第二話:[いけめん]とは
ジャリ、という足音が徐々に伊織のいる場所へと近付く。
その音を聞く度に伊織は顔を青くさせ、汗をダラダラと流す。
──え、なんであのイケメン野郎オレのいる場所分かんの。なんだよ、あのイケメン野郎まさか能力持ってんのか!?
木に背中をピタリと貼り付け、焦った表情で固まる。その間にも、足音が止むことはない。
ここで一つ、伊織について説明しておく。
別に伊織は今いる場所がどんな場所なのかも、あのイケメンが何者なのかも知らない。
ついでに言うと、彼が居た世界に[能力]──それも、よくある漫画で出てくるような[能力]は存在しない。
単なる漫画の読みすぎによる結果、あの様な考えが思い浮かぶだけなのだ。
決して厨二病というものでは無い。そう、決して。
未だにダラダラと汗を流している伊織に、イケメンは少し距離を置いて立ち、言う。
「私の名前は白金と申します。貴女の名前も、教えていただけないでしょうか?」
その声色はとても悲しそうで、見てはいないが本気でしょげているのが伝わってくる。
だが、ここで名前を教える程伊織はイケメンに対して優しくはないのである。
伊織にとって、容姿のことも気になるが、他にも気になる事があったのだ。
他に気にすること──それは、あのイケメンが何者なのか、そもそもイケメンの名前が本当の名前なのか、という事だった。
伊織は単純でチョロいが、イケメンには警戒心が凄かった。それが今ここで発揮されたのである。
「……ふむ、教えていただけないのですか? では、ひとまずは女狐様とでも呼んでおきますね」
ぽんと音を立て、手を合わせて言った白金の一言に、ピシリと伊織の表情が固まる。
現在進行形で自分の容姿に、不満しか持っていない伊織にとって、白金のその言葉は禁句だった。
「うっせぇイケメン! オレは男だ!」
木の裏側から飛び出し、勢い良く白金を指さして叫ぶ。
尻尾は逆立ち、表情も怒りしか見えない。その姿は怒った猫に見える。
その姿が、白金の目にはただの可愛い小動物にしか見えなかったのか、「まぁ」と小さく声を上げ、ゆっくりと歩き始めた。
「だから来んなって言ってるだろうが! このイケメン野郎!」
「先程から気にはなっていたのですが……[いけめん]とは、どういう意味でしょうか?」
白金は伊織の目線の高さまでしゃがみ、ニコリと笑いながら問いかけた。
またもや伊織の体に電流が走った。
大きく目を見開かせ、「何言ってんだこのイケメン野郎」とでも言いたげな表情で白金の近くに寄り、座り込んだ。
「いいか? イケメンって言うのはイケてるメンズって事だ。ほんとに知らねぇの?」
近くに落ちていた小枝で土に文字を書き始め、白金に説明を始めたのだった。
──────────
「……どうだ? わかったかイケメン野郎」
「ええ、伊織様が異国の言葉に詳しい事がよく分かりました」
ニコリと笑い、返事をした白金の言葉に、伊織は固まった。
──え、イケメン野郎今なんて言った? [伊織様]って言ったよな? え、オレの名前言ってたよな?
数分前まで記憶を辿り、そしてある一場面でその記憶は止まった。
その記憶は、数分前の記憶だった。
そう──ちょうど、伊織が白金にイケメンについてを教えていた時である。
『──だからな? イケてるっていうのはだな……』
『ところで……貴女様のお名前は、なんと言うのでしょうか?』
『ん? オレは伊織だ!』
──何言ってんだよオレ!! え? バカなのアホなの? なんでイケメンなんかにオレの名前言うかなぁ!?
止まっていたはずの汗がまた、流れ始めた。




