第31話 今出来ること
パリーン…
虹色の結界がガラスのように崩れ散った。
「何が…起こったの…?」
信乃は目の前の光景を呆然と眺めていた。
庵が倒れ、血の海を生み出し、チュウギはその様子を、ただ狼狽える様に見つめていた。
仕方ないが、動揺するだろう。だって先程まで洗脳されていて庵を殺そうとして、ありとあらゆる手段を尽くそうとしていたからだ。
チュウギは庵に話しかける事すらせず、ただひたすら目を見開いて、庵の様子を見つめていた。
それを見たギユウは、チッと舌打ちをした。
「信乃、こいつを頼む。」
「えっ、ギユウ!?」
ギユウは脅すように持っていた短刀を投げ捨て、アカから手を離し、チュウギのもとへずんずん向かった。
「それじゃ…!」
アカは投げ捨てられた短刀を拾おうと、動き始めた。きっと、すぐにでも誰かどうか殺すに違いない。
「させないっ!」
信乃は自分が持っていた鎖をアカに投げた。
ギユウはチュウギの側に着いた。
チュウギは、ギユウが隣に来た事すら気付いていないようだった。それどころかやはり庵をずっと見ているだけだった。そんなチュウギを見てギユウは遂に痺れを切らした。
パァンッ!!
洞窟にギユウの平手打ちの音が響いた。
「後悔するのは後だ。」
「っ…!」
叩かれて正気を取り戻したチュウギはギユウにようやく気付いた。
身を屈め、アカに聞こえないようにチュウギの耳元で囁いた。
「そんな事より早く撤退するぞ。さもなければ本当に庵が危ない。」
と言うと、ちらりと庵を見た。
チュウギもそれに続いた。
今、この状況で攻撃されたら庵を守りながら戦わなければならないし、庵の今は負傷者を多く出さないという想いに背く事になる。
それに、庵からは血は沢山出ており、シラシ・ヒブイを喰らった為、時間が経てば経つほど命が危ない。
最悪失血死するか、シラシ・ヒブイの力に身体を蝕まれて死ぬ。
だから早く城へ戻り、傷の治療と術の解除をしなければいけない。
「…分かった。」
「良し。」
チュウギの返事を聞き、ギユウは真っ二つに折れた剣を回収し、庵を少し起こして背負っていた鞘に収めた。
そして庵を背に背負った。
その時、庵の組紐の髪飾りがするりと髪から抜け、地面に落ちた。激しい戦いで緩んでしまったのだろう。
「二人ともっ!早くっ…!」
信乃はアカを鎖で拘束し、身動き出来ないようにしているが、アカは拘束に反抗して動こうとしている為、力をかなり込めなければいけない。だから、少しずつその力の限界が近付いてきた。
「ああ。」
ギユウは返事をした。そして、もう一度チュウギに耳打ちをした。
「…チュウギ、逃げるぞ。」
ギユウは立ち上がり、チュウギもそれに続こうとした。が、地面に庵の髪飾りが落ちている事に気付き、それを拾い上げてから立った。
二人は、同時に走り出し、洞窟から去っていった。
信乃は二人が洞窟を出たのを確認し、アカから鎖を解いた。
「待て!」
アカは早速動き出し、二人を追おうとした。だが、信乃は動きを予測していたので、アカの首の後ろを軽く手刀で叩き、信乃も後に続いた。
そして、鎖を思いっきり天井から地面まで当たるように振り回し、砂煙を起こした。
砂煙が晴れ、アカは起き上がって周囲を見渡した。
「逃がしたのね。お笑いだわぁ。」
後ろから妖艶な声が聞こえた。
背後で待機していたヤツだった。
「ヤツ…!あーあーお笑いくださいな。」
「本当に笑えるわ。しかも、あんたの『計画』も失敗したじゃない。」
そう言われ、ハッとした。
「お前まさか!!」
「まさかじゃないわよ。すこーし見え見えよ、あんな計画。似たような事すりゃ気付くわよ。」
