第2章37 死の宣告 残り5時間 栄光と影と月
ORIONと呼ばれたその機体は、出現するや否やその拳を容赦無く俺の頭上に振り下ろしてきた。
見た目にそぐわぬ素早さに反応が遅れ、ペピーを下敷きにしながら盛大にずっこける。
「いっ!?痛いッピ!!お前何考えてるんだッピか!?」
「ッ!言ってる場合か!!」
すぐさま次の攻撃に備えるために視界に期待を入れようと振り返る。
視界に飛び込んできたのは光線。
機体の目のような位置から、青白い光線が間を置く事なく俺たちに向かって放たれていた。
「風華!!」
咄嗟に神器の名前を叫んでいた。
視界に映るもの全てがスローモーションになった世界で、それでもその光線は異常な速度でこちらに迫っていた。
左手で風華を握り、クッションになったペピーを右手で鷲掴みにしながらできるだけ距離を取ろうと横に飛ぶ。
世界が再び元の時間通りに動き出す。
後方で地面が砕ける轟音が響き渡る。
あんなものに当たったらひとたまりも……
振り返り現状を確認しようとして……ORIONと呼ばれた機体がすでにそこに無いことに気がついたのは、ORIONから強烈なフックをもらってからだった。
「がっ……!」
地面を何度も跳ねながら転がっていく。
普段なら視界の外からの攻撃にでも対処する事ができる風華を持ってしても、全く反応しきれなかった。
「……クソッ!やられっぱなしでいられるかよ!!」
転がる勢いを利用して、両手で地面を押すことで力の向きを調整し、体制を立て直しながらORIONを視界に収める。
その機体はすでにこちらに照準を合わせ、いつでも光線を放つ事ができるよう構えていた。
光線だけならなんとか避けれるかもしれないが、その次に来る攻撃をどうにか対処する術を考えないとなす術なく殺されてしまう。
「風華!この状況を打破する方法を!!」
風華にこの状況を打開する案はないか問いかけた。
だが、その返事を待つ前に世界が再びゆっくりと動きだした。
どうやら話し合う時間すらも与えてくれないようだ。
くっそ!戦いにくい!!
まるで、自分の動きその一挙一枚を知られているような、気持ちの悪い感覚。
今まで覚えたことのない払拭できない気持ち悪さに溺れながら、再び光線を避けるために今度はORION目掛けて直進する。
こう進めば、背後は光線で守られるし、両サイドをなんとか凌いでしまえば一撃くらいは入れる事ができるだろう。
その一瞬の隙をつく!!
「こうすれば光明が見える……なんて、そんな馬鹿げたことを考えているのでしょう?」
胸部に稲妻のように走る強烈な痛み。
胸元には深く自分の胸に突き刺さったナイフ。
現状が、理解できない。
「風華が弱体化しているのに加えて、2015年現在でも研究段階の高機動外殻。過去と未来の全てを結集し完成させた叡智と、あなたのことを知り尽くしている私だからできた方法よ」
血が、溢れ出ていく。
少女の白衣にが、自身から吹き出している鮮血で赤く染まっていく。
「……そもそも、タイミング悪くそこにいたあなたが悪いのよ。聞かなければ、こんなところで苦しむ必要はなかった。恨むのなら、自分を恨むことね」
納得のいかない理由を淡々と事務的に述べられる。
殺される理由もたいそれた理由でもなく、ただ、そこにいたからと羽虫を殺す時と同じ理由に憤りすら覚えた。
こんなわけ分からんやつに……!
こんなわけのわからないところで、死んでたまるか!!
「……ペピーっ!!」
血を吐きながら、喉元を通り過ぎる熱と鉄の味を飲み込んでその名前を口にする。
「任せるッピ!!」
目標は、俺の胸に突き刺さったナイフを喰らうこと。
まずはこの膠着状況を打破しなくてはならない。
だから、今唯一頼ることのできるヒヨコに、次の行動の全てを託す。
すぐそばから飛んできたペピーは少女が俺に突き刺したナイフ目掛けて飛びつくと、口を大きく開けてナイフを一飲みしてしまった。
その甲斐もあって、少女と俺の間に少しばかりの距離ができる。
この一瞬で、少しでも距離を……!!
「ORION!」
だが、現実はそううまくはいかない。
このORIONとかいう機械、厄介だなんてチンケな一言で片付けていいものではない。
本当の意味で、殺戮マシーンと呼べる代物だと思う。
俺がどれほどこの状況を打破しようとしても、その一手、二手先を打たれる。
こんなの、どうすりゃいいんだよ……。
ライリーンと戦ったあの時は、圧倒的な力の差に身震いこそしたものの、細い糸をなんとか手繰り寄せる事ができた。
それはひとえに俺だけの力ではなくて、セリナが知恵を絞ってくれて、それにみんなが応えようとしたからだ。
じゃぁ、今は?
俺だけしかいないから負けるのか?
