第2章後編1 喉から手が出るほど取り戻したかった日々
この前、おばあちゃんにお姉ちゃんの魔法について聞いたんだ。私もあんなふうに魔法が使えるようになりたいって。そしたら怒られちゃった。「根源に踏み入るものに憧れるなんて、なんとおぞましい」って。その意味は分からなかったけど、きっとお姉ちゃんの魔法のことを悪く言ってることだけは分かったの。
お姉ちゃんはすごいのに、なんでみんな悪く言うんだろう。
早く、またみんなと一緒にご飯を食べたいな。2012年 5月15日 ■■■■■■
暗い。
何も見えない。
ここはどこだろうか?
見渡しても、周囲は黒く底の見えない闇が広がっていた。
一歩、また一歩と重たい足を引きずりながら、光を探して歩いていく。
ふと、遠くに光が見えた気がした。
だけど、もう足は上がらなくて。
気が付けば、足から深淵に引き込まれそうになっていた。
もがく。
動かない体をよじるように、虫けらのようにもがく。
しかし結果は変わらない。
頭の先まで深淵に飲み込まれたその先で、何者かと目が合った。
『捕らえたぞ』
ドスの利いた声とともに、突然何者かから首を絞められる。
訳も分からずもがく。
だが、体は思うように動かなくて。
意識だけが、遠く、遠く、遠く。
遥か、彼方の、深淵の底へと……。
………………。
ふっ、と体が軽くなる感覚で目を開ける。
胸に下げていたペンダントから強烈な光が放たれ、何者かはあまりのまぶしさに飛びのいていた。
その輝きは、衰えることを知らず、さらに輝きを増していく。
『大丈夫。ほら、笑って笑って!スマイル!だよっ!』
優しい声が、背中を押してくれている。
『……英雄の試練さえ超えれなかった死人が!俺の邪魔をするな!』
何者かはその声を聴いて、怒りに満ちた荒げた声を上げ、再び俺に迫ろうと手を伸ばしている。
だが、その手は決して届くことはなく。
『布石は打った!貴様の首はここで落ちるだろう!!』
光が、世界を覆い隠した。
「…………っ!……だっ……がぁ!?」
目覚めたと同時に体にいくつもの激痛が走った。
「……目が覚めたようね。存外に早かったじゃない」
知らない声が聞こえ、痛みをこらえながら視線だけで声の主を探る。
暗い部屋の中、ろうそくのそばにいたその人は……この屋敷で襲撃された時と同じ顔をした人だった。
警鐘。
動けなければここで殺されると、直感が告げる。
……いや、待てよ。
殺すのであれば、意識のない状態の相手を殺すほうが理にかなっている。
そんな俺を殺さなかったのだから、きっとこの人は変装した誰かというわけではないだろう。
つまり、この人こそがエイリー・プーペ、その人だろう。
「紫雷から話は聞いているわ。回復したら下に降りてきなさい」
そう言い残し、エイリーさんは部屋から静かに出ていった。
紫雷。
その名前を聞いて、先ほどまでの出来事を思い出す。
確か、ウィンドカッターで紫雷さんの動きを鈍らせた後、一気に詰め寄って刀を振るった……。
……いや、振りかぶれていない。
その直後に信じられないほどの太刀裁きで、下から肩にかけて斬りあげられた。
現に体の痛みは上半身の前面から来ており、傷を見てみると止血だけはしたようだったが生々しい切り傷が残っていた。
だが、さすがは紫雷さんだ。
致命傷になるところは的確に避けて俺を斬りつけているようだった。
未だ届きそうにないその達人的な太刀筋に感心するとともに、再び疑念が生まれた。
なぜ、エロヒムのそばにいたのか。
なぜ、奴への攻撃を防いだのか。
……きっと、下に行けば教えてくれるのだろう。
傷をクイックヒールで治療して傷を目立たなくした後立ち上がり、服装を整えて部屋を出る。
どうやらリナの実家の2階にいたようで、下からは誰かの話し声が聞こえてきていた。
階段を下り下のテーブルを視界にとらえると、紫雷さん。
そして、さらには見慣れた人がそこに座っていた。
「足柄隊長!?」
いかつい顔でこわもてだが、面倒見がよいことで有名なかつての上司、足柄隊長がいた。
「よぉ!狐っこ!……なんだい、豆が鳩鉄砲受けたみたいな顔して」
「剛、それをいうなら鳩が豆鉄砲でしょう?鳩鉄砲って何ですか……ふっ」
足柄隊長の横では先ほどまで斬りあっていた紫雷さんが、足柄隊長の発言に突っ込んでツボに入ったのか、押し殺すように笑っていた。
もう、取り戻すことが出来ないと思っていたもの。
かつての失った日々が、2013年の日常が今、目の前にあった。
「まぁなんだ。聞きてぇことも話したいこともあるだろう。まずは座れよ。おチビちゃんが寝る前につまみを作ってくれたから、それを食べながらでも話そうじゃないか。エイリー、持ってきてくれねぇか?」
「……人使いが荒いわね」
溜息をつきながらも、エイリーさんは奥の方からつまみを持って来てくれた。
「リナが気を使って作ってくれてるから、明日にでもお礼を言っときなさい。積もる話もあるでしょうし、私は1度席を外すわ。何かあったら呼びなさい」
そう言い残して、エイリーさんは音を立てないよう静かに2階へ姿を消した。
「狐っこ、こっちにこい」
足柄隊長に呼ばれ、呼ばれるがままに近づく。
すると、突然ガシッと頭をつかまれたかと思うと、俺の頭をわしゃわしゃと撫でまわしだした。
訳も分からずされるがままにしていると、ぽつりと足柄さんは言葉を紡ぎだした。
「嬢ちゃんたちから聞いたよ。俺たちがいなくなってからずっと、ずっとずっとずっと頑張ってきたんだってな。……よく、頑張ったな。偉いぞ、狐っこ」
それは、いままで誰もかけてくれなかった言葉で。
どれほど待ち望んでも、誰からも言われなかった言葉で。
一緒に乗り越えた辛い出来事があったからこそ出てきた、不器用な足柄さんらしい言葉で。
俺は、いつの間にか声を出して泣きだしていた。
足柄さんは何も言わず、俺が泣き止むまでその大きくごつごつした手で優しく頭をなで続けていた。




