第十三話 ブローニュの森 前編
ブローニュの森は、パリ中心部から西の地域に位置する広大な森である。
ヨーロッパの森の多くは、王様や貴族のたちの狩猟場という位置付けであり、7世紀ごろには鹿や野兎、狼などの多くの野生生物の生息地となっていた。
とはいえ、そのブローニュの森に行けといわれて、ほいほい行けるわけではない。いくら距離的に近くても、森は危険地帯なのだ。特に中世前半の森は、手入れの行き届いていない原生林であった。
大司教サヴァンにブローニュの森の散策を提案してから、二週間が過ぎようとしていた。サヴァンとは、紙の作り方について質問に来てからというもの、さっぱり連絡がつかない。最初に詳しく教え過ぎて、もう聞くべきことはないと思われているのか。そもそもの製紙事業は順調なのか。それさえもわからない。
ノートパソコンでのウェブブラウジングも、毎日そればかりやっていては、さすがにもう飽きてくる。
そんな中、サヴァンの館を訪問したのは、あの宰相メルローの息子、青年ウィルであった。
「今日はお忍びでここまで来ました。良い知らせがあります」と彼は言った。
「まず、フランク王国軍は馬の調達を始めました。イスラムに負けぬよう騎兵隊を作るためです。鐙の実験が上手く行き、ついに騎兵、重騎兵が正式な兵科として採用されたのです。父は騎兵隊の発案者として歴史に名を残すでしょう」
「次に、紙ですが、サヴァンの奴が実験的にそれを作ることに成功しました。実用になるまでにはまだまだ問題がありますが、数か月後には職人に工程を振り分け、本格的な生産が始まるはずです」
「そしてあなたがたは最後に国王陛下に宗教の話をしたいと言っておられた。これはキリスト教のことですね? サヴァンはキリスト教の国教化を推進し始めました。魔女ペルペが死んだ今、キリスト教は新たな国家の拠り所になるでしょう」
「それはよかった。全てが上手く行けば、フランク王国も安泰でしょう」僕は言った。
「ワインがあれば乾杯をしたいところだ。もっともこの館には酒が無いがな」シュウジが受ける。
「それはそうと、私たちはブローニュの森に行かねばならないのだけれど……」レイコが口を挟む。
「森に? それはかまいませんが、何か目的があるのですか?」
「そこに探し物があるの。それに、エルフにも会わなくちゃいけないのよ」
「小妖精? あなた方は不思議なことをおっしゃられる。現実的な提案で我が国を栄えさせたかと思えば、今度は森の小妖精の話ですか。私も噂を聞いたことくらいはありますが、さすがに見たことは……」
「モエたちは、老猫ミールに会ったのです」モエが言う。
「ミール! 猫の神! 人語を解する世界最後の猫に会ったのですか!」ウィルは少し興奮気味に語った。
「金色に輝く瞳、燃えるような毛並み、銀に輝く翼に、白金のひげをピンと立てて!――ああ、これは戯曲『嘘吐きオッティア』の台詞でしたな。しかしあなた方の言うことです。信じましょう」
「探し物は残り二つ。私たちは老猫ミールの告げた場所に行き、あるものを探さねばならないのです」僕は言った。
「では、さっそく案内の者の手配を致しましょう。出立は明後日ということで、よろしいですね?」
僕たちは強く頷いた。




