第30話 三階層の嘆き
「いきなり……雰囲気が変わったな」
階段を降りて、最初に出たのはそんな感想だった。
一階層と二階層は、オーソドックスな石壁のダンジョンという風情だった。
それが、三階層は少し様相を変えてくる。
壁や天井は暗色の灰色に変わり、通路の幅も広くなっている。
今までは複数人が並ぶと戦闘に困りそうな幅だったが、この階層はそんな気配がない。
だというのに、開放的になったという感じもしない。
雰囲気が少し暗くなったというのが、正直な感想だ。
感じる空気も、いくらか冷え込んだような気がする。陰鬱な気配が空気に混じっているような。
「怖気付いているから、そう感じるだけかも」
気配察知によると、近くにモンスターの気配はない。
罠感知による罠の心配もない。
取ってから今まで一回も役に立っていない罠感知だが、それもこのあたりの階層からは評価が変わって来そうだ。
階段のそばには、今までと変わらぬ端末が鎮座している。
考えたことはなかったけど、この端末は各階層にあるのが全て同一人格なのだろうか。
「端末くん。何か情報は」
『ダンジョンの攻略情報は、あなたの攻略進度に応じて解放されます』
「ですよね」
同一人格だったとしても、デレてくれているわけではないので、何も変わらない。
と思ったところで。
『──ただ、』
端末は、俺が情報の取得を諦めようと思ったタイミングで、こう続けた。
『当ダンジョンの三階層からは、パーティ単位での攻略を想定した難易度となっております。お気をつけて』
「……お気遣いどうも」
端末が初めてサービスしてくれた情報は、悲しいことに俺には悪い知らせでしかなかった。
マッピングツールを久々にマッピングのために使いながら、俺は三階層を足音を殺して進んで行く。
本当は測量を使いながら正確なマップを作りたいのだが、CPはいざという時のためのリソースだ。迂闊に切ることはできない。
ダンジョンの道の複雑さも、上がっている気がする。
久々に自分の歩いた歩数で測量を行いながら、俺は端末に言われたことを思い返す。
三階層からは、パーティ推奨。
つまり、今まではソロでもまぁいけるだろうという、お試し階層だったということ。
ダンジョンは、ここからが本番。
(まぁ、本番に入る前に、十分にレベルはあげたつもりだが)
とはいえ、俺も単なるソロではない。
三階層突入時点ではかなり高いレベルを持っている自負はある。
ただ、ソロのレベル8と四人組のパーティ平均レベル4だったら、やっぱり後者の方が強いだろうとは思う。
パーティの強みは、人間が増えた分手数が増えることと、手札も増えること。
俺には、いざというとき切れる手札が乏しい。特に火力札。
パッシブの関係で見つからないことは得意だが、倒すことは得意ではないのだ。
まぁいい。今日は様子見だ。
いざとなれば、火炎魔術という開発次第で切り札になりそうなものも、あるにはあるのだし。
「っ!」
そう思っていたとき、俺の気配察知に何かが引っかかる。
なんとなく、どちらの方向に敵が居るのかがわかる。
聞き耳を立ててみれば、そう。
「複数の、足音だな」
カチカチと、硬質な何かが床にあたる音が複数連なっている。
硬質な何か。
まるで、石みたいな硬い何かが、床とぶつかり合っているような音。
「……硬いツメや甲殻を持ったモンスターの可能性が高いな」
俺は努めてポジティブに考えた。
一瞬出て来そうになったネガティブな考えを強引に振り切る。
こういうのは引き寄せの法則なんだ。ポジティブに考えることで思う通りの結果を導き出すんだ。
もしかしたら、鳥が歩いて居る音かもしれないし、めっちゃ硬い爪を持った兎やイノシシかもしれない。そう思うんだ。
それに、もしかしたら蟹とかかも。蟹いいじゃんね。蟹。きっと蟹だわ。テンション上がるなぁ。
複数の動物の群れが歩いている様を想像し、無理やりテンションを引き戻した俺は、そのモンスター達の方向へ向かう。
マッピングは最低限頭に叩き込んでおく。
いざとなれば、入り口へ逃げる。
方針を決め、ゆっくりゆっくり進み、ついに俺はモンスターの気配を曲がり角の向こうに感じるところまで近づいた。
カチカチという音が大きくなっている。
同時に、何かカチャリカチャリとした、金属の擦れるような音も。
金属……。
まだ、まだだ。
まだ、異常に発達した甲殻が金属のようになっている動物の可能性が残っている。
そう、ポジティブに考えるんだ。
