第9話 運命破壊宣言
その日の訓練の後、私はずっと気になっていたことをノルフに訊く。
「なんでこんなクソな家に仕えてるんだ?」
ノルフは一瞬だけ固まった。
それから咳払いをして私を嗜める。
「言葉遣いが酷すぎますよ」
「どうでもいいじゃんか。それより教えてくれよ」
私は食い下がると、ノルフは深いため息を吐いた。
それから諦めた様子で話し始める。
「……数十年前、私は名の知れた盗賊でした。欲望のままに人を襲い、すべてを奪い尽くしていました。若気の至りでは流せないほどの害獣だったのです」
「へえ、意外だな。想像できないや」
「そうでしょう。今の私にとっては戒めとも言える過去です」
ノルフは苦い顔で語る。
思い出したくないこともあるのだろう。
壮絶な過去だったのは間違いないようだ。
遠い目をしたノルフは少し微笑んでから述べる。
「私の人生が変わったのは、先代のエルスワーズ卿と出会った時でした」
「先代?」
「現当主のバートン様のお父上です。既に故人ですが、彼ほど偉大な貴族を私は他に存じません」
ノルフは尊敬の眼差しで言う。
本当に心の底からそう思っているのがよく分かった。
「先代様は盗賊だった私を打ち倒し、自らの配下に加えました。そして数々の教養を授けてくださったのです」
「なんか今の私みたいだな」
私がそう言うと、ノルフは少し笑った。
彼も同じ感想を抱いたのだろう。
「病で亡くなる直前、先代様はエルスワーズ家の執事として生きるよう命じました。以来、私は遺言に従って仕えているのです」
「ノルフがそれだけ褒めるってことは、本当に良い人だったんだな。今のエルスワーズとは大違いだ」
「そこが私の失態です」
途端にノルフの顔が曇る。
彼は後悔の念を隠さずに本心を打ち明けた。
「私は判断を誤りました。未熟なバートン様も、いずれはお父上のような成長を遂げると考えておりました。私もそのために尽力しましたが、結局は失敗したのです」
「執事なのにそんなこと言っていいの?」
「ここには私達しかおりません。それに現実を受け入れるべきでしょう」
ノルフの目は、ある種の覚悟を抱いていた。
彼はさらに過激な本心を口にする。
「現在のエルスワーズ家は、決して褒められた状態ではありません。あなたの扱いも目に余る。いずれ天罰が下って滅びるでしょうが、それも運命です」
「別に今からやり直せばいいじゃん」
「もう手遅れです。エルスワーズ家はあまりに罪を重ねすぎました。然るべき時期に、私はこの家と心中するつもりです……冥府で先代様に謝罪しなくてはなりませんね」
寂しげに呟くノルフは、色々と諦めた態度だった。
これまで何度も悩み抜いた末に出した結論なのだろう。
他に解決方法が思い浮かばず、ノルフはすべてを背負い込む覚悟でエルスワーズ家の末路を見届けると決めたのである。
きっと私が口出しすべき話ではない。
それを理解した上で、私はほぼ無意識に言葉を発した。
「ノルフ」
「何でしょう」
「――運命なんて私がぶち壊してやるよ」
私は宣言する。
月明かりの下、自分の発した言葉が身体に浸透していく感じがした。
妙に清々しい気分だった。
その直後、私はすぐさま付け足す。
「あっ、でもノルフの望んだ未来になるか分かんないよ。エルスワーズの奴らはむかつくし、私も好き勝手するから……」
「それで構いません。どのような形であれ、腐った現状より幾分かマシでしょう」
「あはっ、下品な言葉遣いだね」
「元盗賊ですので」
私達は笑い合う。
それから解散する空気ではなくなったので、明け方まで訓練を続けた。




