第22話
私と同じくらいの身長の少女が、そこに立っていた。
「どもども。歌波エリちゃんっすよね?」
少女は、体育会系のスポーツマンのように語尾にスを付け言った。
余りにも近い距離で話しかけられた私だったが、距離以上に気になる一言がさわっと鼓膜をゆすった。
……歌波エリ……。
なるほど。
私の名前を知っているという事は、「NESTの方ですね」と聞く。
少女はこの学園の生徒としては珍しく、髪を金色に染めていた。
髪の色も目を引くが、前髪を斜めに切りそろえた、アシンメトリーのショートカットも、異彩を放っていた。
スカートの丈も私よりも短かそうだが、明らかにオーバーサイズのカーディガンを着ていて、裾のほとんどが隠され、一見履いていないように見えた。
袖丈も長すぎて、指先まで隠れていた。
脱いだブレザーはカバンにかけられている。
これはお洒落なのか?
お洒落かどうかは私には分からないが、良家のお嬢様でない事は一目瞭然だった。
NESTの人間か聞いた私に、アシンメトリーの少女は、「そうっすよ」と、また体育会系の話し方で答えた。
「聞いていたより可愛い女の子で安心したっす。ゴリラみたいな容姿の人だったらどうしようかと思って、昨日は眠れないくらいだったっすからね」と、クマなど出来たことが、人生で一度もないような血色のいい顔を私に向け言った。
眠れなかったというのは嘘だろう。
「どんな人とも仲良くがモットーッすけれど、やっぱり美少女美少年と仲良くしたほうが、いいっすもんね。あっ、髪止め可愛いっすね、どこで買ったんすか?」と早口で語ると、「自己紹介がまだっすね」と質問の答えを待つことなく言い、姿勢を正した。
ちなみに会話のスピードに圧倒され、私は何も話せずにいた。
会話のキャッチボールができないよ。
「今回、エリちゃんの案内役に任命された、犬山明日葉。ワンちゃんって呼んでください」
犬山明日葉は敬礼するとにっと笑った。
犬山と言う苗字らしいが、小柄ながらやや長めの手足と、細身の身体、そして力強い猫目が相まってか、犬と言うよりは、猫に近い気がした。
さすがに初対面なので『犬山じゃなく、猫山が似合っている』とは言わずに、「犬山さんですね。よろしくお願いいたします」と、返事をした。
「ワンちゃんて呼んでくださいよ。うちはエリちんって呼ぶっすから」
「えっ……」
ワンちゃんと呼ぶのも、エリちんと呼ばれるのも、気恥ずかしかった。
「……」
返答に困っていると、犬山明日葉は、「あっ、ワンちゃんって言うのは、犬山の犬からとったんすよ」と、補足してきた。
そのくらいわかります。
「ワンちゃんが嫌なら、いぬっちとか、あすっちとか言う呼び方もお勧めっすよ」
「……普通に苗字にさん付けじゃダメでしょうか?」
犬山の提案した呼び方は拒否し、普通の呼び方を提案してみた。
「えー。でもこれから友達になるんすから、他人行儀過ぎっすよ」
別に友達になるわけじゃない。
これからは殺し屋――私は殺し屋のパートナーだが――と協力者の関係になるだけだ。
その事を言おうとすると、「ワンちゃんといぬっちのどっちにするっすか?」と、顔を近づけ聞いてくる。
猫目が爛々と輝いているのがわかった。
「えっと……ワンちゃんで……」
勢いに圧倒され答えてしまった。
「了解っす。これからは、ワンちゃんエリちんって呼び合うっす」
いつの間にかエリちんも決定していた。
そして呼び名もワンちゃんに決ってしまった。
呼べるかな……。
日向子さんに響さん、そして犬山といい、この世界にはまともな人はいないのかな。
思わずため息を吐きそうになる。
するとその時、校舎からキーんコーンカーンコーンと、チャイムが鳴り響いた。
「あちゃー。これホームルーム開始のチャイムっすよ。また遅刻っすね」
潜入初日から、遅刻が決定してしまった。
幸先が悪いな……。
気づくと辺りに他の生徒の姿はなく、私と犬山の二人だけが佇んでいた。
遅刻したというのに、犬山に焦った様子はなかった。
またと言っていたところかも分かるが、どうやら遅刻の常習犯らしい。
「急がないと不味いんじゃないですか?」
私の問いに犬山は始めて真面目な表情を作り腕組して考え始めた。
表情とは裏腹に、長すぎるカーディガンの袖がだらりと垂れ、滑稽だった。
「そうっすね……一時限目は確か……数学……ダルいっすね……。よしエリちん、ホームルームと一限目を学校案内の時間にするっすよ」
「えっ……良いんですか?」
「いいっすよ」と言うと、顔を近づけ耳元で、「犯人探しのためにも、校内を見て周ることも必要っすよ」と言った。
一理あるとは思ったが、なんとなく言い訳のようにも感じた。
ダルイって言ったよね?
サボりたいだけじゃないのか?
潜入する以上怪しまれるのは避けたかったが、ホームルームに遅れるのも、二時限目から参加するのも、どちらにせよ遅刻は遅刻だ。
私は犯人探しのためにも、校内は見ておきたかった。
「そうですね」と、頷く。
しかし残念だ。
仕事の潜入とは言え、初の高校に浮かれている自分もいた。
昨夜の夜も、黒板を前に自己紹介する姿を想像し、文面まで考えていた。
『初めまして、歌波と言います。蟹座のA型で趣味は読書です。本が好きな人がいたら、お勧めの作品を教えてください』
……本当に浮かれていたな。
反省。反省。
昨夜の事を思い出していると、「さっ、案内するっすよ」と、犬山が呼びかけてきた。
犬山は、目を細めまたにっと笑い、「いろいろ知りたいっすよね?」と、聞いてきた。
いろいろ。
自己紹介なんて私には必要なかったのだ。
その言葉で浮かれたいた気持が、消え去った。
自己紹介なんか必要ない。だって一人は確実にいなくなるのだから。
私は殺し屋のパートナー。
ターゲットを探し出し、刑に伝える。
必用なのは、別れの言葉だけ。
さあ仕事の始まりだ。
私は、「行きましょう」と返事をした。