焦るな。正体を見るまで焦る必要はない。
そして俺は慎重に、曲がり角の向こうが見えるように、部屋から持って来ていた手鏡を伸ばす。
鏡に映ったモンスターの姿を見て、俺は。
「くそぅ。なんでだよぉ……」
俺は、膝から崩れ落ちた。
叫び出したい気持ちを必死に抑えたが、小声が漏れるのを止められなかった。
モンスターは4体いた。
二足歩行タイプ。
それぞれが、ボロボロの装備を身にまとっている。
それぞれの装備から、前衛後衛の役割がはっきりわかる。
ボロボロの剣、刃こぼれした斧、今にも折れそうな杖に、弦が千切れそうな弓。
そんな得物をそれぞれ握っているのは、どこからどう見ても白骨死体だ。
動いている原理もよく分からない、白骨死体。
そう。骨である。
「動物どころか、可食部ねえじゃねえかよぉ……」
三階層のモンスターは、スケルトンのパーティだった。
悲しいが、モンスターを食べる望みは絶たれたと見て、間違いなさそうだった。
ゴブリンやゾンビなら、まだ最悪ワンチャン食おうという気になれる可能性も僅かに残されてるけど、スケルトンは無理だよ。
だって骨だもん。
人間は骨食べるようにできてないもん。
「…………」
さて、ここからは切り替えの時間だ。
食料が取れなくなった嘆きは後ですればいい。
今は、目の前の敵をどうするか考える。
即ち。
戦うか。
逃げるか。
戦うメリットは、相手の能力が知れること。
もしかしたら、ゾンビより弱くて、EPが高くて、経験値効率に優れたモンスターである可能性はある。
……もちろん、本気でそんなこと考えているわけじゃない。
現状では、相手の戦力は不明だが、装備を見るに察するところはある。
剣と斧が前衛。弓は後衛。杖は魔法を使ってくるかもしれない。
つまりバランスの取れた冒険者パーティと同義だ。
もし、ここにいるのが筋骨隆々の冒険者男性四人組だったとしてお前は戦うか?
勝てる自信があるか?
そんなものない。
一体一体は流石にグールより弱いと思うが、それでも俺が鼻歌交じりで勝てるような相手ではない。
そもそも、どうやったら死ぬのかも良く分からない動く骨。
それが四体だ。正面から戦うのはどう考えても無謀だ。
俺が持っているアドバンテージは、相手が気付く前に先制攻撃できること。
だが、俺の持っている最大火力で不意打ちして一体仕留められたとしても、まだ三体残る。
その三体相手に、戦闘経験もろくにない俺が上手く立ち回れるのか?
そんなわけない。俺は自分のことをそんなに高く見積もってはいない。
様子見は済んだ。
無理して戦って得るものはほとんどない。
撤退だ。
「…………」
俺は、まだこちらに気づいていないスケルトンに気取られぬよう、静かにその場を離れた。
最初は慎重に、ゆっくり、そして次第にペースを上げていって、十分離れたと確信できたところで静かに息を吐いた。
「いきなりパーティ戦はきついわ……」
ダンジョン探索RPGではそりゃ、敵がアホみたいな群れで出てくることは良くあるけど。
それを現実でやられたらたまったもんじゃない。
少なくとも、魔法か何か範囲攻撃できる手段を用意して、出会い頭で一発打ち込めてようやく勝負になる感じだろう。
だから可能性があるとすれば、火炎魔術の最大火力で大きく削って、あとは流れでなんとかといった感じだろうか。
継戦能力が死ぬことと、パッシブがほとんどつけられないことを除けば、それが一番現実的だ。
それで安定して狩れるなら、EP効率によってはゾンビから狩りの対象を変えることも視野に入る。
「あとは、ジョブに期待するしかないか?」
ソロでもパーティと戦えるようになるジョブが用意されている可能性もある。
忍者になって気づかれないように後ろから一体ずつ首を切っていくとか、ロマンだよね。
スケルトンって首が弱点かは知らないけど。
「まぁ、一応戦う方法自体はなくはなさそうだから、そこまで落ち込むことはない」
ポジティブに考える。まだ手詰まりには程遠い。
まずは、範囲攻撃の取得。
あるいは、手数を増やす何らかの手法の獲得。
それが、この先ダンジョンに潜っていく上での重要な要素になるだろう。
「何はともあれ、レベル上げを再開するか……」
やるべきことは定まった。
三階層を攻略するためにも。
外に出て食料調達に向かうためにも。
今はまず、レベルを上げることが肝心だ。
食料が保つ間にレベル10。
欲を言えばなんらかのジョブに就きたいと考えている。




