第CLxxxix話 突破口 -九尾決戦・二拾八『千代攻略戦、巨人妖怪と黒い毛駄獣』-
黒い何かは想う。あの頃アレに会わなければどうなっていたのか・・・
親に鍛え続けられた男は思う。父の力の何たるかを・・・
ここで昔話。ムジナと卦盛の初対面。
~ムジナと丼卦盛と黒い玉~
――むか~し、むかし、ある所に。
一人ぼっちで泣いている女の子がおりました。
ふぇ~ん、ふぇ~ん、ひっく……ふぇ~ん
(こいつ……いつまで泣くんだろ……)
ある日、女の子が泣いていると、古びた大きな冷蔵庫の中に入っている生き物が起きました。
そして冷蔵庫の一番ものを入れる上の方の戸をゆちょこっとだけ開けて、いつも泣いている女の子をこっそり覗き込みました。
(こっちは気持ちよーく寝てたのに、何邪魔してんだ)
そんなことをぶつぶつ呟きながら、じーっと女の子を見ていると……、
「何、見ているの?」
「!」
女の子に気配を感づかれてしまいました。女の子は首をこてんと横に傾げて、不思議そうな目でこっちを見てきます。
「……」
このままじっとしていようかと思いましたが、やっぱり遅かったか……と溜息をつきながら冷蔵庫の戸を最後まで開けようとしましたが、
「ふんっ!?」
意外と重くて、まあ大変。そんな様子を見ていた女の子が咄嗟に冷蔵庫の戸を持つと「うんしょ! うんしょ!」と声を出しながら開けるのを手伝ってくれました。初めて女の子の顔を見ることができた冷蔵庫の中の生き物は、初対面で緊張しながらも、ふんっと自分の弱さを隠して強そうに胸を張り上げてこう言いいました。
「童は魔王……【ムジナ】ぞ」
「……うん、よろしくね。わたしは【丼卦盛】」
威張りながら自己紹介したムジナに、ホッと自分以外の誰かが居てくれたことへの感謝を込めた優しい言葉の音色に、ムジナは拍子抜けしました。ふとムジナは丼卦盛ちゃんの顔を見て言いました。
「目の周りが赤い」
「! ……ごめん……なさい。ちょっと泣いちゃって」
何度も涙を拭った跡を見たムジナはこう思いました。
(このまま泣き続けられたら気持ちよく眠れん……)
そう思うと、お腹の方に手を伸ばし、ゴソゴソと何かを探しています。
「何……してるの?」
「……ふん……ちょっと待ってろ」
「ん? 何だろう、その黒い玉」
「これで泣き止むぞ……」
ムジナの懐から取って見せたのは野球ボールくらいの黒い玉。その玉で本当に卦盛ちゃんの涙を止めることができるのでしょうか……。
すると――パァっと、黒い玉が一人でに光り出したかと思えば、卦盛ちゃんや卦盛ちゃんの作った鍋の蓋の世界を一瞬で光に包み込みました。光の熱を少し感じた卦盛ちゃんでしたが、熱が和らいだ時、ふと目を開けると、……別に何も変わっているところはありませんでした。
「……あれ? 何をしたの?」
「――ふん。別に……もう泣かないのか?」
「え――っ?」
ムジナの言葉に卦盛ちゃんは涙腺が止まったことに気が付きました。さらに……、
「なんだか悲しい気持ちが薄らいだ気がする……」
卦盛ちゃんが不思議そうに瞼の下を指先で確かめていると、ムジナはホッとして思いました。
(これで、ぐっすり眠れる……そういえば――)
「お前は何で泣いていたんだ?」
ムジナの問いに、卦盛ちゃんは少し悩みましたが、勇気を出して言いました。