誰かを洗脳漬けにして、庵に危害を加えさせ、殺させる。だが洗脳が解かれ、完遂出来なければ駒として使えなかったと見なし、殺す。
手口は梓の時とほぼ変わらなかった。
「…あんたは分かり易すぎる。その良いお頭でもう少し、色々考えられたんじゃないの?洗脳者の扱いも、『巫女の首を取らせない』といってあたしに復讐する事も。」
「っ!ヤツてめぇ!」
と言って飛びかかりたい所だったが、それを阻止するかのように、ヤツが語り始めた。
「あたしは元々フセの動向を探る為、ボロの野良犬…いや浮浪者のフリをしてフセへ助けを求めた。その後フセの従者として彼女と共に行動をして、フセがどんな女か知った。分け隔てなく愛を注ぎ、皆を慈しみ、誰にでも優しかった…あたしが禍人と知っても恐れず、『今まで大変だったよな』とか、同情してくれて最早あたしにはジブノの仕出かしとか、使命とか。もうどうでも良くなったわ。」
フセの事を思い出し、ヤツはうっとりとした表情を浮かべたが、即座に恨めしい表情に切り替えた。
「だけど…あの男だけには違った!!同じ従者なのに、同じ禍人の血を持ってるのに!どうして!!あたしもフセを愛していたのに…どうしてあたしには向けてくれない表情をした?どうしてあの男にだけ想いを寄せた!?…どうしてあの男に最期を任せた!!……それだけ許せなかったわ…だから決めたのよ。あの子猫巫女の命はあたしが終わらせて、子猫にもあたしにもあの男にも、記憶に遺らせてあげるって…永遠の傷を付けて必ずあたしのモノにしたいのよ!!」
ヤツは怒涛の勢いで物事を喋った。
フセと庵に対する異常なまでの執着と愛情。
それだけがヤツにある心をどれだけ動かしているのか計り知れなかった。
「くっ…」
狂ってやがる。
そうアカは言いかけたが、やめた。
ヤツから本心を聞いて、この狂いは自分が思っている程の量ではなかった為、正直心が異常崇拝、愛憎、執着により狂気を通り越して汚れて切っていると思った。
だが、アカも黙っているままではいけないと思った。
「お前…!そういう風に思ってるのはよーく分かったが、今はタマズサ様と我が祖国の為!!己の欲求など要らない!!巫女の首を持って帰るのが使命だろ!」
「使命なんて関係ないわ。いくら姫巫女様の命令だって言っても、あの子猫ちゃんの本当の価値が分かるのはあたしだけ…!首も胴も全て!!手に入れたいのよ!そして永遠にあたしのモノにしたいのよ!!」
二人の怒号が洞窟に響きわたった。
互いに譲れない胸の内を晒し、ぶつかった。
「ここに居たのね。」
洞窟の外から、可愛らしい少女の声が聞こえた。
二人はハッと我に返った。
洞窟の出入り口を見ると、人影があった。
ツインテールに結った長い髪が風に揺れ、影も同時にふわりと揺れる。
その隣には、黒い煙か霧のような姿をした禍人が立っていた。
ここへ来る時に背に乗せてもらった従者だ。
「これはこれはタマズサ様!」
ヤツが顔色を変え、タマズサのもとへ行き、ひざまづいた。
ヤツの変わりようを見て、アカは呆れたが、自分もフセの後に続き、同じくタマズサへひざまづいた。
「にしてもどうして、タマズサ様自ら此処へ?」
と、アカが質問した。
「決まっているでしょう、視察よ。」
さらりと答えた。
「視察?」
「ええ。そうよ、アカ。神降ろしの準備がある程度整ったから、敵はどんな感じか探りたくてね。…まぁ、どうせ殺しても神降ろし実行時に差異は無いけどね。」
先程と変わらず、淡々とタマズサは答えた。
タマズサの脇にいた従者の禍人が、突如ぐるぐると渦を巻いた。
すると、その煙の渦の中心から人が現れた。
「どうしたの?ムツキ。」
タマズサは突然姿を変えたムツキに問い掛けた。
