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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第6章 姫路亜弥と姫路沙弥と音楽室
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第75話

「それで何を知りたいのかしら?」と言うと、ナイフを長机に突き刺し、足を組み、膝の上に手を置いた。


 ナイフから手を離したという事は、多少は警戒を解いてもらえたということだろう。

 ホッとした私は質問をぶつけるために、亜弥に視線を移した。


 武器を持たぬ亜弥を落ち着いた目で見るとその美しさに息を呑んだ。長い黒髪に黒目の大きな瞳。

 赤々とした唇は、美しさと艶かしさを感じ、唇を微かに開け自信に満ちた笑みも相まって、妖艶さすら感じた。


「……」

 同じ十八歳だというのに、こんなにも違いが出るものなのか?

 鶴賀に色気のないガキと言われた私とは大違いだった。


「間抜け面をさらしていかがなさいましたか?」

 肩にかかった長い黒髪を後ろに流しながら聞いてきた。


 私は美に圧倒されたために、「あっ、すいません……見とれていました……」と、正直に言ってしまった。


「あら、見とれてしまいましたか」と言うと、「ふふふっ」っと、笑った。

 笑い方まで艶めかしかった。

「美しいものに惹かれてしまうのは人の性と言うもの、おちびさんは何も間違っていないですわ」と、椅子から立ち上がり、私の顎に人差し指をツツツっと這わせた。


同 性だというのに胸がドキドキと高鳴って、顔が赤くなってくるのが分かった。


「真っ赤になって、可愛いところもあるのね」と言うと、指が顎から上がっていき、唇の上をなぞった。


「……ッ!」

 これは……百合だ!


「おちびさん、良く見ると、可愛らしい顔ね」と言うと、耳元に顔を近づけ、「食べちゃいたいくらいに」と続けた。


 熱い吐息が耳にあたり、身もだえするようなくすぐったさが、全身に駆け巡った。


 えっ? 

 私は何をされるんだ?


 

 抵抗すべきなのかと思っていると、「お姉様、お戯れはその辺に」と、抑揚の無い声で沙弥が言った。


「あら、焼きもちかしら?」と、耳元から顔を離し、沙弥の元まで進むと、「沙弥さんが一番可愛いですわ」と、沙弥の首に腕を絡めた。


 リアル百合だ!


「ふふふ、本当に可愛い沙弥さん。私の宝物よ」と、沙弥の耳元で囁いた。


「ありがとうございます、お姉様」

 沙弥は能面のように眉一つ動かさずに、抑揚の無い声で答えた。


 本当に喜んでいるのだろうか?


 亜弥は振り返ると椅子に戻り、「それで私共に何をお聞きになりたいのかしら?」と、足を組み聞いてきた。


 ふくらはぎが露になり、ドキッとしたが、私は気にしないようにと自分に言い聞かせ、質問を投げかけた。


「一昨日の事なのですが、亜弥さんは四時間目に何をしていましたか?」

 まずは姉の亜弥から話を聞くことにした。


「私と沙弥さんは音楽室にいましたわ」


「お二人以外に音楽室に誰かいましたか?」


「いませんわ」

 亜弥はスムーズに答えを返した。


 ここまでは犬山が話した通りだなと思い、「アリバイはなしですね」と、呟くと、「何か問題でも?」と、亜弥はキッと睨みつけてきた。


「いやっ、あの……問題はありません」と、手をばたつかせ否定し、「亜弥さん達はどうして音楽室に来たんですか?」と、別の質問を投げかける。


「音楽室にはピアノを弾きに良く来ますの。疲れた時は美しい音楽を奏で心を癒す。風雅ではございませんか?」

 

 確かに亜弥がピアノを弾いていたら絵になるだろうし、雅ではある。


「一昨日もピアノを弾いていたんですか?」


「音楽室に来てピアノを弾く以外に何があるというのですか?」


 私は部屋の隅に視線を送る。

 打楽器と呼ばれるだろう楽器が幾つも置いてあった。音楽準備室と書かれた扉もあるので、その中には様々な楽器があるだろうし、楽器の選択肢はいくらでもある気はするが、「そうですね」と答える。


