第226話 時間か安定か
外側から二層目も、グルリと一周を終える。
数が増えようと、少し強くなろうと、ゴブリンはゴブリンだ。
闇の中であり夜の中、しかも眠りの中。
その条件で、俺の初撃に気づけるのなら、それは三本腕より格上のモンスターだ。
当然、そんなゴブリンはいなかった。
ましてや、首の急所にその条件で鍾馗を差し込むのだ。
仮に一撃でHPを削りきれなくとも、称号効果による即死もあればほぼ間違いなく一撃死だろう。
何が言いたいかといえば。
(クミン、何か変化はあったか?)
(依然変化なし。静かなものです)
ホブゴブリンの塒に侵入して1時間半が経過しても、俺たちの存在は一向に露呈していないということ。
今は外周から見て三層目を終えたところ。
回った家は45軒を超えている。
残るは最内とも思える比較的立派な小屋が7つほどに、中央の屋敷。
そして、入り口の近くだったからと放置していた10数軒だけだ。
(さて、ここからどうする?)
集落に侵入しての暗殺は現状上手く回っている。
少なくとも、ここまで危なかったのは、不意に目を覚ました小さいゴブリンくらいだ。
その叫びも封殺できた以上、クミンの言う通り周囲は静かなまま。
だからこそ、今、少し迷う。
(残りの家はどうやら玄関がついているようだ。大したつくりじゃないが、鍵もかかっている)
(開けられそうですか?)
(罠解除スキルの拡大解釈でいけないこともなさそうだが、取ったばかりだし、あくまで罠解除だからな。不安は残る)
最内の住居には、簡易ながら扉と、鍵らしきものが取り付けられている。
それだけで、この集落の中では最上位の暮らしをしていることが予想される。
扉の解錠自体はできなくはなさそうなのだが、それでこちらの存在がばれないという保証がないのが正直なところ。
(では、そろそろ入り口の見張りを処理しますか?)
(それも手だと考えている)
この状況で一番怖いのは、鍵の解錠に手間取って存在を気取られることだ。
そして、俺が解錠に手間取った際に気づく可能性があるのは、当然ながら家主と、入り口の見張りだ。
これまでは、入り口の見張りがこちらを見ていないかを常に警戒し続けながら、素早く家から家へと移動していた。
だが、解錠をしようとすると、どうしても家の前で立ち止まる時間がそれなりに出てくる。
見張りは主に入り口の外を見ているが、何かの気まぐれで集落の方に目を向けないとも限らない。
時間がかかるというのは、それだけリスクを負うことになる。
だったら、そろそろ入り口の見張りを始末する、と言うのも手だが、それはそれで当然ながら発見されるリスクはある。
眠っているゴブリンや、完全に不意をつけた見張り台のゴブリンとは違う。
後ろから攻撃できるとはいえ、起きている四匹のゴブリンを音もなく暗殺できるかと言われると、だ。
(どちらにしても賭けになるな。入り口の奴らがどれだけ職務怠慢かにかかっている)
(見ていた限り、それほど真面目に外だけを見ている感じではないですね)
(となると、やはり見張りから始末するべきか?)
選択肢としては、そちらの方が丸いか?
それが成せれば、暗殺に気づかれる可能性はぐっと減って、より安全に戦力を削っていける。
もしダメでも、入り口から外に出てそのまま舞台に誘導できるという気安さもある。
その二つで揺れて決めかねて居たところで、クミンが控えめに提案した。
(ウチが今から合流しますか? そしたら、どちらにしても手助けできますよ。時間はかかりますが、入り口の死角から穴を掘って住居に侵入もできますし、見張りを襲うにしても、手数が二倍になります)
クミンの提案はそれなりに魅力的だった。
クミンのトンネル作りの能力は十分に見せてもらっている。
この家も入り口こそあれ、床が土のままであれば地中からの侵入は有効だ。
何より、家から家へと穴を掘って進めば、入り口の見張りに気づかれる可能性もぐっと減る。
欠点は、どう頑張っても穴を掘る関係上、一回一回に時間がかかるところか。
一緒に見張りを襲撃する案についても、悪くない。
どうあっても、一人で四体を音もなく屠るのは難しい。
一人一人消していくとして、他の三体に一切気取られることなくという条件になる。
無音の徹底と、迅速な行動で不可能とまでは言わないが、眠っているゴブリンの首を落とすよりもずっと難しいだろう。
もしクミンと協力できるなら、負担は半減する。
ここで先に連中を排除できれば、今後の暗殺の安定感が増す。
デメリットは、やはり失敗したときのリスクが高い点か。
また、どちらを選んでも見張りをしてもらっていたクミンを外すことになるので、今後敵の動きが見づらくなるという欠点もある。
頭の中で現在時刻、そしてタイムリミットをそれぞれ考える。
現状、進捗は70%程度か。
1時間半で来られているのなら、十分に上出来だ。
つまりは無理をして焦る必要はないということ。
かつ、七割も削ったのなら、クミンに上から他のゴブリンの動向を見守ってもらわなくとも、七割くらいは安全になっているとも言える。
そもそも、一回も危機的状況になっていない程度には、ゴブリンどもはがっつり寝ているわけだが。
今回の選択も、結果的には時間をとるか、安定を取るかというところだ。
(残り7軒の最内の家を、俺が通れる程度の穴を開けて回るのにどの程度かかる?)
