第20話
「あっ、バリソン社のナイフだね」
一目見ただけで、ナイフの会社名を上げた。
「はい。ここのナイフが、重さや切れ味も私にあっている気がしまして、今回は持参しました」
私は刑のパートナーであり、頭脳労働担当ではあるが、時には身の危険が迫ることもあり、武装は常にしていた。
今回持ってきたのは、この二本だが、家には他にも何本ものナイフが置かれている。
「いいナイフを使うより、自分にあったナイフを使うほうが、いい結果をもたらすもんね。このナイフなら、オッケーオッケー」と、親指と人差し指をくっつけ、オーケーサインを私に送った。
「このナイフならと言う事は、ダメなナイフもあるんですか?」
「あるんだよねー。応法学園は、銃火器以外の武器の持ち込みは概ね許可されているんだって」
「概ねと言いますと?」
「日本刀や青龍刀とか薙刀かな? ナイフなら、ブッチャーナイフとかククリナイフみたいな、カバンに入らないようなナイフもダメだね」
ブッチャーナイフとは鉈のような形状の、肉を卸すためのナイフである。
ククリナイフはネパールなどで使われる戦闘用の短刀で、ブレードの中心から湾曲しているナイフである。
両者とも大きさ的に、バックに入れるのは難しそうだ。
「生徒の大半は応法学園を、お金持ちの通う進学校だと思っている、お坊ちゃんお嬢様だから、大っぴらに武器を持って学園に入るわけには行かないんだよね。ばれない大きさの武器なら、校則違反にならないから、そのナイフなら問題なしだよ」
まぁ普通の学校なら、日本刀や青龍刀どころか、私が持っているようなバタフライナイフでも校則違反になるだろうな。
校則違反と言うより、法律違反かな。
「大振りの刃物がダメなのは分かりましたけれど、拳銃ならバックに隠し持っていけるんじゃないですか?」
素朴な疑問を口にする。
「簡単なことだよ。一般生徒にばれないけれど、銃を持ち込んで撃ち合いになんかなったら、いくら組織の護衛がついているとは言え、死人が出ちゃうでしょ。それが起きないように、銃の持込は硬く禁じられているんだよ。破ったものは、一族郎党抹殺らしいから、まず破るやつはいないだろうねー」
弾む様声で、不穏な事を口に出したが、私はホッとし、「少し安心しました」と、言った。
「エリちゃんは、銃嫌いだもんねー。あんなの射線に入らなければ恐くないのにね」
日向子さんは、指を銃の形に折り、私に向ける。
「まあ、もし射線に入っても、撃とうと決めて引き金が引かれるまでのタイムラグが生じるから、避けるのは簡単だよ。エリちゃんでも出来るんじゃないかな?」
響さんは微笑を浮かべ言ってくるが、わたしには避けるイメージは湧かなかった。
銃を向けられれば、銃弾にあたるイメージだけが湧いてくる。
頭蓋を銃弾が砕くところを想像し、頭がズキッと痛んだ。
その間にも日向子さんと響さんは化け物トークを繰り広げられた。
裏の世界の中でも、殺しの世界では、銃よりも、ナイフの方が怖いと言われていた。銃に頼るのはアマチュアの証拠らしい。理由は日向子さんと、響さんが言っている通りらしいが、素人に毛の生えた程度の技量の私では、銃は恐ろしい武器だった。
またズキリと頭が痛み、米神を手で押さえ、日向子さんたちの話に耳を傾けると、二人で銃トークを続けていた。
コルトは窓際で避けると破片が飛び散って危ないや、止まっているときのライフル射撃は危険だったや、至近距離の散弾銃は避けるのが一苦労など言っていた。
正直二人が生きていることに戦慄した。
私なら洩れなく全てのシチュエーションで死んでいるよ……。
普通死ぬでしょ。
「はぁ」と、ため息を着き、腕時計に視線を移す。
七時四十分か。
「あの、そろそろ学園に向わなければならない時間なんですが……」
ここから応法学園までは二十分程度かかる。そろそろ向わねば、潜入初日――転校初日――から遅刻になりそうだ。
「えっ、もうそんな時間なの? 八時にNESTの子が学園の入り口で、エリちゃんを迎えるはずだから、もう行かなきゃだねー」
組織の子が待っていると言うのは、初耳だった。それならもう出ないと、待たせることになりそうだ。
私は慌てて、カバンに私物――と言っても、ナイフと携帯と財布くらいしかないが――を移し変える。
「着替えた服とか、リュックは私が預かっておくから、置いておいていいよ」と、日向子さんは、私を強調して言った。
響さんではなく、日向子さんが預かってくれるのは助かった。
「七つ道具の説明は出来ていないけど、メモ紙もあるから、安心して使ってね」
バレッタを指差しながら日向子さんはにっと笑った。
その笑みは何かを企んでいるような、悪戯を仕掛けた子供のような笑みだった。
「……」
返事をせずに、その真意を見極めたく、私は日向子さんの瞳を見つめた。
「……」
……ダメだ。私程度じゃ、日向子さんの心を読めそうになかった。
「エリちゃんどうしたのかな?」
目は口ほどにものを言うというが、日向子さんの目は饒舌ではあるが、知らない外国語で話しているようで、私には何を語っているのか分からなかった。
「……いいえ」
なにか裏がある。
それだけは分かった。
応法学園にはなにかある。
また、この依頼を受けた事を後悔した。
けれど、受けたからには、依頼を完遂しなければならない。
私は覚悟を決め、「行ってきます」と、二人に頭を下げた。
昨日と同様に手を振っているかもしれないが、私は振り返らなかった。
別れの挨拶はしたくない。
私は帰ってくるのだから。
刑と二人で。
決意を目に宿し、喫茶雛鳥を後にした。