「……お母さんとお父さんにずっといじめられて嫌だったんだ……。生まれてからずっと痛いこといっぱいされて、それで--」
卦盛ちゃんがぐすんとまた泣きそうになるのを、ムジナは必死で止めました。
「ちょっとせっかく泣き止んだのに泣くな!」
「う……うん」
「分かった。童の話を聞くか?」
「……どんなお話?」
「ふん……童のいた魔界の世界の話だ」
「……聞きたい!」
卦森ちゃんはムジナの『魔界の世界』の意味をよく分かりませんでしたが、それでもこの悲しい気持ちから少しでも早く抜け出すために、ムジナのお話に耳を傾けることにしました。
「ふふん~、いいだろう。……まず最初にさっき出した黒い玉。これはな……魔王の血を引く者なら誰でも使えるのだ。これの名前は【ダークネス・ワームホール】と言って、周囲から負のエネルギーを吸収したり、吐き出すことができるのじゃ……」
「じゃ、じゃあさっき感じたのは……」
「そう。お前の悲しい気持ち、親に痛い思いをされた感情を吸収したのじゃ」
「……何で途中から「じゃ」って語尾につけたの?」
「……うるさい! これは……童のキャラ付けじゃ!」
「はい! ごめんなさい」
「コホン、では続けるぞ……」
そうして、こうして、ムジナは自分の自慢話を滔々(とうとう)といつまでも喋り始めたのでした(おおよそ4時間、2時間くらいで卦森ちゃんは寝てしまいましたが、ムジナは気づきませんでした)……。
~昔話終わり~
そして現実。細かく言えば、【龕之行篤】の記憶の世界。その中でムジナと【浩司】は現在進行形で過去の記憶を書き換え続けていた……。行篤の記憶を書き換えればどうなるかは、ムジナと浩司、そして行篤自身全く解っていない。
今、浩司とムジナは三つの山脈に囲まれた山『頬廼城市』の山腹付近で、妖怪軍と人間軍の戦場、尚且つ妖怪軍のリーダー【九重鬼奈月】と人間軍の頭【龕之新月】の間ど真ん中に立っていた。
「ふ~ん、まあこんなものか……人間の『負』の力とは――」
浩司の体を乗っ取っているムジナは、新月を通して他の人間の様子を、鬼奈月を通して他の妖怪の様子を窺いながら、ぼそりと呟いた。新月の様子はどうやら異変があるようだ。周囲を何度も目を巡らせながら、時折自分の体や頭を触りながら明らかに動揺している。
「私はいったい何を……ここはどこ? 私は何に突き動かされて――うぅ!」
「全部は吸収できてはいないか……まあいい」
《ムジナ! ……もうそろそろ交代》
「嫌じゃ。童はもっと暴れたい(暗黒微笑)」
ムジナの体に入っている浩司の訴えは残念ながら却下された。
返って鬼奈月はというと……よりこちらに深い殺意と鋭い疑念を強めた眼を向けている。
つまり――。ムジナは何かを理解したように、鬼奈月の鋭い眼を真っ向から見返してこう言った。
「お前が……いいや、その女狐の体の中にいるな……【花園千代】……!」
「―――――――――――――――――――――は?」
女狐、鬼奈月の顔が大きく崩れた。眉間の皺が大きく波打ち、目を大きく見開いて、口をあんぐりと顎が外れるか外れないかギリギリの所まで広げて、じっとムジナを睨め付けたまま、怒り、衝撃、困惑、整理が一気に新月の頭を支配した。
そこから数秒経ってから、漸くこの言葉を思い浮かべた。
(――なんで判った?)
