第38話
「最後の容疑者は、出席番号四番、犬山明日葉。NESTの下っ端殺し屋っす」と、自分を指差しながら言った。
「身長は百五十八センチで、靴のサイズは二十三・五センチっす。胸のサイズは――」
「それは話さなくていいです」
またもや胸のサイズを語ろうとした犬山を遮った。シリアスな気持が台無しだよ……。
「そうっすか。自慢の胸なんすけど残念っす」
自慢なんだ……。
確かにカーディガン越しでも分かるくらい……盛り上がっているもんな……。
ちなみに私はシャツ越しにも盛り上がりは確認できない……。
残念だ。
私の心が悲しみに打ちひしがれている間も、犬山の話は続いた。
「性格は自分で言うのもなんすけど、社交的で活発な、可愛らしい女の子っす」
自分で可愛いって言ったよこの子……。
「組織の詳しい仕事内容は言えないんすけど、応法学園に派遣されている他の子と違って、下っ端のうちは、駒使いのような仕事をいつも二つか三つくらい請け負っているっすよ。事件の日も午前中に一仕事こなしてきたっすから、遅刻しちゃったんすよね。暗殺技能と武器はさっき見せた通りっすね。十六人殺せる技能はギリあるかどうかってところっすかね。まあ、うちも容疑者なんで、自分に都合よく言っているだけかもしれないっすけどね」
紹介を終えたのか、「質問はあるっすか?」と、聞いてきた。
「じゃあ犬山さんのアリバイは?」
「うちのアリバイは登校してきた時に、門のところの守衛のおっちゃんに会っているっすね。あと監視カメラにも映っているので、十二時に登校してきたのは間違いないっす。十二時七分に担任に電話をして、十分には担任が教室に来たんで、登校から十分間のアリバイはないっすね。まっ、門から教室までは歩いて五分はかかるっすから、殺している最中に電話をしたんでもなければ、実質二分で犯行を及んだことになるっすから、犯行は限りなく不可能に近いっすね」
二分で十六人を殺すのは可能かどうかといわれれば、犬山の言うとおり不可能そうだった。
「今カメラと言いましたが、門のところには監視カメラがあるんですか?」
学園に入るとき、カメラが備え付けているようには見えなかったが。
「門にあるって言うか、周囲を囲む鉄柵の上に小型カメラがあるんすよ。大きさは五センチ四方なんで目立たないっすね。そのカメラが十メートル置きに設置されていて、学園に部外者が入らないか監視しているっす」
学園を取り囲むように設置されていた、三メートルはありそうな高い鉄柵を思い出した。
「カメラには外部から侵入する人は映っていなかったんですか?」
「守衛のおっちゃん四人とうちで、防犯カメラの映像は前日から確認したっすから、外部の侵入がなかったのは間違いないっす」
そう考えると、外部犯の犯行の可能性はなさそうだった。
「学園の他のクラスの生徒も、教室でテストを受けていたか、授業を受けていたか、学校を欠席していたのが確認されているっすから、犯人はうちのクラスの誰かで間違いないっすね」
監視カメラがある以上、欠席を装って鉄柵を乗り越え、犯行を行なう事も出来そうにないな。
「ちなみに先生達もテストの監督と、授業に、職員室で別作業をしていたをお互いに見ているっすから、容疑者ではないっすね」
外部犯や、三年六組以外の生徒、教師が犯行を犯した可能性はなさそうだが、本当に可能性はないのだろうか。
私には同年代の子供が犯行に及んだと考えるよりも、外部のプロの殺し屋が犯行に及んだと考えたほうが、しっくりきた。
なんとか監視カメラに映らずに、学園内に侵入する事はできないんだろうか?
入り口は守衛の目が光、他の進入経路は鉄柵に阻まれ、乗り越えていくしかないが、そこには監視カメラが配置されている。
入り口もダメ。
乗り越えるのもダメ。
それなら……。
「……ヘリ……」
ボソッと呟くと、「えっ? なんすか?」と、犬山が聞いてきた。
「ヘリから飛び降りて、屋上から侵入すれば、外部の人間にも犯行が可能なんじゃないですか?」
の方法なら、監視カメラに映らずに潜入できる。
頭に浮かんだ推理を披露し、満足した次の瞬間、後悔した。
私は結論を急ぐ傾向がある。
パズルのピースをはめ終える前に、絵を答えてしまう子供のように。
「……」
「……」
互いに沈黙が続く。
「それ本気で思っているっすか?」
沈黙を破り、呆れた表情をしながら、犬山が言ってきた。
「すみません。取り消しにしてください」と、軽い頭を下げる。
ヘリでの犯行を一瞬でも可能と考えてしまった、軽い頭を下げる。
顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「まず、ヘリの音に誰かが気づくだろうし、外部犯なら鶴賀たちが屋上にいたという証言が真実になり、ヘリを目撃することになるっすよ」
そうっすよね。
短絡的な発言をした自分を悔やむ。
ヘリが音の出る乗り物だという事を考えていなかった。
「ヘリは無理っす」
分かりました。
「ヘリはないよ」
口調が変わるほど、犬山は呆れていた。
恥ずかしい。穴があったら入りたいくらいだ。
穴?
まさか犯人は道路に穴を開け、地下道を掘り、学園に潜入してきたのでは……とはさすがに思わなかった。
少しは成長したかな?
そう思ったとき、キーンコーンカーンコーンと、終業のチャイムが学園に鳴り響いた。
一時間目が終ったようだ。
「……」
犬山の話はチャイムに遮られる形となり、止まった。
私にとってはチャイムが救いの鐘となった。
「時間っすから、そろそろ教室に行くっすかね」
「はい」
精神的なダメージにより、ノックアウトしかかった体に鞭を打ち、立ち上がる。
向う先は三年六組の教室。
殺人鬼の待つ場所。
私は殺し屋のパートナー。
命を奪うものと、命を奪わせるものが顔をあわせる。
喰うか喰わせるか。
殺るか殺らせるか。
けれど、ミイラ取りはミイラにはならない。
命を奪うのは……刑だ。
喰うのは……刑だ。
殺るのは……刑だ。
ミイラになるのは……お前だけだ。
未だ見ぬクラスメイトに対し、心の中で決意表明する。
「……殺らせるのは……私だ……」
日差しを背に浴びながら呟くと、犬山の耳に届いたのか、「なんすかー?」と、振り向き聞いてきたが、私は首を横に振った。
「何でもないです」
何でもない。
命を秤にかけるのは、殺人鬼と刑の二人だけ。
生き残るのは天秤が傾いたどちらかだけ。
そこに私は係わらない。
そこに私は係われない。
私は何もできない。
私は何もしない。
喰うことも、喰われることも。
殺ることも、殺られることも、全てを刑に任せる。
命の奪い合いになれば、私には何もできない。
命の奪い合いになれば、私はいないのと同じだ。
私はいない。
刑……。
私は……ここにいるよ。
「私は……いるよ……」
刑に言ったのか、自分自身に言ったのかは分からないが、小さな声で、消え入りそうな声で、私は言った。
今度は聞えなかったのか、犬山は振り向く事無く、階段を下りていった。




