第39話
犬山の背中を追い、教室の前まで来ると、急に緊張してきた。
私の役目は学園に潜入し、犯人を見つけ出し暗殺の場を整えることだ。
潜入捜査をするうえで最も大事な事、それは疑われずに懐に入り込むことだ。その為にはこのファーストコンタクトが大事になる。
ここからは与えられた身分を演じなくてはならない。私はNESTの護衛だと、自分に言い聞かせ、気持を作る。
「エリちん立ち止まってどうしたんすか?」と、扉を前に立ち止まる私に、背後から話しかけてくると、「緊張してるんすか?」と、続けた。
そうです。緊張しています。
「最初の挨拶は緊張するもんすけど、女は度胸っすよ」
そう言うと、背後から手を伸ばし、扉に手をかけた。
「えっ、まだっ――」
静止する言葉もむなしく、扉は勢いよく開かれた。
まだ心の準備が出来てないのに。
「ちょっとごめんっすよ」と言い、私の横をすり抜け教室に入っていき、教卓の前まで歩いていくと、「みんな注目っすよー」と、注目を集め、私を手招きした。
気持を作っている時間なんてなかった。
入り口で立ち尽くしている私に視線が集められ、思わず顔を伏せてしまった。
目立つ潜入捜査なんて聞いたことない。
目立たず、ひっそりと調べていくはずだったのに……。
中々入ってこない私に、「エリちん早く来るっすよ」と、犬山が呼びかけてくる。
えーい。女は度胸だ。
意を決して顔を下げたまま教室に踏み込んだ。
NESTの護衛としての挨拶は出来ていないが、勢いで乗り切ろう。
そう決め、顔を上げようとした瞬間……体を殺気が包み込んだ。
「……ッ!」
思わず足が止まった。
背筋にはぞわぞわと悪寒が走り、体が重くなり、その場にひざまづきそうになる。
ウサギが獅子に爪で押さえつけられたときのような、暴力的な圧力を感じた。
私の体を恐怖が支配し、心臓の鼓動が早くなり、足ががくがくと震えだす。
息がしにくい。
呼吸ってどうするんだっけ?
息を吐くことはできるというのに、吸うことができない。
苦しい。
ここにいたくない。
一分一秒でも早くこの場を離れたかった。
恐い。
間違いなくいる。この中に殺人鬼が。
顔を動かさずに、視線だけを左に送った。
椅子に座る、五人の少年少女が見えた。
誰だ。誰がこの殺気を放っているのだ。
殺気の出所を探ろうと、感覚を研ぎ澄ませようとした……瞬間、体が急に軽くなった。
殺気が消えた?
「どうしたんすか?」と、犬山が何事もなかったように聞いてきた。
どうしたって、とてつもない殺気を感じただろうに、何を言っているんだと思ったが、私の口から出た言葉は、「……えっ」だけだった。
犬山だけではない。
少年少女も急に立ち止った私に、何事かと、怪訝な目を向けていた。
誰も気にしていない?
いや、違う。
誰も気づいていないんだ。
今の殺気は、私一人に向けられた殺気だ。
しかし一人だけに殺気を向けることなど可能なのか?
「顔真っ青っすよ。そんなに緊張していたんすか?」
心配したように、犬山が私の背中に手を添えてく。
手を触れた瞬間、私の鼓動の強さと早さに気づいたんだろうか、猫目を見開き私を見つめてくる。
「大丈夫です。挨拶の内容が飛んじゃって、少しパニックになっただけです」
無理やり笑みを作り、犬山の横を通り過ぎる。
一歩ずつ歩きながら、呼吸を整える。
大丈夫だ。
もう呼吸は出来る。




