第2章後編5 賑わいを取り戻して
今でも覚えているのは、お母さんが料理を作り、お父さんがお腹を鳴らしながら、稽古終わりにお酒をグビっと飲み干して、その所作をお母さんから叱られる。
そんな何気ない、小さな小さな1ページ。
私にとって大切な思い出で、取り戻したい日常。
それを、今日から取り戻す。
母が使っていたと思われるエプロンを身につけ、髪を後ろにまとめる。
「……よしっ!」
気合は十分。
この1週間で食材も揃えてもらったし、仕込みは昨日ひろお兄さんにも手伝ってもらって、準備は万全。
まずは……ひろお兄さんたちの朝ごはんから始めよう。
今日、私は、この家に再び命を吹き込む。
それでお父さんを迎えに行く。
大丈夫、私ならできる。
1つ、1つ、積み重ねていこう。
いい匂いが鼻をくすぐり、朝だということを知らせてくれる。
それは同時に、いくばくかの平穏が終わりを告げた事をも意味していた。
騎士・魔道学園ドルーナの実態を調査せよ。
これを俺たちに依頼した、夜さんとノマスさんの本当の狙いとは?
聖杯を握っていたのにも関わらず、自らこの地を調査しない理由とは?
紫雷さんたちをどこまで信頼するべきなのか?
銀狼や謎の少女は何をしていたのか?
未来へ帰る算段は見つかるのか?
……今、相対する敵は誰なのか。
頭を悩ませるような事態は沢山ある。
どれもこれもがあやふやで、確定しきれないものばかりだ。
それでも、やるしかない。
未来へ戻る方法を見つけるためにも、今は1つずつこなしていくしかないんだ。
用意されている制服のようなものに袖を通し、荷物をまとめて食堂へと足を運ぶ。
「おはようございます!」
下に行くと、いつものようにリナが声をかけてくれる。
だが今日はいつもと違って、少し声色が緊張していた。
「おはよう。だいぶ早足だったけど、今日の夜から開店ってなるとやっぱり緊張しちゃう?」
「やっぱり、緊張してるように見えますか?」
苦笑いで返事を返すリナの顔は、少し緊張してか強張っていた。
手伝うとは言ったものの学校での調査等があるから、手伝えるのは日が暮れてからだろう。
その間、リナ1人で食事の提供と配膳、会計をこなさないといけない。
客席を初日は5席に絞ってはいるが……滑り出しとしてはあまりよろしくないだろう。
だがまずは、リナがこの環境になれることが先決だ。
「無理はしないで、1個ずつこなしていけば問題ないさ。焦らないで頑張って!学校が終わればすぐ戻ってくるからさ」
頑張ります!と鼻をふんすと鳴らし、リナは朝食の配膳をするために、キッチンの方へと駆けていった。
無理をせず、1つずつこなしていく、か。
自分のアドバイスが、こだまのようにすぐにはね返ってくる。
焦っているのは俺もだろう。
口に出して、しかも人のものを指摘してでないと気がつけないほどに追い詰めるれているようだ。
気を張りすぎていたことも、自覚できなかった原因だろう。
……落ち着いて、まずは深呼吸だ。
深く息を吸ってから呼吸を整える。
……少しはマシになっただろうか。
「ひろお兄さん!聞こえていますか?朝食の配膳を手伝ってください!」
リナの呼び掛けられた声にはっと我にかえる。
心に焦りがあるのは間違いない。
それを自覚することができたのは良いことだろう。
落ち着いて、一つずつことを進めていこう。
「今行くよ」
わからないことだらけの非日常は、これからも続いていく。
焦るな。
常に状況を見極めろ。
今俺ができる最大限で突き進んでいくんだ。
そのためには、まずはおいしいご飯だ。
呼ばれるがままに配膳の手伝いをしていると、いつの間にか全員起きてきていたようで、それぞれの制服姿を身にまとい、席についていた。
林太は並べられていく朝食に目をギラとさせている。
……これは、早く食べないとまた食えなくなりそうだ。
「それでは皆さん!今日の活力にたくさん食べていってくださいね!」
リナの言葉を聞くとともに、また今日の朝食も争奪戦が始まった。