 亜弥の沸点が低い分、なかなか否定しにくい状態が作られていた。


「気持の良い演奏でしたわ。音色の優しい波と心地よい風が頬に当たり、心の底から癒されましたわ。素晴らしき時でしたわ。ねえ沙弥さん?」


「はい、お姉様」


「ほんと至福のときでしたわ」と言い、「ウフッ」っと艶かしく笑うと、恍惚の表情を露にしゾクゾクと体を震わせた。

「ああ、体の心まで熱くなるような、あの素晴らしい調をあなたにも聴かせてあげたかったわ」

 長い指先を唇に当て天井を仰いだ。


 その時の顔は間違いなく喜怒哀楽の楽。

 悦楽の表情だ。


「……」

 この人もヤバイな……。

 こんなにも美しく、妖艶で艶かしいと言うのに、今はどこか薄気味悪さを感じた。


 愛でていた花に毒があると知った時のような気分だ。綺麗だけど近づきたくない。


 私が思わずじりっと、半歩後ずさりすると、「コホンっ」と、沙弥が咳払いをした。

 また私の動きを制しようとしたのかと思ったが、直ぐに、「お姉様、話の途中でございます」と、陶酔する亜弥に話しかけた。


 どうやら亜弥を現実に戻すために咳払いしたようだ。


 すると亜弥はハッとし、瞬時に真顔に戻すと、また艶やかな笑みを浮かべた。

 まるでこの艶やかな顔が鳳凰會姫路組の令嬢、姫路亜弥のフォーマルな顔だと言わんばかりだった。


「質問を続けて宜しくてよ」

 亜弥の切り替えの早さに驚きつつ、「音楽室に向うために、教室を出た時間は何分くらいですか?」と、聞く。


「あれは何分かしら? 授業が始まって十分くらいで教室を出た気がするわね……」


「お姉様、正確には六分後、鶴賀様達が出て三分後の四十一分です」


 四十一分に教室を出たと言う事は……犯行時間が大分絞れてきたことになるな。

 姫路姉妹が四十一分に出たのが正しければ、犬山が教室に来た十二時五分までは、二十四分間しかないことになるな。


「お二人が教室を出るとき、誰がいなかったかは覚えていますか?」


「そうね……。お猿さんとのっぽさん……後は誰か離席していたかしら? ねえ沙弥さん」


「青葉様が出て行くのを確認いたしました」

 沙弥が答えると、「あら、そうでしたの? 小さいからわからなかったわ」と、クスッと笑った。


 ふむ。全員の証言を加味すると、青葉、鶴賀と白石、姫路姉妹の順で教室を出たことになりそうだな。


「お二人はいつ教室に戻ってきましたか?」


「担任から電話が来まして戻りましたわ」


「時間は分かりますか?」

 亜弥はポケットから携帯電話を取り出すと、「一昨日の十二時十三分に着信がありますから……二十分前には間違いなく教室に戻っていいますわね」と、着信履歴を確認しながら言った。


「教室に戻ったときに誰がいましたか?」


「お犬さんに先生方がいましたわね」


「鶴賀さん達や、青葉さんはいなかったんですか?」


「青葉様は私どもの直ぐ後にいらしましたね。教室の前に私達が着いて直ぐに足音が聞えまして、振り向いたら青葉さんが全速力で走ってまいりましたわね。廊下に私共がいたと言うのに、目もくれずに教室に飛び入り、切なそうに遺体を両手でがっちりと抱きかかえていましたわ。お猿さんとのっぽさんは、青葉様がいらしてから一分ほど過ぎてから来ましたわ。あの二人にしては神妙な面持ちをしていたのが印象的でしたわね。ねえ沙弥さん?」


「はい。お姉様」と、沙弥も同意した。


 ここまでは他の容疑者の話と一致しているな……。教室を出た順番と戻ってきた順番に間違いはなさそうだった。


 やはりアリバイから犯人を探し出すのは難しそうだ……。


 それなら……直球の質問をぶつけるしかないな。


 亜弥にばれないように、視線をナイフと亜弥に交互に送る。

 ナイフは机に刺さったままであり、亜弥は警戒を解いたのか、腕組しながら妖艶な笑みを私に送ってきていた。

「それでは次の質問をします」


「どうぞ」


「……単刀直入に聞きます、犯人は誰だと思いますか?」


「犯人は……」

 亜弥は妖艶な笑みを浮かべると、「青葉様だと思っていましたわ」と、言った。

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