だが、ムツキはタマズサの問いに答えず、スタスタと洞窟内へ入り、何かを見つめるような真剣な眼差しになった。
「…雑魚め。」
ムツキは、チュウギがこの場所に居た事を示すように、彼の残り香を感じ取っていたのだ。
何が起こったのか、れっきとした純血の禍人であるムツキにとって、気を通して何が起こったのか全て筒抜けだった。
「それにしてもヤツ、貴方のお陰で動向があらかた掴めていたから、こうして私も予定調和して同行出来たわ。ありがとね。」
タマズサはヤツの目を見て言った。
ある一種のスパイとして、フセのもとへ乗り込み、
そして、タマズサの複製である梓を生み出し、秋津洲へ送り、梓の感じ取った感覚や気を共有してフセの生まれ変わりを探った。
「ええ。タマズサ様の為ですもの。」
と、ヤツはにこりと笑みを浮かべた。
横目でそれを見たアカはため息をついた。
「信乃、こっちだ。」
ギユウは信乃の姿を確認した。
「ごめん、お待たせ。」
信乃は先頭を走っていたギユウから発せられる心の声を頼りに、二人の後を追っていた。
そして、ある程度距離を離した所で一旦合流する事になっていた。
「これだけ離れれば十分だろう。」
「そうね。でも、問題は…」
「この庵を抱えたまま、どう城まで行くか…」
この森を抜けた先は街となっており、城へ戻るにあたって最短ルートではあるが、庵が今この大怪我をしている状態で、しかも真っ昼間から行くとなれば人々の注目を集めてしまったりして、かえって大惨事になるかもしれなかった。
ギユウと信乃はうんうんと考えた。
その時、ギユウの頭にひとつ思い付いた。
だが、それを通すには今庵をおぶっている状態だから、信乃はチュウギに任せたかったが、チュウギ本人の状態を見る限り、絶対に任せられないから、ギユウも何とか持ち堪えながら、それに途中まで信乃にも無理を承知で遂行しなければならなかった。
「信乃。」
「なあに?」
「お前、今ここで四つん這いになれ。」
「……はぁ!?」
信乃はギユウの発言に耳を疑った。
やっぱりそういう反応をするか。とギユウは少し気まずくなった。
「いいか、全て説明する。街へは直接降りずに、街の屋根へ飛び乗って城まで直通する。そうすれば俺達は注目される事も無く、城へ行ける。」
「飛び乗るって…まさかギユウ、アタシも抱えて行くの!?だから四つん這いになれって事!?」
「すまん。街で直接登るより、この林道で助走付けて飛び乗った方が、より庵の姿を見られなくて済む。」
さらりと流暢にギユウは言った。
「そ、そうね…」
ギユウの説明を聞いて、信乃は飲み込むしか無かった。
信乃は、片手で庵を背負っているギユウの脇に抱えられながら、林道がどんどん開けていくのを見た。
ギユウは庵を背負っていたが、急遽大人である信乃まで抱えたので、正直重くないかと信乃は心配になった。
でも、やはり今のチュウギに庵でも信乃でもどっちを任せても絶対落としそうだから、ギユウの判断は的確だったのかもしれない。と信乃は思った。
ギユウは目の前に街が現れたことを確認し、
「飛ぶぞ。信乃、身を固めててくれ。」
「わ、分かったわ。」
と、チュウギと信乃に声を掛けた。
屋根に飛び乗る為、衝撃は多少はあると思うが、特に気絶状態で動けない庵は、ギユウが強く支えてなければいけない。その為、ギユウに巻き付くような形で備えた。
ぐっと脚に力を込め、ギユウとチュウギは高く飛んだ。
「え、えっええええ!?」
自分が想像していたものより高く、そして遠くの屋根へ飛び乗る事に成功したので、信乃は驚いた。
「島人は魂人より運動力が倍だ。」
「そうだったの…」
信乃は驚きが止まず、未だに目を瞬きさせていた。
ギユウは信乃を屋根の上に降ろし、二人に急かした。
