〈未来〉
〈未来〉
「シィマー! あんた、またここにいたの。いい加減、よく飽きないわね」
呼ばれて少女は振り返り、目をしばたたいた。呆れ顔の幼馴染を見つけ、ごまかすように苦笑する。
「ここ、好きなの」
船着場を見渡せる広場の手摺に寄りかかり、はにかんだ口調で言ったシィマに、幼馴染は処置なしと言いたげな仕草をする。
「知ってるわよ。あんたの王子様がいるんじゃないか、って見てるんでしょ」
「別に、そういうわけじゃ」
「はーいはい、今さらあたしに隠さなくてもいいわよ。昔っから『紫の瞳の王子様』の話は散々聞かされてるんだから」
「そうじゃないってば」
むきになってシィマは言い返し、ぷっと膨れて背を向けた。足元で幼い弟が、きょときょと二人を見比べている。気まずい沈黙が続いた後、シィマは隣にやってきた友人の気配を察し、振り向かずにつぶやいた。
「……海の向こうにあの人の国があるんだって、そう思って見ているだけで飽きないの。いつか……いつか、もしかして、西の海からまた誰かが来るんじゃないか、って。それだけよ。また会えるなんて、期待してない」
無感情を装った語尾が震えた。幼馴染は小声でごめんと謝る。シィマは答えなかった。
雰囲気を変えようとするように、幼馴染が普段通りの口調を作って言った。
「不思議よね。正直あたしは、善の魔法使い、なんて想像つかないんだけど。父さんも母さんも、魔法のま、だけですごいしかめっ面するしさ」
こんなの、とばかりに少女は造作が崩れそうなほど顔を歪める。シィマはふきだしてしまった。
「うちの父さんも同じよ。だから家じゃ絶対、話せないわ。でも本当にいたんだもの。本当に……とても、とっても、きれいな瞳だった。あんな色の目をした人、この港でずっと見てても一人もいないわ。善い魔法使いのしるしだ、って言ってた。きっと、すごく数が少ないのね」
「それだったら納得だわ」
ふむ、と幼馴染は勿体をつけてうなずく。怪訝な目を向けたシィマに、彼女は大人の真似をして肩を竦めた。
「だって善い魔法使いがいっぱいいるんだったら、世の中、もっと良くなってるはずじゃない? 貧乏人も病人も減って、あたしが母さんにガミガミ怒られる回数だって、もっと少なくて済むでしょうよ」
「それはどうだか」
シィマは苦笑し、小さく首を振る。それからまた彼女は、海の彼方へと目を転じた。
「でも……だったら、西果ての国はすごく幸せな国なのね。あんな人が王子様で、善い魔法使いが大勢いて、苦しむ人を救ってくれる。……いいなぁ」
「どうせ、おとぎ話だろうけどね。あたし達には関係ないし」
「そんなことないわよ。だって現にあの人はこの街にいたんだし、そのうち誰かが、西へ行く航路を見付けるかも知れないじゃない。それに、たとえ関係なくても……」
忘れたくない。
消えそうな面影を強く呼び戻し、優しい笑みを浮かべた異国の少年を脳裏に思い描く。そろそろ自分も、あの頃の彼の歳に追いつくだろうか。
額に触れた指先のひんやりする感触、初めて出会った時の愉快げな微笑、透きとおった歌声。そして、幼いながら夢中になった、長い長い物語。すべてを、忘れたくない。
口をつぐんで水平線を見つめたシィマの服を、小さな手が引っ張った。
「ねぇね、飽きたー。おはなし聞かせて」
少女二人だけの会話に置いてけぼりをくった弟が、退屈してしまったようだ。シィマは笑い、ごめんごめん、としゃがみ込む。小さな体を抱き上げて歩きながら、シィマはゆったりとした調子で語り始めた。
「むかし、むかし、遠い西の海の向こうに、大きな国がありました……」




