第十二話 雑談と猫
テーブルと椅子、それとお茶(とは呼べない不味い飲み物)がある一室での話。
「あー、タバコ無いかしら。最近吸ってないからストレス貯まるのよね」レイコが言う。
「モエは、これを機にレイコさんは禁煙すればいいと思います!」
「禁煙とか無理無理。ま、とはいってもタバコ屋は無いし、結果的に禁煙してるわけだけど……」
椅子に座って、長髪のレイコは高い天井を見上げて呟く。
「これからどうなるのかしらね。私達」
「モエは、この世界もそんなに悪くないかもって思い始めたのです」
「いや、慣れてどうする。そこは『元の世界に帰りたい』って言うところでしょう」
「そうなんですか?」
「そうよ」
沈黙が落ちる。
「モエは、ヨシノブとシュウジ、どっちが好き?」レイコが急に問いかける。
「えーっと、それは二択ですか?」
「二択よ」
「モエは、ヨシノブくんかなあ」
「じゃあ、あたしはシュウジか……」
再び、沈黙が落ちる。
「あの、何の話をしているんでしたっけ?」
「もしこの世界から帰れないことが分かったら、どっちがどっちと結婚するかって話してるのよ」
「でもでも、この世界の人と結婚することもできるのでは?」
「無理ね。生活習慣が違いすぎる。名門貴族との玉の輿ならともかく、そこいらの農民と結婚してやってける自信は無いわ。結局、時代が違うのよ。ここは中世。私たちは現代人」
「モエは、考えたのです。この国の王子さまと結婚して、プリンセスになるのです」
「あなた社交ダンスとかできるの?」
「あー、それがありましたかー」
「夢を壊すようであれだけど、あなたのオツムでプリンセスは無理でしょうね……」
「モエは、すごい悪口を言われた気がします」
「悪口の一つも言いたくなるわよ。あーそれにしても不味い飲み物ね。さっさと紅茶か緑茶を発明すればいいのに」
三度、沈黙が落ちる。
「にゃー」
そこに猫が現れる。
二人はまだ、それがどんなに異常なことか、分かっていない。
「あ、猫さんだ。かわいいー」
「んー……けっこう年寄りの猫ね」
それは老猫ミール。神々や竜と争う、神話の軍勢の最後の一匹。
「ブローニュの森へ向かえ。そこに第三の指輪がある。そして元の世界に帰りたくば、エルフたちに会うことだ」
「あれ? 今この猫喋った?」
「森へ向かえって……どういうこと?」
その言葉を最後に、猫は忽然と姿を消していた。
第二の指輪を見つけて戻ってきたヨシノブとシュウジは、その話を聞いて唖然とすることになる。この世界に猫はいない。ただの一匹、伝説の老猫ミールを除いては。