第12話 貴神高鬼-タカガミコウキ-
一十三と犬太の裏で動く一十三の父『桜統一郎』と小学三年『貴神高鬼』の話。まさに黒の組織的なポジションを持つ彼らはどんな目的で動き出すのだろうか・・・
「!」
とある住宅マンションの091号室の寝室。そこで彼は目を覚ました。時計を見ると、深夜零時四十分。丁度一十三と杏が融合した時間である。
「・・・ついに始まったか・・・」
彼の名は【貴神高鬼】九歳。高鬼は今までずっと虐められていた。玩具にされ、暇潰しにされ、ストレスの捌け口にされ・・・。最近親のノートパソコンを覗き、『いじめ』という言葉を知った高鬼は、調べれば調べるほど自分が虐められている立場なのだと自覚した。そして高鬼は、その立場から一刻も早く抜け出したいと思った。
だがどの方法を考えても、どれも自分には不可能であった。全体主義の世界である以上、自分がどんなに模索しても、一人では絶対に叶わないのだと確信したのは、今から一年前のことであった。
「こんな世界じゃどう足掻いても無駄た。じゃあどうすればいい?」
少年は考えた。しかしいい案が全く思い浮かばない。
―そんな少年の家にある日、五十代くらいの黒いスーツ姿の初老の男が訪ねてきた。丁度その頃、高鬼以外の家族は買い物に行っていて家にはいない。なぜ高鬼だけ家に残ったのか、それは下校時間に毎日いじめが行われたため、他の生徒より一時間も遅く帰るからだ。家族はそれについて一切聞くことはない。否、そもそも両親は、実の子供である高鬼にはなんの興味もない。理由は一つ。高鬼の兄【貴神豪鬼】十歳に全てを注いだからである。兄は天才肌の持ち主であり、貴神家の希望の星であった。高鬼などに注ぐ時間などあるわけもない。両親は高鬼に最低限のものを与え、それ以外の全てを兄に捧げてきた。結果、高鬼に対し『寄生虫』という名称で蔑み、兄からは『人間もどき』と言われずっと笑われてきた。
そんな貴神高鬼に対し、初老の男は頭を下げてこう言った。
「今君に欲しいものをあげよう」
そう言うと、どこからか持ってきたダンボール箱を少年に与えた。ダンボール箱を突然渡され慌てる高鬼に、初老の男は「軽いから問題ないよ」と言って玄関先まで置いてくれた。高鬼は「親に見つかったらどうしよう」と怯えていると、初老が高鬼の頭を撫でて言った。
「物自体は小さいから大丈夫。君にとってとても力になる道具だ、存分に使ってくれ。お金も必要ない。箱はこちらが頂こう」
高鬼は恐る恐るダンボール箱の中身を取り出すと、現れたものは手のひらサイズのカメラだった。
「これ・・・」
「使い方はこれを読んでくれ。私はもう帰るから、何かあったらこのメモに連絡するといい」
初老の男は名刺を渡し、そのまま家を去って行った。高鬼はそういえばまだ名前を聞いていなかったと思い、玄関のドアを開けて見渡したが、もう男の姿はどこにもいない。仕方なく名刺をみると、こう書かれていた。
〝人間救済組織『NBT(名前募集中)』社長・桜統一郎〟
人間救済組織?
