第4話 双子の貴族
座学の後は食事の時間だ。
渡されたパンと肉を中庭の端で食べていると、いきなり大量の虫が降ってきた。
蠢く虫が食事の上に盛られていく。
私が無言で見上げると、そこには紫髪の双子が立っていた。
少年はライン・エルスワーズ。
少女はシェリー・エルスワーズ。
つまりこの家の子供である。
虫入りの木箱を片手にラインは私を嘲笑う。
「貧民はいつも空腹なんだろ? これで満足できる量になったな」
「きゃっ、お兄様ったら優しいわ! 新人の使用人にも気遣いができるなんて!」
「はっはっは! 僕はエルスワーズ家の跡継ぎだからな!」
双子は心底から楽しそうにする。
私の食事を台無しにしたことがよほど嬉しいようだ。
まさに貴族らしい振る舞いである。
将来が楽しみだ。
私は虫の盛られたパンと肉に齧り付いた。
平然と咀嚼してから飲み込む。
口から飛び出した虫の体液を拭いつつ、私は慣れない敬語で話す。
「お心遣い、感謝します」
「……お前、頭おかしいのか」
「お二人より正常かと」
そう返した瞬間、私は真っ赤な炎に包まれた。
一気に身体の芯まで焼き尽くされて倒れる。
ラインの炎魔術だった。
彼の怒鳴り声が聞こえてくる。
「今、僕を侮辱したのかっ! 貧民風情がふざけやがって!」
再生してもすぐさま追加で炎を浴びせられる。
そのせいで動けず、叫ぼうにも喉が焼けて言葉が出ない。
ただ炎の苦しみを味わうことしか許されなかった。
一方、私の思考は冷静だった。
(……短気な奴)
ラインに燃やされるのはこれが初めてじゃない。
ちょっとしたことで魔術を使ってくるので慣れていた。
それでも腹が立つから挑発したくなる。
私の悪い癖だ。
ノルフはこの様子も監視しているだろうが、まず止めることはない。
貴族が所有物の貧民に何をしても罪ではないからだ。
内心ではどう思っているか知らない。
ただ、執事の立場では黙って見守ることしかできないのが実情だった。
別にそれで構わない。
助けなんて求めるつもりはない。
再生魔術があるので決して死なないと分かっている。
ただ我慢するだけでいい。
「お兄様、そろそろやめましょう」
炎の苦しみが消えた。
黒焦げになった身体が濡れている。
シェリーが水魔術を使ったのだ。
私が再生し始めたのを見て、ラインが不機嫌そうに文句を言う。
「何してるんだ、シェリー」
「お兄様、配下に慈悲を与えるのも貴族の役目ですわ」
シェリーが私に顔を寄せる。
そして指先から生成した水を垂らした。
「喉が渇いたでしょう? お飲みなさい」
私は口を開ける。
その直後、水の勢いが何倍にも強まった。
すぐに口を閉じようとするも、シェリーの手が顎を掴んで妨害してくる。
噴き出す水が無理やり注ぎ込まれ、私は白目を剥いて溺れた。
「……っ」
「ほら、遠慮しないで。いくらでも飲ませてあげるわ」
シェリーの悪意に満ちた声と、ラインの笑い声が頭の中に響いていた。