「兎に角急ぐぞ。信乃、走りながらですまんが、お前は城にいる他の連中に連絡を入れろ。」
と、ギユウが一言言うと、だっと走り出した。
信乃もそれに続こうとしたが、チュウギが一歩も動かずに立ち尽くしていた。
「チュウギ?……チュウギ!!」
初めは問い掛けるように名を呼んでみたが、何も反応が無かった為、強く呼んでみた。
チュウギはハッと我に返り、信乃の方を振り向いた。
「信乃…」
「大丈夫?」
「それは…」
信乃の問いかけに対し、言葉を詰まらせた。
ああ、何か違う言葉を掛けるべきだったと、信乃はほんの少し気まずくなった。
「取り敢えず、行こうよ。」
「信乃…でも俺は」
言いかけたがチュウギの言葉を遮る様に信乃は優しく言った。
「今ここで1秒も速く動けば庵ちゃんも助かる速さが倍になるんだよ?だから、行こう?」
「…分かった。」
軽くチュウギの手を引き、信乃はギユウの背を追った。
街の建物は、工国の様に長屋の造りになっていて、屋根を走るには持って来いと言った感じだ。
走りながら、信乃は城にいる仁、チレイ、テイに力を通して話しかけた。
『三人共、聴こえる?アタシ、信乃だよ。』
「信乃!?信乃なのか!!」
城内で残されていた仁が、真っ先に反応した。
仁達は帝の提案により、全員部屋に集まっていた。
何かあれば直ぐに行動に移すことが出来るメンバーが揃っていた方が良いと言うことだった。だが、大人数だと動きにくい所もあるだろうと考慮し、八宝玉計画の留守番三人組と、計画の事情を知っている帝と義実、自ら手伝いを要求したレイアが集まった。
「遂に連絡があったのね!」
と、レイアが声を弾ませた。
庵達は山へ行ったり、そして再び出掛け、今度は森にと言った感じで、城へ戻っていた時間は1時間にも及ばなかったと思う程短かった。
その為、仁達は庵達の行方がとても気になっていた。
今、どうしているか。
何か大きく変わったことは無いか。
全員無事なのか。
と。言った具合だった。
「連絡があった、と言うことは…」
「帝の仰る通りかもしれませんね…」
部屋の奥にいた帝と義実が顔をしかめた。
もしかしたら、何か良くない事が起こってしまったのかもしれないと、二人は思った。
真っ先に反応した仁が代表して信乃からの連絡を取りながら念同士で会話をする事にした。
一言一句正確に受け取り、何か指示があった際にすぐ動けるように一人が良いと言うことだった。その為、念の向こう側にいる信乃も、チレイとテイも了解した。
仁は信乃に自分の念を届けるのと同時に、周囲へ状況把握させる為に声に出しながら会話を行う事にした。
「なぁ何が起こったんだ?信乃!」
『じゃあ、まず綺麗な水と布を用意して。なるべく沢山が良いかも。』
「綺麗な水と布沢山ね。」
『それから包帯もね。』
「包帯…」
『後、禍人の呪術について何か詳しい本…人でも良いから連れて来るなりして。あ、そうそう術の解除方法について知ってるのも…』
「おいちょっと待って信乃。悪い事は言わないがそっちで何があったか位教えてくれ。」
先程から包帯だの綺麗な水と布だの止血用の道具が出て来るのはまだ分かったが、それを多めに用意してほしいだの、禍人の術について詳しく記載されてる本だのと、何か可笑しい。
四人の身に何が起こったのか、仁は気になり、信乃に聞いた。
『実は、庵ちゃんがチュウギの術を解くために一人で奮闘したの。』
「一人で!?」
『うん。庵ちゃん、どうしても私一人でやりたいからって。チュウギが元に戻った時に、戦いで負傷した時の人数が少ない方が、チュウギ自身があまり気に病まずに済むからって。それに…一旦戻った時にさ、庵ちゃん本音言ってくれたじゃん?それ聞いて、いなくなった要因に加担しているかもしれないって責任感じた所もあったんじゃないかって勝手にだけど…アタシはそう感じるの。』
