第3話 戦闘
端末からの激励?を受けた俺は、深呼吸をしてもう一度ダンジョンの通路をにらんだ。
石の床、石の壁、石の天井。
作られたような四角形の空間が、ずっとまっすぐに伸びている。
今まで集めた情報から、ダンジョンの一階層には強力なモンスターが出現しないというのはわかっている。
今まで確認されたのは、ウサギや犬などの動物型と、ゴブリンゴブリンした小さな人型モンスターのみらしい。
スライムが確認されたという話を聞かないので、もしかしたら物理無効の強いタイプのスライムが深層で待ち構えているのかもしれない。
ただし、ダンジョンが発生してからまだあまりにも日が浅い。
法則などあってないようなものだろう。
俺は今一度、持って来た金属バットを握りしめる。
それらしい遠距離武器なんて用意できなかったし、習得できるスキルも存在しない。
一応色々な道具は持っているが、戦闘中に背負って来たリュックから悠長に出している暇はないだろうな。
こんなことなら武術の一つでも齧っておけばとも思ったが、無い物ねだりしても仕方ない。
HPがダメージを肩代わりすると書いてあったが、どういう仕様なのかもよくわかっていない。
一応、重ね着できるだけ重ね着してきたが、防御力がどれくらい上がったか定かではない。
つまりは、出たとこ勝負でいくしかない。
緊張しながら、俺はダンジョンへと踏み込むことにした。
画板に方眼紙をセットし、少しずつマッピングしながら進む。
壁や床の継ぎ目は見えないので、自分の歩数を参考に距離を取る。
時速は1キロメートルも出ていない。ビビり散らかしながら、ゆっくりと進んでいる。
幸い、光源が見当たらないにも関わらずダンジョンの中は明るいので、ライトで手がふさがることはない。ヘッドライトの出番もない。
しばらくずっと道なりで直線に進んでいると、十字路が現れた。
とりあえず、右手側の壁に背を当て、慎重に十字路に近づいていく。
どこかから、ザッザッ、という足音のようなものが聞こえた。
「っっ!」
俺は息を潜め、金属バットを構える。
ひとまず、正面の通路から何かが迫っている様子はない。
となると、右か、左か。
こんなとき、手鏡とかがあれば壁に添いながら通路を確認できたはずだ、と後悔するが持ってきていないものは仕方ない。
耳を澄ませる。
規則的な足音が、人間が歩くより少し早いくらいのペースで続いている。
足音はおそらく一人分。
四つ足の獣ではなさそうだ。
(ゴブリンか?)
ファンタジーではよく雑魚扱いされるゴブリンだが、俺はそう楽観的には思えない。
体格や筋力は子供並みとか言われても、普通に考えて、錆びた刃物を持った小学生が殺意を込めて襲ってきたら、超怖い。
少なくとも、街中で遭遇したら倒そうとか思わないで、全力で逃げる自信がある。
だが、ここはダンジョンだ。
モンスターを倒すことでEPが手に入るという情報を俺はしっかり持っている。
そして俺は探索者……冒険者……挑戦者? まあとにかく、チャレンジャーだ。
武術の心得など全くないが、やってやれないことはない、はずだ。
俺は壁に背を当てるのをやめ、通路の中央に立つ。
十字路からやや離れたところで、いつでも踏み込めるように体勢を整える。
幸運なことがあるとすれば、ここは俺の部屋の中にできたダンジョンなので、他の人間が現れる可能性がないことだ。
出会い頭に殴りかかっても、事故はない。
「ふぅー…………」
小さく息を吐いて、ドクドクと大きく動く心臓から意識を逸らす。
足音は少しずつ近づいてきて、近づいてきて。
そして、ついに視界に、子供くらいの背丈の、禿頭の亜人が現れた。
「ふっっ!!」
それを見た瞬間、俺は渾身の力を込めて踏み込み、金属バットを振り下ろした。
「ぎっ!」
ゴブリンは突如現れた俺に驚き目を見開くが、何か行動を起こす前に金属バットが脳天に突き刺さる。
手応えは、クリティカルだ。
少なくとも、人間なら間違いなく致命傷だろう。
だが。
「ギェエエアアアア!」
金属バットは、ゴブリンの頭を砕いてはいなかった。
ゴブリンは自身が攻撃されたことを知って、怒りの形相で俺に飛びかかる。
人の形の、明らかな異形。
むき出しの緑色の肌に、大きく開いた口とギザギザの歯。
驚きよりも、怒りを表す生きた表情。
そして、突き出された錆びたナイフ。
とっさに反応できず、やばいと思った時には刃先はすぐそこまで迫っていた。
「ぐう!!」
それでも、体に突き刺さりそうなそれをなんとか躱そうとして、体をよじる。
ナイフは俺の胴体ではなく、とっさに出た左腕に赤い線を残す。
左腕がわずかに痺れ、しかし不思議なことに確実に切り裂かれたと思った腕は傷一つない。
重ねた衣服のおかげかと思ったが、そちらはぶちぶち繊維が千切れ穴が空いている。
「くそっ!」
その現象に驚きつつ、俺はとっさにゴブリンを蹴り飛ばす。
小さな体に前蹴りが突き刺さって、ゴブリンは怯みながら後退する。
その機を逃してなるものかと、俺はもう一歩踏み込み、金属バットをフルスイングした。
「ギャッッ!」
今度も、いい手応えだった。
横薙ぎに振るわれた金属バットは、再びゴブリンの頭を直撃し、しびれるような衝撃が帰ってくる。
同時に、嫌な音が響いてゴブリンは頭を歪ませながら吹き飛んだ。
吹き飛んだゴブリンは、ピクピク痙攣しながら倒れ込む。
「はぁっ……はぁっ……」
俺はゴブリンが起き上がるのを警戒して、荒い息を吐きながら金属バットを構える。
そのまま5秒、10秒、20秒……。
たっぷり30秒は警戒してから、俺はじりじりと、ゴブリンに近づく。
「……死んだか?」
慎重に、慎重に、じりじりと近づく。
すると、ゴブリンは急に細かな光の粒子へと変わった。
俺が驚き硬直している間に、粒子は俺へと向かってくる。とっさに身構えた俺の防御を気にすることなく、粒子は俺の体へと吸い込まれていった。
「……はは。やべえ、体が震えてら」
安堵でへたり込みそうになる体を必死に立たせて、俺は震える手で金属バットを握り直した。
多分、勝った、はず。
初めての戦闘を終えた実感が、ようやく染み込んでくる。
「俺、戦闘向いてなさそうだな」
思わず自嘲してしまった。
今までいろんな物語を見てきて、散々雑魚の代名詞とされてきたゴブリン一匹討伐するのにこのざまだ。
ゴブリンのことを侮っていたわけではないが、実際に本物の殺意を向けられると、思っていた華麗な戦闘などとてもできなかった。
なんとか勝ちはしたが、一撃で相手を倒すこともできなければ、無傷で倒すこともできなかった。いや、パッと見は無傷なのだが。
「さて、どうするか」
このまま進むか、それとも一度戻るか。
自分の状況を考えて、迷いはない。
「一旦端末まで戻ろう。ゴブリン一匹の戦果を確認してからだ」
無理など初めからするつもりはない。
俺は気を抜けば震え出しそうな足を懸命に動かして、ダンジョンの端末がある入り口まで一度戻ることにした。




