第29話 魔術と隠密、そして三階層への階段
このダンジョンから与えられた魔法の力をもう一度確認してみよう。
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火炎魔術(初級)
初級の火炎魔術が発動できるようになる。
魔術は発動者が任意に開発、登録し、セットした中から選択する。
魔術のセット数、及び性能は魔のステータスの影響で変動する。
魔術の性能に応じて消費CPは変動する。(初級魔術の場合最大30まで)
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ざっくりとした説明である。
端末くんにはもう少し詳しい説明を聞いてみた。
大まかな流れを言えば、最初に『こういう魔術が使いたい』と考えて『こういう形で発動しよう』と設計して『実際に魔力を通して発動』してみて、成功したら『魔術として登録』する。
こういう一連の流れを行なって、初めてワンアクションで魔術を発動することができるようになる、らしい。
どういう魔術が欲しいかというイメージの部分がかなり自由度が高いので、その気になればなんでも出来そうだが、実際には魔のステータスと消費CPによって結構な制限をされるようだ。
少なくとも、火炎魔術初級レベルでは、指パッチンで敵を燃やすことはできそうにない。
あと、魔術のセット数は現時点でストレージと同じ6個だったので、無駄な魔術を開発している余裕もそんなにない。
「まあ、とはいっても火炎魔法で最初にやることは二つくらいしかないけどな」
ファイヤーボール作るか、ライターの真似事をやるか。
ただ、最初からファイヤーボールを制御できる気がしない。
最悪、ミスって火だるまコースまで見える。
というわけで、最初は着火だ。
イメージはシンプル。
人差し指の先から、ライターみたいな炎が出る魔術。
複雑なものは何もないので、簡単に発動するんじゃないかと思う。
思ったのだが。
「そもそも魔力を通すってどうやるんだ?」
あいにくと今まで魔力などというものには触れたことのない人生を送ってきた。
いきなり、魔力を通せとか言われても分からん。
『最初は口頭で火炎魔術の発動を宣言すれば、システムのサポートが入ります』
俺がうんうん唸っていると、見かねたのか端末くんからアドバイスが入った。
君、たまに自我っぽいの見せるよね。
端末くんのありがたいアドバイスに従って、俺は口頭で宣言してみる。
「『火炎魔術』発動」
呟くと、体の中で何かが蠢くような感覚。
あまり気持ちのいいものではないと思ったそれが、指先に集まり、ぽんと小さな火が着いた。
「おー、ってあっつっ!?」
一瞬の感動のあと、遅れてきた熱さに俺は思わず指を振って火をかき消す。
そうか。指先から直で火を出すと指が焼けるのか。当たり前じゃん。
「指先からちょっと離して、もういっちょ。『火炎魔術』発動」
今度の力の蠢きは、先ほどより違和感がなかった。
落ち着いて感じてみると、ストレージを発動しているときに、ちょっと近いものを感じるかな。
ただ、ストレージは自分の外側の力を使っていて、魔術は自分の内側の力を使っているような、感じか?
これが、CPを消費しているかどうかの差なのだろうか。
「少し離せば熱くないな」
発動したライターみたいな魔術は、人差し指の数センチ上でポツンとした火を起こしている。
じりじり、と謎の燃焼を見せていた火であるが、10秒程度で消えた。
「いろいろ、消費CPと現象の関係を検証してみるか」
とりあえず、寝る前にいろいろやってみてわかったことは次の通りだ。
・基本的に、周囲に何もない空間でのみ火は出る。石の中とかには出せない。
・魔術には、火力、持続時間、効果範囲、射程などの要素が色々あって、それらの組み合わせで消費CPが決まってくる。
・複雑なものほど、消費CPが多く、また魔力が魔術になるまで時間がかかる。
・コンロやライターみたいな、非攻撃目的の魔法は消費CPが少ない。(だいたい1~4の範囲に収まる)
・ファイヤーボールみたいな攻撃用の魔法は最低でもCP5は消費する。
・火炎耐性を持っていない状態で、火力を高めるのは危険。
実践的な魔術はいくつも作れなかった。
とりあえず、ライター、コンロ、焚き火といった生活用の魔術を主に登録しておく。
攻撃用は、CP消費5のファイヤーボールを一個だけ。これ以上は発動に時間がかかるし、まだまだ改良の余地があると思える。
ただ、いろいろと改良しているCPの余裕がもうない。
「……あったけえな」
魔術で作りだしてみた焚き火にあたりながら、ふと声が漏れた。
ダンジョンは熱くも寒くもないし、目の前の焚き火は、薪を燃やしているような揺らぎがない、つまらない一定の炎だけど。
火に当たっていると、少しだけ暖かさを思い出す。
「俺が、やらなくちゃ」
たった一人の夜が、これから続く。
外に生存者はいるのだろうか。俺は生き残れるのだろうか。
ダンジョンはどこまで続くのだろうか。俺は一人で戦えるのだろうか。
茉莉ちゃんを救うことができるのだろうか。
ひとりぼっちで、やっていけるのだろうか。
「…………う、ぅう」
俺は毛布にくるまって眠る。
こうして、ゾンビパニック1日目の夜は終わっていった。
少しだけ漏れた嗚咽と、微かに溢れた涙は、焚き火の炎に当たって消えていった。