初めて見た名前だ。だが救済ということは僕を助けてくれるのだろうか。この牢獄から。だが高鬼は、初対面の相手に貰った怪しげなカメラを使うことはなかった。理由は金銭も受け取らず、物を与える人間ほど怪しい者はないからだ。カメラはそのまま自分の勉強机の棚に入れたまま、数か月の時が過ぎた。
―
そして女子の転入生がやってきて、いつものように虐められて帰ってきた時、丁度電話が鳴った。またこの時も両親も兄もいない。高鬼一人の時だった。高鬼は早速電話を取ると、出てきたのは一年前にカメラを渡したあの男の声だった。高鬼も随分昔のことだったので忘れていたはずだったが、何故かあのカメラとあの男の顔が未だに忘れていなかった。あのブツブツの顔、大柄な外見、そして優しい目つき。少しずつ昔の情景を思い出していった。
「君が帰ってくるのを待ってたよ」
一年前の時と変わらない声。だが高鬼は警戒心を緩めることなく、厳しめの口調で言った。
「・・・何の・・用ですか?」
「そうだったね。それよりも君のクラスで転入生が来たはずだ」
何故知っている?いや、近くに住んでいるのだろうか。そう言えば一年前も、高鬼のことを知っている口振りだったのを高鬼は思い出した。
「・・・はい」
「それは私の娘だ」
「・・・それが?」
高鬼は一瞬驚いたが、だからどうしたと思い淡々(たんたん)と答えた。が、統一郎のその後の言葉に、高鬼は戸惑うことになる。
「君のカメラで撮ってくれないだろうか」
「・・?どうして」
「そのカメラは所有者を選ぶ。そして君が選ばれた。だからそのカメラを扱えるのは君だけなんだ」
「撮ってどうするの?」
「それは・・その時が来てから教えよう」
「・・・撮るだけでいいの?」
「ああ、撮るだけでいい。後は君の好きな用途で使えばいい。彼は君に使われるのを望んでいるはずだ」
「・・・カメラの気持ち分かるの?」
「道具には生き物同様命がある。心もある。違いもある。そのカメラにもね」
高鬼はふとダンボール箱を開け、カメラを取った。するとカメラの下から薄っぺらい一枚の説明書がひらりと落ちた。高鬼はそれを取ると、適当に読み始めた。
「ふーん、説明書を見たんだけど、間違えて撮った時の消した方がわかんないんだけど」
「そうだね。残念だがそのカメラに削除機能はない。唯一あるとすれば撮られた者が死んだ場合だけだ」
〝死〟という言葉に一瞬だけ反応した高鬼だったが、他人の命など関係ないと思い無視した。
「そう・・・ならいいや」
「君の健闘を祈るよ」
「うん。もう目的が見つかったから、後は準備するだけだよ」
「ああ、後は頼んだよ、貴神君」
高鬼はもう一度説明書を読み、ある決断をした。
このカメラに撮られた人の夢を操ることが出来る。そしてもう一つの力があって、撮られた者は一定数を統一することができる力が著しくアップする。つまり撮った人を神様的存在に操作することができるということだ。
(そして僕自身がその神様を操る『真の神様』となる。いじめられる立場の僕が神様になる・・・)
まさにスッポンから月になるように・・・高鬼はカメラを見た。何の変哲もないただのカメラ。だが統一郎が言うように、本当にただのカメラではないのだろうか。いや、今の高鬼にとってそんなことはどうでもよかった。
(僕が神様になっていじめをなくすことができるかも知れない・・・)
高鬼の眼光が決意の塊に変わった瞬間だった。
―そして今、高鬼は夜の道を駆けた。そして学校の近くまで辿り着くと、素早く赤い炎の中にいる一十三を撮った。
―カシャッ
一十三を撮ったカメラを持つと、一十三の行動や思考が手に取るように分かった。一十三は僕と同じ虐められる側の人間だ。もし僕が神様になれば救えるだろうか。
だがその前に一十三は変わった。杏の力によって・・・
高鬼はカメラ越しで感じ取ると、自分のことのように喜んだ。
いじめという凶悪犯罪者に果敢に立ち向かう一十三を高鬼は応援した。
一匹狼である【大原犬太】はいつも僕を助けてくれた。だが助けただけだ。それだけじゃあいじめは無くならない。僕が変わっても何も変わらない。ならばこのカメラを使おう。このカメラを使えばいじめを無くせるかも知れない。犬太もその時救えばいい。きっと僕に感謝するはずだ。
・・・そう、いじめられっ子が世界を変えるんだ!
高鬼は不敵な笑みを浮かべて、心の奥底で叫んだ。
統一郎の思惑と貴神高鬼の思惑が合致した時、カメラの力は途轍もない力となって未来の地球に大きなダメージを与えることになる。それはまたいつか書き残すであろう・・・




