第220話 血の宿命に《抗え・殉ぜよ》
「詳細不明ってどういうこと?」
これまで聞いたことのない単語に、俺は動揺を隠せない。
いや、聞いたことがない、は語弊があるか。
過去に一度だけ、不明なアイテム、として納品されたものはあった。
『そちらのアイテムは、本来想定されていたドロップアイテムとは違う──いえ、本来のドロップアイテムに手が加えられたものになります』
「つまり、もともとは違う鍵が落ちる想定だったってこと?」
『はい』
鍵が落ちること自体は、ダンジョンの本来想定されている動作。
だが、落ちた鍵が想定と違っていると。
そして、端末くんは、その鍵を詳細不明と表現した。
「本来の鍵の役割はなんなんだ?」
『…………攻略情報の開示申請が通りました。本来、擬似的なグールスタンピード後に、ランダムに出現するボスモンスターを倒した際には、五階層オブジェクトの一つ『吸血鬼の館』の『正門の鍵』をドロップします。こちらは、屋敷に入る資格を持たない状態で発生する『門番』による『力の試練』を発生させずに、屋敷への招待を受けることができるようになるアイテムになります』
「あー、用意された特殊ルートの一つって感じか」
一瞬「んっ?」とは思ったけど、やっぱりあのグール大戦争は、別に突破する義務はない感じのイベントだったわけだ。
ただ、それをやっておくと、正規ルートで発生するイベントを一つ飛ばせるみたいな感じか。
これがもしゲームの攻略だったら、グール大戦争ルートと門番ルートでどっちが簡単かとか確認する余地があるだろうが、相変わらず現実だからな。
とりあえず、グール大戦争ルートの攻略で、俺は最初の関門を突破できた感じになるんだろう。
本来なら。
『ですが、そちらの鍵は、正規ドロップである『正門の鍵』ではございません。また「人狼」も本来登場する想定のモンスターではありません』
「ついでに、本来登場するモンスターってどんな感じなの?」
『簡単に説明いたしますと、いわゆる「レイドボス」という形式の存在です。ただし、その脅威度は「人狼」よりはわずかに下といったところでしょうか」
なるほどね?
そりゃそうだよな。こっちはゴーレムスローとT君の力押しで強引にグールを捌ききったけど、本来ソロで処理するような量じゃないからな。
大勢でグールの群れを処理したあとに、最後に大勢で戦うならそれなりにでかいモンスターが現れるのが当然か。
小型の人狼が現れたのは、俺にとっては都合がいいことだったが。
人狼よりちょっとだけ弱いクソデカモンスターとかだったら、サイズの関係で秘密兵器が使えないため、火力不足で勝ち目がなかっただろうから。
『本来想定されていないボスが、本来想定されていないドロップアイテムを落としました。また、私の権限ではそのドロップアイテムの詳細は鑑定できません』
「……ていうことは、これは神々がまた無許可で『ポン』と送ってきた感じ?」
『…………いいえ』
またぞろ、神々からの尖兵が送られてきて、それが正規の手続きを踏んでない感じかな、と思ったが、端末君の返事は違う。
……神の仕業じゃないとすれば、じゃあ、誰の、いや一人しか思い当たるところはないんだが。
『お見せできる鑑定結果はこちらになります』
端末君が言って、おずおずと表示してきた結果に、俺はなんとも言えない顔をしてしまった。
──────
????:0EP
存外楽しめたわ。
これは褒美だ、野ネズミ。
──────
流石におかしくないか?
吸血鬼ラベンダーが、俺の想像以上の上位存在であることはなんとなく理解できているんだが。
それにしたって、ダンジョンに干渉できる存在って、だいぶやばくないか?
なんでそんな相手が五階層のボスなんてやってんだ。
それとも、俺のテイムのせいでなんか変なフラグ踏んだのか?
俺が想定外の動きをしたせいで、バグってるとかか?
「端末君。どうして吸血鬼ラベンダーがこんな権限を持っているんだい?」
『恐れ入りますが。その質問に対する回答はございません』
情報はない。
五階層が特別な階層であることは、もう否応無くわかっている。
その上で、疑問が尽きない。
「……………………」
疑問が尽きないが。
少しだけ、割り切ろう。
「わかった。気にしないことにする」
俺は意図して、その疑問を押さえ込んだ。
当初の目的を思い出せ。
お前がしなくちゃいけないことは、五階層の、ダンジョンの、吸血鬼ラベンダーの謎を解くことか?