「思いの外、眠れたな」
翌朝、焚き火の炎はすっかり姿を消していた。
焚き火が良かったのか悪かったのか、昨日ここで眠った時よりはよく眠れた気がする。時計を確認すると、7時間は眠っていたようだ。
単純に、疲れていただけかもしれない。
「さて、気を取り直して、三階層に向かうか。おはよう端末くん」
『おはようございます』
「おお、返事がかえってくるとは」
端末からの返事に少しだけ驚きつつ、俺は自身のステータスを睨む。
CPの自然回復を高めるため、寝る前にストレージと悪臭以外は一旦全部外してあった。
HP 108/108
CP 49/76(使用中35/111)
一晩寝て、考えはまとまった。
「やはり、パッシブスキルは全盛りでいこう」
昨日の火炎魔術の訓練では、実践的な魔術はいくらも作れていない。
びっくりさせる目的ならそんなにCPは消費しないし、強打と目星がいくらか使えればそれでいい。
最後に頼れるのは自分の体だ。だったらパッシブは盛った方が良い。
CPの残りは17になるはずだから、差分が勿体無いな。
しばらくは、寝る前にパッシブスキルを外して火炎魔術の訓練をし、起きてから溢れる分のCPでもう一度訓練してからパッシブスキルをセットするのが効率的かな。
「まだ検証してないから、一回試してみるか」
そしてパッシブスキルを適度に着け外ししてみて、最大値が現在値を下回るまで現在値は変化せず、下回った分は無駄に溢れることをちゃんと確かめた。
方針としては、さっきので正しいだろう。
「とはいえ、安全に寝られる場所限定だな。端末くんが近くにいないとスキルのセットもできないわけだし」
というわけで、スキルの熟練度(あるかは知らないがきっとあるはず)を高めるためにCPを無駄に消費してから、俺はパッシブスキルフル装備の男になった。
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上杉 志摩
ノービス(無職)
レベル8
所持EP:31
HP108/108
CP17/17(使用中94/111)
力:12
魔:17
体:8
速:17
運:12
【所持スキル】
なし
【セットスキル】
[パッシブスキル]
不意打ち 集中力 罠感知 ストレージ(極小)
聞き耳 危機感 すり足 早足 気配察知 隠密
悪臭
[アクティブスキル]
強打 目星 測量 火炎魔術(初級)
【称号】
『屍鬼を喰らいし者』
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装備を一斉につけてみると、自分の体がわずかに世界に溶け込んだような錯覚を覚える。
自分という個が薄くなり、代わりに世界から入ってくる情報が鮮明になる。
通路の幅、奥行き、敵の位置、足音、息遣い、そして脅威度。
考えるまでもなく、そういったものが直感的に感じられる気がする。
目に見える範囲に敵はいないはずなのに、気配察知や聞き耳といったスキルが第六感にも似た知覚を俺に与えてくれている。
「まぁ、悪臭を放っているから全て台無しなんだけどな」
そう、そこまでやっても存在感を主張しまくる悪臭で全て台無しである。
「って、隠密の試運転を考えるなら、悪臭を外してゾンビに気取られない訓練をするべきだったんじゃないか?」
一旦隠密の性能を確認してから三階層に向かうつもりだったのだ。
だったら、悪臭は外さないとだめじゃないか。これがあったら、性能が何もわからない。
今更気づいたが、後の祭りだ。
俺はこぼしたCPを勿体無く思いながら、悪臭を外して改めてダンジョンを睨む。
まずは、近くのゾンビで隠密のテストをしてから、三階層に向かおう。
ゾンビで試した結果、足音を一切立てずに隠密している限り、ダンジョンの壁に隠れていれば、不意打ち成功判定も出せる程度に隠れられることがわかった。
ただ、流石にばっちり目視される状況で隠れていることはできない程度らしい。
そのあたりは、もっと専用のスキルとかが必要になってくるのだろう。忍者スキルとかが。
いずれにせよ、外で活動をしようと思った時、この隠密セットは十分に役に立ってくれることはわかった。
少なくとも、ゾンビに一方的に気取られるということはないはずだ。
「ようやくここまで来たぞ」
三階層に向かう階段の前で、俺は深呼吸する。
吸った息はゾンビ臭い。
周囲の気配を探り、周りにゾンビがいないことを確認して、俺は服を脱ぐ。
ゾンビ臭が染み込んだ服をストレージにぶちこみ、代わりに臭いのしない服を取り出した。
三階層の相手が鼻が効く相手だった場合の対策だ。ついでに、洗濯ができてないので、臭いのしない服は替えがない。
「…………」
心臓の鼓動が緊張でドクドクと鳴っている。
ゴクリと唾を飲み込んだ音が耳に響く。
何が出るか分からない怖さには、一生慣れることはなさそうだ。
ただ、俺の今後はこの三階層に左右される。
ここで食料を確保できればそれでよし。
できなければ、外で食料を確保する必要が出てくるだろう。
頼む。鳥とか兎とか、イノシシとか、とにかく食える魔物でさえあればいい。
最悪、犬とかバッタとかでも妥協する。
ゴブリンやゾンビは嫌だ。
どうか、どうか頼んだぞ。
「じゃあ、行くか」
俺は恐れと期待のないまぜになった心境で、新しい階層へと進んでいった。




