第76話
犯人は青葉と言う発言は初めてだったが、それよりも気になったのは、『思っていましたわ』と言う、過去形の言葉だった。
「思うではなく、思っていたとはどういう事ですか?」
「あら、気づきましたか? 教室であんな簡単そうなプリントに頭を悩ませていたから、お馬鹿さんかと思っておりましたが、どうやら日本語を理解する頭はあるんですのね」
どうやら教室での様子を見られていたらしい。
恥ずかしいところを見られたなと言う思いと、言い方に難があるだろと言う思いが、私の中で同時に浮かび上がったが、どちらにも触れずに、「過去形で言ってきたという事は、今は青葉さんが犯人とは思っていないということですよね?」と、質問をぶつけた。
「ええ。青葉様が犯人と言う事はありえませんね」
亜弥は青葉犯人説をはっきりと否定すると、「教室の中の死体の様子を見まして、初めは青葉様の犯行と思いましたわ」
「死体の様子から犯人を推察したのですか?」
「おちびさんは死体の様子は知っておりますか?」
頭の中に十六人の死体の様子が浮かび上がってくる。
後頭部に大穴を開けた少女。髪を振り乱し死んだ少年。額にナイフが刺さった少年。腹を割かれ、顎まで真っ二つになった少女。折り重なるように、床に寝そべった男女。そして……滅多ざしにされ、指を切り落とされた少年……。
死体を思い出し、私の口からは一つの単語が零れ落ちた。
「拷問?」
「私の質問に答えていないですが、大目に見ましょうか」と言うと、「拷問で正解ですわ」と、続けた。
「指を切り落とした死体がありました。切り落とした指は水槽に入っていたので、私は犯人の猟奇性がそうさせたんだと思っていたんですが、もしあれが拷問の痕だったと考えれば納得がいきますね」と、私。
「ええ、それに死体に刺殺体が多いことからも青葉様の犯行を疑うことが出来ますわね。おちびさんは青葉様の獲物は確認いたしましたか?」
「はい。ジャグリングナイフですよね。本に隠して携帯しているのを見せていただきました」
「青葉様の武器は複数本ありますし、高い戦闘技能を有しないクラスメイトくらいなら軽く殺すことが出来ますわ」
投擲用のダガーは二、三本持つことがあるが、青葉のジャグリングナイフは十本近く収納していた。
つまり最低でも十投近く投げる事が出来るということになる。
大量殺人行なうには持って来いの武器だと言える。
「拷問の痕と、武器が殺害状況的にマッチするのは分かりました。けれど二つの疑問が湧き上がりましたね」
「あら、二つですか。私は一つしか浮かびませんでしたわね。何故拷問したのかと言うことですわ」
亜弥の疑問は、私が持った二つのうちの一つと同じだった。
「拷問すると言う事は、何か聞き出したいことがあったと言うことですよね? もしこれで首里組の首里悠一郎さん初め、各組のご子息、ご令嬢ならば、百歩譲って分かるんです。けれど拷問にあったのがNESTの護衛だとするならば、何を知りたかったのか、全く想像がつかないんですよ」
「そうですわね。意味のない拷問など行なう必要はありませんからね。そもそも、いつ他の生徒が来るかもしれない状況で拷問を行なうなど愚の骨頂ですわ。いくら青葉様が腕が立つとは言え、私共やお猿さん達に太刀打ちできるとは思いませんわ」
あれ?
亜弥は今青葉の腕が立つと言ったが、その情報は初耳だった。
「青葉さんの戦闘技能は高いんですか?」
「青葉組は鳳凰會の相談役と言う重役を担う組ですわよ。将来はその組長になる人間、弱いわけないじゃないですわ。青葉さんが自分で弱いとでも言ったのですか?」
その通りだ、
「青葉さんは体格も運動神経も良くないから、なかなか戦闘技能が上達しないと言っていましたよ」
「あら、それは弱いと言うことなのでしょうか? 上達しないとはどのレベルからなのでしょうか? 誰と比べているのでしょうか? 私や沙弥さんと比べれば未熟ですが、その辺の殺し屋や護衛よりはずっと腕が立ちますわ」
確かにそう捉えることもできる。
思い起こして見ると、武器に関してもそうだ。
青葉は扱える武器は限られると言ったが、別にじゃグリングナイフしか扱えないとは言っていない。ジャグリングナイフを投げ、被害者が落とした他の武器を拾って戦うことも出来るということになる。
今まで青葉の戦闘技能は低いと考え、犯人である可能性は低いと思っていたが、考え直さなければならないな。
「その話でもう一つの疑問は解決しました。私は青葉さんが弱いと考えていたので、犯行は無理だと考えていましたが、腕が立つなら話は別ですね」
口から青葉が犯人の可能性を示唆したが、心の奥底では否定したい気持が湧き上がってきた。
青葉に人が殺せるようには思えなかった。
あの笑顔が、あの悲しげな目が、あの弱い心で犯行が行えるようには思えなかった。
いや、思えないんじゃない、きっと……私は彼が犯人であって欲しくないと思っているんだ。
だって彼は……と、私が青葉の事を思っていると、「あら、犯行は無理ですわよ」と、亜弥が言った。
「無理なんですか? でも腕が立つと言いましたよね?」
「いくら腕が立っても、NESTの精鋭に勝つのは無理だと思いますわ」
「精鋭と言うと?」
「愛瀬様ですわ」
鶴賀も強いと称していた愛瀬の名前がここでも挙がった。




