に入っていなかった。

 少年をじっと見て、彼女は瞳を輝かせている。


「……あのさ、お姉さん。何で僕のことガン見してんの? うざいんだけど」


 流石にその態度を注意しようとした契斗だが、愛がぽつりと呟き、停止する。


「……れい……」


「は?」


「綺麗ですね……! もしかして、ハーフさんですか?」


 春風のように暖かく、濁りがなくハイライトたっぷりの瞳が、少年を射抜く。

 まるで貶したのにお礼を言われたような感覚で、少年はむずむずと背中がかゆくなる。


「な……なに言ってんのこの人……。ちなみにハーフじゃなくて、クオーターね。2分の1じゃなくて、4分の1」


 少し照れたようにそっぽを向くが、愛はまじまじと覗き込んでは、さぞ幸せそうに微笑む。


「地毛が銀色なんですね。目もブルーグレーで素敵です」


 拍子抜けした少年は、無言で初対面の先輩の、溢れんばかりの褒め言葉を聞く。

 悪態をつく気も失せ、中学生は頭を抱えた。


「うーわ……、なんかとんでもない奴来たよ……。お姉さん達名前は?」


「わっ、申し遅れました、明橋愛です。こちらはルームメイトの契斗くんで、今日も見学の付き添いに来てくださったり、とてもお世話になっているんです」


「ふーん、同じ寮なんだ? でもお兄さんは彼氏とかじゃなくてただの保護者で、別にここに入部する気もはないと。あー……僕は城間駿しろま しゅん。中学三年で部長の従兄弟だよ。別に料理に興味があったわけじゃないけど、風架にほぼ無理矢理入れられたから、暇だし付き合ってやってるって感じ」


 実は駿の父と風架の母は姉弟で、料理部のたった2人だけの部員は親戚同士だった。

 契斗は納得したように頷く。


「従兄弟……。通りで部長に対してもタメ口なわけか」


「まあ、小さい頃から知ってるからな。今更先輩として接するなんて無理な話っしょ。……てことで、面倒だけどこの部活について説明するよ。僕だってわざわざ怒られるのは嫌だし」


 重そうな口取りだが、部長に言われたことを遂行するため、駿は座り直す。それから契斗と愛にも、近くの椅子に腰掛けるよう視線と顎で促した。


「さっきも言った通り、部員は部長の風架と僕のみ。あんたらが高1ってことはもしかしたら担任かもしれないけど、顧問は葉井島っていう白衣男。活動日は基本水曜日のみだけど、部活見学期間の1週間は連日活動してるよ。部活名の通り料理を作ってるだけで、部則もなくダラダラした感じだね。入部のお勧めはしない、以上」


 やりきった顔で、駿は頭の後ろで腕を組んだ。

 そんな時、閉まっていた扉がガラリと開き、男女が入室してくる。


「駿ちゃん説明ありがとうねー」


 1人は全員の予想通り、先刻に退室していた風架だ。

 そしてその後ろには、白い白衣を着た男性がいる。


「なんだ、葉井島まで来たのかよ……」


「おい城間、呼び捨てすんな。せめて先生はつけろ先生は」


 料理部顧問であり、愛と契斗の担任―――葉井島寿康の拳が駿の頭に降る。まだ学ランの似合う反抗期の少年は、恨めしそうに舌打ちをした。

 風架は「駿ちゃん、先生に失礼なこと言っちゃだめよ~」と伸びた語尾で、従兄弟の髪を撫でる。


「まったくこの坊ちゃんは手がかかる。……っと、明橋、よく来てくれたな。九路瀬も歓迎するぞ。城間はいつもこんな調子だけど、中坊の戯言だと思って聞き流してやってくれ」


「この度は見学のお誘いありがとうございます、先生。でも城間くん、本当はとても優しい方だと思いますよ。その澄んだ瞳と同じくらい、心も絶対に綺麗です」


 不思議と、愛の言葉には嫌味のようなものは一切感じられない。それどころか、愛が言うことは全て正しいのではないかと言う錯覚にも陥る。彼女の笑顔は、女神のように偽りがないのだ。

 寿康はふっと口角をあげる。


「だってさ。よかったな城間、惚れんなよ」


「ああ!? 惚れるわけねーだろこんな地味なパッツン前髪女に!」


 全力で否定し喚き散らかすが、駿の頬は林檎色に染まり、まるで説得力がない。

 風架は駿の声を完全に無視し、愛と契斗に二枚のエプロンを差し出した。


「2人とも、わざわざ見学に来てくれましたし、せっかくなので今から一緒にプリンを作りませんか?」


 ぷるぷるのプリンが脳内で揺れ、愛は珍しく俊敏に賛同した。甘いものは愛の大好物だ。契斗も釣られて紺のエプロンを受け取る。

 契斗は家庭科の料理実習以外で、料理をしたことは無いに等しい。内心焦りながらも、愛がいればなんとかなるはずだろうと、少年は勝手に自己完結をする。

 それに契斗はなんとなく、駿のいるこの空間に愛を置いて帰りたくなかった。


「さ、まずは手を洗いましょうね」


 部長の言葉で、料理部の1日が始まる。

 この場にいるのはたったの4名。されど4名。無意識に愛を見つめる男子中学生もいれば、その状況を面白がらない男子高校生もいる。

 人間模様は、大きく動き始めた。




***

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