「そう言う事だったのか…」
信乃の説明を聞き終え、仁はどう返していいか分からなかった。
チュウギは洗脳されていた。
庵が気を使って一人で奮闘した。
だけど、庵はチュウギを助けたが、大怪我や術を受けてしまった。
庵にとっては良い事だったのかもしれないが、恐らくチュウギは庵を殺しかけた事実が残ってしまった為に二人にはこれで確実に大きな溝が出来ているかもしれない。
仁はただ、起こってしまった事を理解するしか無かった。
「仁?」
テイが仁の異変に気付き、服をちょいちょいと引っ張った。
「テイちゃん…!!」
仁はテイの方へ顔を向けた。
「な、何だ?一体何があったんだ?」
仁はテイを見つめると、目をきりりとさせ、即座に指示を出した。
「今すぐ止血用の布や包帯を多く用意してくれ!!チレイちゃんは綺麗な水を沢山汲んで欲しい!二人はそれを持ったら即行で庵ちゃんの部屋へ運んでくれ!!それから義実おじさんは何か禍人の術について知ってる事…本や他の人からでも良い!!教えてください!それで、準備が終わり次第信乃から貰った状況を全部伝える!!」
「じ、仁さん!わわわ分かりました!!」
チレイは慌ただしく、仁の指示に従おうとした時、レイアがその腕を引き止めた。
「チレイちゃん!!私も手伝います!」
「レイア様…!有難うございます!」
レイアはチレイの手伝いをしようと、共に部屋を出た。
「私も包帯やらを持ってくる。それと医者も呼んだ方が良いな?」
「そうだな…頼むぞテイちゃん!」
テイは冷静に仁に必要な物と、指示を聞いて医者がいると感じた為、それらを求め即座に動いた。
「後は…禍人の術に詳しいもの…」
仁は頭を抱えた。
禍人に詳しい本となればどういった種類があるか把握していないし、人物となれば学者等そういった類の繋がりが無い為、どう手配しようか悩んだ。
「それなら、私に良いですか?」
「義実のおじさん!!」
義実が名乗り出た。
「書物を探るならお任せを。あらかた読んでしまったので、後は記憶を頼りに探してみます。」
「あ、でも俺も手伝います!書庫の本って結構あったはずじゃ…」
仁は指示を出すだけじゃ役に立たないのかもしれないと思い、手伝いを要請した。
「大丈夫ですよ。それより、他のメンバーと庵を迎え入れ、治療の準備をして欲しいです。…あの娘の事、頼みますよ。」
「あ!有難うございます!!」
義実のいつものゆったりした声の中に、庵の命を任せる意志を感じた。
走っていたら、ようやく街の建物で隠れていた城門が近くに、ハッキリ見えてきた。
屋根から降りずに、ここから一気に飛んで、城門を越えて城へ入ろうとギユウは考えた。
「飛ぶぞ。」
「あ、うん分かった。」
信乃は再びギユウの脇に抱えられる形となり、しっかり身体を寄せた。ギユウはそれを確認すると宙高く飛んだ。チュウギもそれに続いた。
太陽に反射されて輝く、街の屋根が眼下に良く見える。
まるで走り幅跳びをもっと高く飛び、距離を何kmも伸ばしているかの様だった。
家々をと越え、城門も通過すると、ヒュウウウウと、一気に降下した。地に着くと、脇から信乃を下ろした。
「信乃!チュウギ!ギユウ!」
城の正面に、仁、帝が立っていた。
「仁…!」
ギユウは仁を見ると、一目散に駆け出した。
階段を一気に駆け上がり、仁に話しかけた。
「仁、部屋に用意は出来ているか!?」
「ああ…って後ろのまさか…!!」
仁はギユウが背負っているものに気が付いた。
隣にいた帝も目を丸くした。
そこには、庵が背負われていた。
だが、普段の庵とは全く違った。