(余裕を持って1時間は見て欲しいです)
(1時間か)
人間からしてみれば驚異的なスピードだが、タイムリミット的には微妙なラインだ。
別に、普通に攻略するだけならまだ大丈夫だとは思うが、いつも通っているラーメン屋のおまけ感覚で、おかわりが来ないとも限らない。
制限時間いっぱいを使うのは構わないが、オーバーしたらダメなのもまた制限時間だ。
……帰りは全速力で走ってグールを振り切っていくというのも手だな。
そうなると、帰還にかかる時間も1時間は無理やり短縮できるか?
いや、安全マージンは守るから安全なんだ。削ることを考えてどうする。
となると、やはり、見張りの襲撃か?
同時に襲いかかって二体を無音で制圧できるビジョンは余裕である。
問題は残った二体なのだ。
だが。奴らの組み合わせも思えば妙なんだよな。
普通見張りにするにしても、前衛と後衛をバランスよく配置するだろう。
だが、見張りの種類はスカウトとマジシャンだった。どちらも後衛寄りだ。
スカウトは索敵能力で選ばれているとわかるが、なぜマジシャン?
見張りの役目として、わざわざマジシャンが選ばれているのはなぜ?
……いや、そういうことか?
奴らの目的は、交戦じゃない?
ならば。
(決めた、クミン。見張りを制圧しよう)
(大丈夫ですか? 四体の制圧だと万が一もありますが)
(多分なんとかなる)
根拠というには弱い。だが、少しだけ自信はあった。
マジシャンとスカウトの組み合わせで、最初に狩るのはスカウトだ。
クミンと合流し、音もなくゆっくりと入り口の見張りのもとへと進んでいく。
まだ、薄暗闇の中。入り口の松明の火は、それほど遠くまでを照らさない。
そして、俺とクミンは、俺が展開している『夜のカーテン』の中に溶け込むように進んでいる。
静かに、双方配置につく。
ゴブリンは入り口を挟んで、両脇に二人ずつ。
スカウトとマジシャンが二メートル半くらいの距離をあけて立っている。
横並びになっているスカウトとマジシャンのうち、先に狙うのはスカウト。
スカウトを仕留めたら間髪を入れず、マジシャンも屠る。その手はずだ。
息を止め、クミンとタイミングを合わせる。
篝火が揺れ、影が蠢くのを眺めながら。
奴らの呼吸を読んで。
(3、2、1、今!)
俺の合図とともに、クミンと俺が同時に動く。
足音はない。無音で忍び寄り、俺は鍾馗で、クミンは顎でゴブリンスカウトを暗殺する。
ただ、無音であっても動きはある。
ゴブリンマジシャンが、隣の異変に気付き、杖を握った。
俺は、マジシャンが何かをする前に鍾馗を投げ、心臓を貫いて絶命させた。
だが、クミンが一歩遅かった。
マジシャンの杖に魔力(と呼ぶが正体は未だ分からん)が宿り、魔術が完成する。
おそらく、光と音の魔術。
奴らの役割は、接近したものの討伐ではなく、接近を集落に知らせること。
スカウトが遠くから敵を見つけ、それに合わせてマジシャンは魔術の音と光あたりで、合図を出すものと踏んでいた。
だからこその『夜のカーテン』だ。
思い出すのは、あのクソ団子の前哨戦。三本腕の僧侶タイプと光と闇のいたちごっこをさせられたこと。
闇の性質の一つは吸収。
光を音を、その場にある何もかもを飲み込む力が闇にはある。
魔のステータスが3桁に到達し、闇の理解が進んだ今の俺は。
ゴブリンのちゃちな魔術を、音や光を、CPに任せた力技で闇に飲み込んだ。
奴の魔術は、何もなさずに解けて消える。
「グッ……」
(終いです)
魔術が不発と見たゴブリンマジシャンが、自身の声で危機を知らせようとした瞬間には、クミンがその首を捻りあげていた。
音もなく、四体の見張りは息絶え、EPとなって消えていく。
俺はゆっくりと『夜のカーテン』を解除していく。
夜の闇の中では使う意味はないだろうと思っていた魔術なのに、気づけば夜に使うことの方が多い気がしている。
ただの闇と、魔術で作った闇が違うからな。もう光属性には戻れない……。
後に残っているのは、誰を照らすでもなく揺れ続けている篝火だけだ。
(ここからは急ごう。見張りがいなくなったことを誰かが悟ったら、面倒が起こるかもしれない)
(了解です。ではウチが入り口側を。上杉さんが最内の家ですよね?)
(それで頼む)
見張りの交代については分かっていない。
もしかしたら、今すぐにでも交代の時間がやってくるかもしれない。
ここからは俺とクミンの一人と一体で、電撃戦をしかける。
音もなく、影もなく、焦らず急いでゴブリンの数を減らしていこう。