違うだろう。
吸血鬼ラベンダーが何を思っているのかは知らないが、俺の目的は一つだけ。
茉莉ちゃんを治すために、呪腐魔病の回復薬を手に入れることだけ。
どうせ、ここでうだうだ悩んでいても情報が入るわけがない。
端末君でさえ回答を持たないのに、今の時点でたどり着けるわけがない。
なら悩んでいても時間の無駄だ。
吸血鬼ラベンダーの謎は、実際に出会うまでに解ければ御の字。
最悪、謎なんて解けなくても、回復薬さえ手に入ればそれでいい。
だったら、貰えるものは貰うだけだ。
「それで端末君。その鍵を納品しても、問題はないのかな?」
『おそらく、という注釈が付きますが問題はございません。ただし、それによって何を得られるのかは未知数です』
「構わない」
褒美と言っているのだから、流石に罠ではないだろう。
それに、実はほんの少しだけ、どういうものが貰えるのかに心当たりがないでもない。
『かしこまりました』
そうして、本来は屋敷の攻略に使われるだろうキーアイテムは、光の粒子になって端末くんの中へ吸い込まれて行く。
しばらくして、端末くんから真っ赤な光の粒子が溢れて、俺に向かってきた。
異物感というほどではないが、ややいつものダンジョンの謎粒子とは感触が違った気がした。
『アイテム【名称不明】の納品が完了しました。それに伴い、上杉様にスキルおよび称号が贈られました』
どうやら、スキルと称号は俺のEPを消費せずに習得できたらしい。
俺が視線だけで促すと、端末くんはその詳細を表示する。
──────
血液魔術(■級)
血液魔術が発動できるようになる。
魔術と称されているが、本来は呪術や邪法の類であり、人間が使うことを想定されたスキルではない。
他の魔術スキルと同様のシステムでは動いておらず、扱うにはステータスに頼らない本質的なセンスを要求する。
ただし、魔のステータス及びCPによる補助を受けること自体は可能である。
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『血の宿命に《抗え・殉ぜよ》』
吸血鬼の配下たる人狼を討伐した功績を称えて贈られた称号。
貴方は戦いの中で血を操るに至る基礎の理解にたどり着いた。
力が神々に与えられたものであろうと、悪魔に与えられたものであろうと。
それを利用し、前に進むことができる貴方はまぎれもない人間であろう。
人として生きよ。貴方がまだ人であろうとするなら。
ステータス補正:血液魔術に対する素質を得る。血液魔術の呪いに対する高い耐性を得る。『闇の中』『死の側』において、暗黒魔術と血液魔術の複合魔術『暗血魔術』の理解を得る。
──────
俺の首元で『血の盟約』と呼ばれた呪いが疼く。
唐突に理解できる、この盟約とは本質的に血の呪いであることに。
そして、俺が『抗う術』を得たことに、反応しているのだと。
突如、首輪の形だった血の痣が、刃の形をとって俺の首元に添えられる。
俺に『反逆の意思ありか?』と問いかけるように。
理解が追いつかないまま、俺はその呪いを必死に抑える。
力では払えない。明らかに俺の力を超えている。
ならば己の魔力と同化させ、俺に呪いに逆らう意思がないことを伝える。
習得したばかりの血液魔術を以って、吸血蝶の血液で作られた呪いとリンクした。
血の盟約は俺を殺そうか迷っていたようだが、俺の意思による説得に応じて、また首輪のフリに戻る。
終わってから、当然のように死にかけたことに冷や汗が垂れる。
「おっかねえチュートリアルだな……」
アイテムの納品自体は俺の意思とはいえ、そっから自動的にスキルを得ただけなのに『叛逆の意思あり』と捉えられるとは。
まぁ、最近はこの程度だともう『死にかけたな』とかも、そんなに思わなくなってしまっているのだが。
危機感がなくなっているわけじゃなくて、危機感に沈みすぎている。
『上杉さん!? 大丈夫ですか!?』
「とりあえず大丈夫。新しい魔術が増えただけだから」
一瞬遅れてクミンが俺の身を案じる。
まぁ、側から見ていたら、スキルを習得した瞬間に死の呪いが暴走しかけたわけだからな。
実際のところは、俺があまりにノロマだったらぶっ殺すかぁ、くらいのゆるさの、実践を交えた血液魔術のチュートリアルだったのだろうが。
『血液魔術……』
反対に、端末くんの方は珍しく呆然としたような声を出していた。
この魔術は、本来人間が習得することを想定されて居ないものなのだ。
スキルの説明を見る限りでも、もともとはステータスに登録される想定にない魔術のようだった。
本来は呪術や邪法とあったし、魔の女神様の管轄でもなさそうな気配がする。
多分、習得しただけでやばいタイプの代物だ。
故に、闇の女神様と死の女神様の二柱が、俺に血液魔術に対する耐性をつける称号をセットで送ってくれた感じがする。
それがなかったら発狂ルートだったかもしれない。
俺のステータスを一番気軽にいじってくれるのは、その二柱なので。
「まぁ、なんとかなったからヨシとするか」
『なぜ上杉様はそこまで落ち着いて居られるのですか? 今、私の楽観による、迂闊な判断で死にかけたようなものなのですが』
「悪気があったわけじゃないのは分かってるし、実際になんとかなったからな」
それに、ここだけの話をすれば、俺はなんとなくこういうスキルを習得するんじゃないかと思っていた。
根拠というほどではないが、それはさきほどの人狼戦の話だ。
あのとき、左足の欠損部に闇を埋め込んでなんとか動かしていたのだが、やっぱりあれは異常だった。
十歩必殺中の極まった魔のステータスならともかく、背水を使っただけのステータスでそこまでの扱いは、本来はできまい。
それができたということは、俺はどこかで『血液に関する何者かの影響』を受けていたということ。
ダンジョンに潜るたびに、ダンジョンからの影響を受けるように。
恐らく、この『血の盟約』によって俺は『血に対する理解』のような影響を受けていたのだ。
だから、あの時足を動かせた。
血肉のなんたるかを無意識に理解し、そこに闇をあてがうことができた。
その不思議が形になったのが、血液魔術というだけだ。
実際に使えるかは微妙だが。
習得したとして、俺はこれをそう簡単に使いこなせるわけがないと分かっている。
そもそも、人間の血液の量なんてたかがしれているわけで、それを用いて何かしようというのが無理のある話だ。
仮に自分以外の血を利用しようと思っても、土石魔術と一緒だ。
扱いフリーの血液でなければ、己のCPで染める必要がある。
そこまで苦労して、血液をわざわざ扱うメリットが人間にはあまりない。
氷水魔術の方が、使い勝手がいいんじゃないかと思う。
ただし、自分の血液──感染に関することなら話は別だ。
「呪腐魔病対策になら、なりそうだ」
呪腐魔病がウイルスの一種だとして、それらが体液を媒介にして侵入してくるとすれば、血液魔術によって対抗できるかもしれない。
俺は一つだけ、呪腐魔病対策の強い力を手に入れた、のかもしれない。