違う。
“何も知らないから、負けるのだ”
そうして、ORIONと呼ばれた機体に殴られ……。
ガキンッ!と金属同士の激しくぶつかる音が響き渡るのと同時に、胸の痛みがふっと軽くなる。
いつの間にか胸に空いた傷穴は塞がっていた。
その音がした方を見て、あまりにも印象的な長く美しい銀髪と獣耳。
そして、その手に握られた光に反射して煌めく一振りの刃。
「……銀狼」
フリーテで別れ、リナの実家で一瞬だけ再会した彼が、目の前のORIONの拳を防いでくれていた。
「すまない。まさか、観測者と揉めているとは思わなかったんだ。おまえがムーンレイクに入ったと気づいた時点で後を追うべきだった」
人が簡単に吹き飛ぶORIONの一撃を銀狼は簡単にいなすと、そのままORIONを刃で吹き飛ばした。
「ひどいわ銀狼。あなたのために調整した私の切り札なのに」
「……それをわざわざ使う必要はないだろう、観測者。今はバタフライエフェクトとナイトメアの対処についてだ。こんなことにかまけている暇はない」
「こんなことって言ってもね、ムーンレイクに間違って入国してしまったっていうのがまずいのよ。鉄壁の城がこれで鉄壁では無くなってしまったのだから」
「お前が入国の際に確認を怠ったからだろう。人のせいにするな」
「……それもそうね、あなたに当たって悪かったわ」
観測者と呼ばれた少女は、ふぅっと一息を入れてパチンと指を鳴らす。
すると、先ほど銀狼に吹き飛ばされていたORIONが音も立てずに姿を消した。
「銀狼……」
「……久しぶりだな。リナの宿であって以来だから……一週間ほどか」
聞きたいことはたくさんあった。
だが、彼の今の顔はかつて出会った時よりもひどく険しく、目の下には隈ができていてろくに休んでいない事がうかがえる。
かつての余裕ある笑みは消え、何かに差し迫られているのか、焦りと苦難が見てとれた。
銀狼ほどの強者がここまで追い詰められているのだ。
それ相応の事態なのだろう。
頭の中がごった返して、なんと言葉をかければいいのかわからない。
彼に、今何が必要なのかがわからない。
「……状況は見ていた。もう時間もないだろう。リナと馬鹿面鳥をこの近くに来るように言伝している。後はお前がどうにかしろ」
「……わかった」
「観測者。こいつの怪我を治してから外に飛ばしてやれ。その後すぐに情報交換に移る。奥で待ってるぞ」
「人使いが荒い事で……」
観測者はため息を吐いてこちらへと視線を移す。
先ほどまで戦闘をしていた相手だということもあり、思わず力が入った。
「……もう襲わないから安心しなさい。今回の襲撃では殺すつもりはなかったし……。何より、あなたには生きていてもらわないといけないから」
そうして近づいてくるや否や俺に魔法を唱え、治療をし始めた。
「あなたの回復魔法は凄まじいわね。初歩魔法でほとんど傷が塞がっているじゃない。これ私が治療する必要あるのかしら?」
文句を垂れながらも治癒を続ける観測者に、先ほどまでとは一変した彼女の態度に俺は混乱しかなかった。
「……何?変なところでもあるかしら?」
「いや……さっきまで殺そうとしていた相手に回復魔法をかけるなんて普通しないから……」
「それもそうね。でも、私は普通ではないから。ただそれだけのことよ」
はい、治療終わり。
そういうと彼女はものの数十秒で回復を終えてしまった。
釈然とはしないが、一応手当てをしてもらったので彼女にお礼は告げた。
「お礼を言われるようなことではないわ。それに……この程度で詫びにになるとは思っていないから、せめてこれを」
そうして彼女から黒いケースに赤いスイッチがついた、片手サイズの小さな箱を手渡された。
見た目からして、どう見ても爆弾とかを起爆するスイッチにしか見えなかった。
「これは?」
「用途は教えない。知ってる人間が使えばしっかり起動するわ。ちなみに、あなたがスイッチを押しても何にもならないから。まぁ、胸ポケットにでもしまっておきなさい」
こんなあからさまに意味のわからないものを胸ポケットにしまっておけと?
怖くてできるわけがない。
どこかに放り投げておくのが普通は吉だろう。
「それ、間違っても捨てないことね。それ投げ捨てたらあなた死ぬから」
「……わかったよ」
こんな意味のわからないものを手渡して、一体何が詫びなんだろうか。
勝手に巻き込んでおいて、勝手に殺そうとしてくるなんて、それこそ理不尽極まりない。
沸々と、怒りのボルテージがあがってくる。
それを見越していたのか、観測者は俺に何も告げずに黙々と何かの準備をしていた。
「それじゃあ、面倒ごとになる前にさようなら。次に会う時は……あなたを殺すときよ。覚えておきなさい」
「あ、ちょっとまっ……!!」
視界がなんの前触れもなく切り替わり、パチェリシカが先ほどよりも大きく視界へと飛び込んできた。
太陽はすでに傾き始めており、体感した時間よりもさらに多くの時間がたっている事に、しばらくしてから気がついた。
まずい。今すぐ行動に移さないと、もう時間がない。
「あ!いた!!」
急いでパチェリシカに向かおうとして、聞き慣れた声が聞こえて振り返る。
声をした方に視線を移すと、夕日に背中を照らされながら走ってくる馬鹿面鳥にまたがったリナがこちらに手を振っていた。