(今の顔――)
その時、新月は思った。今まで鬼奈月が出したことのない顔なのだと。さっきからずっと夢を見ていたように頭にかかっていた靄が少しずつ晴れていく感じ。私はいったいどんな嫌な夢を見ていたのだろうかと思っていると、真ん中で突っ立っていたムジナがこう切り出した。
「判るに決まっておろうぞ……童が球体は負のエネルギーを吸い取る力がある。悲しみ、苦しみ、痛み、……そして憎しみ(・・・)」
「……」
最後の憎しみに反応した気がしたが……、ムジナは続ける。
「お前にはより濃い負のエネルギーが溜まっているようじゃな。鬼奈月とは違う別の負が……」
千代はふと眉根を更に寄せてこう言った。
「てめーは、負のエネルギーを見分けられるってぇのか?」
それに対し、ムジナは終始不遜な態度で答えた。
「ああそうじゃな……童、魔族は誰の負なのか、どんな負なのかを見分ける能力が備わっている……どうじゃ……、凄いじゃろ?」
千代は黙ったまま、ムジナを睨みつけたまま動かず、ただ動かしたのは左腕であり、左腕を上げ、人差し指をくいくいっとムジナに向けて動かした。
――ぞぞぞぞ……
すると、空があっという間に暗ぃまった。雨雲かと思って地上にいた人間や、妖怪がぽつり、ポツリと点を見上げ――、絶句した。
――これは雨雲なんかじゃない。妖怪だ!
見上げると、大きな黒い影がぬぅーっと瞬く間に頬廼城市一帯を包み込んだかと思えば……そこから大きな頭が二つ露わになった。
「あっら~、人間ってあんた~?」
「おい! こーじ(・・・)とかいう男はどれだぁ?」
雲を優に超えるほどの二体の巨人。一体は巨大な骸骨、もう一体は何とも言えない山が人型に象ったような緑色の巨人。
「そいつだ。そいつをやれ!」
千代の号令の下、二体の巨人は一斉に、千代が指差した浩司……の体を乗っ取ったムジナに襲い掛かったのであった。
浩司とムジナが戦場のど真ん中に降り立った頃、未だに行篤は自身の父と殺し合っていた。
「うぉおおおお!!!」
行篤の渾身の両手100連撃パンチは、確かに父の顔面に命中した。感触はある。……あるのだが――。
「……こんなものか……この程度で………我が【行篤家】が貴族として返り咲くことなどできるかー!!!!!」
感情極まった父のアッパーカット(下から相手の顎を打ち上げる技)は、行篤の技の威力も、勢いも跡形もなく消し飛ばした。空に打ち上げられる魚のように、行篤は宙を舞う。
(……これが執念の差――)
行篤は改めて思い知る。父がどこまで貴族にこだわるのか。実の息子に捨て去られた貴族の名を押し付けるほど……いや、もっとだ。母を殺し、俺を鬼神が如く鍛え続けるほど……いや、それよりも――。自分の体をも狂気の武器に変えるほど……何十年をもその想い一つで家族を、その絆をも執念の道具に変えてしまうほどに――、たった一つの望みのため。
行篤は父に受けた拳によって、その痛み以外の父の感情があの子供の頃に受けた濁流の滝のように思い知ったのだ。……いや、そもそも子供の頃から父はそうだった。別に隠してもせず、ずっと俺に「貴族になれ」と言い続け――、っ!?
行篤の思考は途切れた。途切れざるを得なかった。本能が危機反応を発したのだ。いつの間にか行篤の首から下をまるっと入るほどの大きい独楽が覆い被さるように行篤を捕縛していた。行篤が必死に独楽を破壊しようとするが、罅一つ付かないほどの頑丈さ。それに全く身動きが取れない。
「これは捕縛用か……?」
焦りつつも冷静さを崩さずにいる行篤に、父は即答する。
「否……、本番はこれからだ! 『大独楽乱舞-縦横無塵-』」
父は高らかに叫び、右手をビシッとの下から上へ揚げた。その瞬間、無数の独楽が上下左右から現れ出たかと思えば、一斉に行篤に襲い掛かってきた。独楽といっても、父が出現させた独楽は、刃の付いた側面に、中心ももちろん――。
「毒針だ。一度でも触れれば血飛沫上げて死ぬ――」
「……!」
親子の一撃絶死の独楽回し芸が始まったのだった。
いよいよ花園千代とムジナの初会話。これから一体どうなるかはまあ、もうちょっと待ってほしいです。必ず上げるので、もう1,2週間……3週間4……いや、1日でも早く続きを上げるぞー!