服が焦げてたり所々切られたりしてボロボロになり、切られた所から血を流して赤い服が深紅に変色していた。美しい艶のある黒髪は、砂とこびりついた血で霞んでいた。薔薇色の頬は生気のない青白い色になっており、その上には軽度のかすり傷が付いていた。
庵の姿を見て、予想より遥かに酷い状態だった事に軽くショックを受けたが、一刻も速く治療をしなければ駄目だと直ぐに判断し、ギユウを部屋へ向かわせた。
「…用意してある。今すぐ庵ちゃんの部屋へ!!」
「承知した。」
ギユウは急いで庵の部屋へ向かった。
バタバタと走る足音が、遠ざかっていく。それを見届けた信乃は、仁に向かって行った。
「有難う…これで…庵ちゃ……が……」
大急ぎで指示を出したが、何とか間に合う様に準備してくれた仁に礼を言ったが、言い終わる前に倒れてしまった。
「お、おいっ!?」
仁は倒れてきた信乃を支えた。
信乃はぴくりとも動かず、それどころか、彼女から力が一気に抜けていくのが分かった。それを察した帝が言った。
「きっと、緊張の糸が切れてしまったのでしょう。彼女も自室へ連れて行って下さい。」
「ああ、分かりました…って!!」
ふと正面へ頭を上げた仁は、目の前に広がる光景を疑った。
立ち尽くすチュウギの隣りに、何故かギヌがいた。
「いよぅ。帰ってこないと思ったら何してんたんだよ、忠犬さんよ?」
「…黙れ。」
ボソッとチュウギが呟いた。
それが聞こえたのか、ギヌは持っていた剣の鞘をチュウギ向け振りかざした。だが、チュウギは何の反撃も、身構える事もしなかった為、思い切りふっ飛ばされた。
「さっきの光景見てたぜ。あの女血塗れだったじゃねぇか。噂で聞いたぜ。お前、あの女を守りたいんだって?守るとか所詮口だけだったな。ハッ、ま、俺にとっちゃ巫女をどう思ってたか知ったこっちゃねえがな。」
「チュウギ!」
仁は今すぐにでもギヌに飛び掛かろうとした。だが、帝はそれを制止した。
「今行けば危険です。それに信乃さんにも危害が及ぶかもしれませんよ。」
「くっ…!!」
何も反抗出来ずに、言われるままその場から動けずに、仁は、ただ見つめるだけだった。
ヨロヨロと何とか立ち上がったチュウギは、ゆっくりとした足取りで歩み、ギヌの前に出た。
そして、やっと出たと言うぐらいのか細い声で、ギヌに言った。
「あの娘を…殺しかけたのは俺だ。俺は…忠犬、従者なんかじゃない。」
「…は?」
流石のギヌも耳を疑った。
「隊長ー!!鞘、返してくださいよー!」
ギヌの背後から、兵士が一人走ってきた。
「おう、何だ?」
「何だじゃないですよ!病み上がりだから身体訛ってるといけないから、指導して欲しいって俺が言い出して乗ってくれたじゃないですか!それで指導終わったから片付けしようとしたら鞘持っていたの隊長だったって思い出して来たんですよ!!」
「ああ、すまないな。」
ギヌはガハハと笑った。
ギヌは隊員の一人に鞘を渡した。
そして、隊員が去っていくのを見送ると、ギロっとチュウギに目を向けた。
「おい…殺しかけたって何だよ?」
「言葉通りだ。」
「お前っ…!」
ギヌは何を思ったか、チュウギの胸ぐらを掴んだ。
「おやめなさい!!」
「みっ帝…!!」
帝がギヌを止めた。
階段を降り、二人の前に立った。
「二人共、今は言い合う時じゃないです。ギヌ、従者という同じ立場として言いたい事は察します。チュウギ、それより貴方はあの娘の元へ言ったほうが良いんじゃないですか?一刻を争う事態だって分からないんですか?それと側にいる事、それが今出来る最大の償いだと私は思います。」
二人は帝の言葉を聞き、ギヌは持ち場へ戻って行き、チュウギは仁達と共に庵の部屋へ駆けて行った。




