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波原刑と私の関係  作者: 也麻田麻也
第2章 十鳥日向子と依頼
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第22話

 私と同じくらいの身長の少女が、そこに立っていた。


「どもども。歌波エリちゃんっすよね?」

 少女は、体育会系のスポーツマンのように語尾にスを付け言った。


 余りにも近い距離で話しかけられた私だったが、距離以上に気になる一言がさわっと鼓膜をゆすった。


 ……歌波エリ……。


 なるほど。


 私の名前を知っているという事は、「NESTの方ですね」と聞く。


 少女はこの学園の生徒としては珍しく、髪を金色に染めていた。

 髪の色も目を引くが、前髪を斜めに切りそろえた、アシンメトリーのショートカットも、異彩を放っていた。

 スカートの丈も私よりも短かそうだが、明らかにオーバーサイズのカーディガンを着ていて、裾のほとんどが隠され、一見履いていないように見えた。

 袖丈も長すぎて、指先まで隠れていた。


 脱いだブレザーはカバンにかけられている。

 これはお洒落なのか?


 お洒落かどうかは私には分からないが、良家のお嬢様でない事は一目瞭然だった。


 NESTの人間か聞いた私に、アシンメトリーの少女は、「そうっすよ」と、また体育会系の話し方で答えた。


「聞いていたより可愛い女の子で安心したっす。ゴリラみたいな容姿の人だったらどうしようかと思って、昨日は眠れないくらいだったっすからね」と、クマなど出来たことが、人生で一度もないような血色のいい顔を私に向け言った。


 眠れなかったというのは嘘だろう。


「どんな人とも仲良くがモットーッすけれど、やっぱり美少女美少年と仲良くしたほうが、いいっすもんね。あっ、髪止め可愛いっすね、どこで買ったんすか?」と早口で語ると、「自己紹介がまだっすね」と質問の答えを待つことなく言い、姿勢を正した。


 ちなみに会話のスピードに圧倒され、私は何も話せずにいた。


 会話のキャッチボールができないよ。


「今回、エリちゃんの案内役に任命された、犬山明日葉(いぬやまあすは)。ワンちゃんって呼んでください」


 犬山明日葉は敬礼するとにっと笑った。


 犬山と言う苗字らしいが、小柄ながらやや長めの手足と、細身の身体、そして力強い猫目が相まってか、犬と言うよりは、猫に近い気がした。


 さすがに初対面なので『犬山じゃなく、猫山が似合っている』とは言わずに、「犬山さんですね。よろしくお願いいたします」と、返事をした。


「ワンちゃんて呼んでくださいよ。うちはエリちんって呼ぶっすから」


「えっ……」

 ワンちゃんと呼ぶのも、エリちんと呼ばれるのも、気恥ずかしかった。

「……」


 返答に困っていると、犬山明日葉は、「あっ、ワンちゃんって言うのは、犬山の犬からとったんすよ」と、補足してきた。


 そのくらいわかります。


「ワンちゃんが嫌なら、いぬっちとか、あすっちとか言う呼び方もお勧めっすよ」


「……普通に苗字にさん付けじゃダメでしょうか?」

 犬山の提案した呼び方は拒否し、普通の呼び方を提案してみた。


「えー。でもこれから友達になるんすから、他人行儀過ぎっすよ」


 別に友達になるわけじゃない。

 これからは殺し屋――私は殺し屋のパートナーだが――と協力者の関係になるだけだ。


 その事を言おうとすると、「ワンちゃんといぬっちのどっちにするっすか?」と、顔を近づけ聞いてくる。

 猫目が爛々と輝いているのがわかった。


「えっと……ワンちゃんで……」

 勢いに圧倒され答えてしまった。


「了解っす。これからは、ワンちゃんエリちんって呼び合うっす」


 いつの間にかエリちんも決定していた。

 そして呼び名もワンちゃんに決ってしまった。


 呼べるかな……。


 日向子さんに響さん、そして犬山といい、この世界にはまともな人はいないのかな。


 思わずため息を吐きそうになる。


 するとその時、校舎からキーんコーンカーンコーンと、チャイムが鳴り響いた。


「あちゃー。これホームルーム開始のチャイムっすよ。また遅刻っすね」


 潜入初日から、遅刻が決定してしまった。

 幸先が悪いな……。

 気づくと辺りに他の生徒の姿はなく、私と犬山の二人だけが佇んでいた。


 遅刻したというのに、犬山に焦った様子はなかった。

 またと言っていたところかも分かるが、どうやら遅刻の常習犯らしい。


「急がないと不味いんじゃないですか?」

 私の問いに犬山は始めて真面目な表情を作り腕組して考え始めた。

 

 表情とは裏腹に、長すぎるカーディガンの袖がだらりと垂れ、滑稽だった。


「そうっすね……一時限目は確か……数学……ダルいっすね……。よしエリちん、ホームルームと一限目を学校案内の時間にするっすよ」


「えっ……良いんですか?」


「いいっすよ」と言うと、顔を近づけ耳元で、「犯人探しのためにも、校内を見て周ることも必要っすよ」と言った。


 一理あるとは思ったが、なんとなく言い訳のようにも感じた。


 ダルイって言ったよね?

 サボりたいだけじゃないのか?


 潜入する以上怪しまれるのは避けたかったが、ホームルームに遅れるのも、二時限目から参加するのも、どちらにせよ遅刻は遅刻だ。

 私は犯人探しのためにも、校内は見ておきたかった。


「そうですね」と、頷く。


 しかし残念だ。

 仕事の潜入とは言え、初の高校に浮かれている自分もいた。

 昨夜の夜も、黒板を前に自己紹介する姿を想像し、文面まで考えていた。


『初めまして、歌波と言います。蟹座のA型で趣味は読書です。本が好きな人がいたら、お勧めの作品を教えてください』


 ……本当に浮かれていたな。

 反省。反省。


 昨夜の事を思い出していると、「さっ、案内するっすよ」と、犬山が呼びかけてきた。


 犬山は、目を細めまたにっと笑い、「いろいろ知りたいっすよね?」と、聞いてきた。


 いろいろ。


 自己紹介なんて私には必要なかったのだ。


 その言葉で浮かれたいた気持が、消え去った。


 自己紹介なんか必要ない。だって一人は確実にいなくなるのだから。


 私は殺し屋のパートナー。


 ターゲットを探し出し、刑に伝える。


 必用なのは、別れの言葉だけ。


 さあ仕事の始まりだ。


 私は、「行きましょう」と返事をした。

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