第19話
中は狭く、壁沿いには棚が設置されていて、その中には、コーヒーの豆の袋や、サイドメニュー用の缶詰、日向子さん用の缶コーヒーのストック等が置かれていた。
等と言ったのは、喫茶店業には使わない、大量のナイフや、拳銃、銃弾も置かれているからだ。
喫茶店で使用する物品よりも、殺し屋家業で使われる、ナイフや銃弾の方が棚を占有していた。
このバックヤードに入るのは初めてだったので、思わず辺りをキョロキョロ見回してしまう。
そこで私はナイフの列に置かれた、一つの白い木箱に視線が止まった。ダンボールなども棚に置かれていたが、木箱はこの一つだけであった。
「なんだろう……」と、呟き手を伸ばしてみる。
木箱に指先が触れる。
肌寒いバックヤードに置かれていた為か、箱はひんやりと冷たかった。
両手で掴み、箱を下ろそうとしたとき、「殺すっていただろうが」と、日向子さんの怒鳴り声が聞えた。
「……ッ!」
どうやら響さんが覗こうとしたみたいだ。
私は慌てて、箱を戻し、制服を掴み取る。
早く着替えないと、覗かれるか、響さんの死と言う結末を迎えそうだった。
「急がなきゃ」と、着替えをし始める。
中学校の途中で、この世界に飛び込んできていたので、制服は久しぶりだった。
上着を脱ぎ、懐かしい気持で、白シャツに着替え、ブレザーを羽織る。
サイズはぴったりだった。
袖丈も、肩幅も、何から何まで採寸したかのようにぴったりだった。
「……」
なぜピッタリなんだ?
響さんが用意したといっていたが、私は響さんにサイズは教えていないし、そもそも自分でも知らない。採寸などしたことないのだから。
「……」
考え出すと恐そうだったので、私は考えるのを止めた。
上を着終えた私は、黒のパンツ――この場合のパンツはズボンのことだ――を勢いよく脱ぎ、急いでスカートに手を伸ばす。
「……えっ?」っと、思わず声がでた。
これを履くのか……。
手に取ったスカートの丈は短く、履いてみたら太ももが露になる長さだった。
今時の高校生は、こんな短いものを履いて歩いているのか?
普段パンツスタイルの私としては、未知の領域だった。
履くのが恥ずかしかったが、これを履かねば潜入することもできない。
「……よし」
意を決して履いてみる。
「……ッ!」
丈は膝上十センチほどで、露になった太ももがスースーした。
今時の高校生は、こんな短いものを履いて歩いているのか!
恥ずかしさのあまり、思わず顔を手で覆ってしまう。いや、覆うなら顔ではなくこの太ももか……。
すると、コンコンと扉がノックされた。
「おーい。着替えは終ったかな? そろそろ響くん死んじゃうよー」
私の知らないところで、日向子さんと響さんの死闘が繰り広げられていたらしい。
「あっ、今終るので、待っててください!」
私は慌てて、靴下を履き替え、ローファーを履き、リボンをつける。
リボンの付け方は分からなかったが、この学園の制服は、ワンタッチで取り外しできる物だったので、簡単に付けられた。
最後に紙袋の下に置かれた、バレッタを手に取る。
「うん?」
バレッタには紙が挟められていた。
その紙には『七つ道具その三』と、書かれていた。
制服を七つ道具の一といっていたが、この様子だと七までありそうだった。
バレッタを手に取り、眺めて見る。
「あれっ、これって……」
眺めて見るまで気づかなかったが、このバレッタには秘密があった。
七つ道具と言うのも、あながち本当かもしれない。
私は備え付けられた鏡を見ながらサイドの髪を止め、髪形を整えると、脱ぎ散らかした服と靴を紙袋に乱雑にしまう。
扉の前に立ち、チラリとスカートを見る。
やっぱり短いな……。
響さんにセクハラ発言されるのを覚悟し、扉に手を伸ばす。
フーッと息を吐き出し、意を決して、店内に戻る。
カウンターを抜けると、日向子さん、響さん二人の視線が来る。
顔が、かぁーっと赤くなる。コスプレをした様な気恥ずかしさを堪え――コスプレをしたことはないが、きっとこんな感じだろう――ゆっくりと二人に近づいていく。
「おぉー」っと、日向子さんから歓声が上がる。
「似合っているよ」と、携帯電話のカメラを私に向け響さんが言う。
「撮らないで下さい!」
スカートの裾を引っ張り、少しでも太ももを隠そうとしながら怒鳴ると、響さんは、「JK記念なのに勿体無いな」と、渋々携帯をしまう。
JKって言うな。おっさんか。
私が怪訝な目を向けると、響さんは私を下から上に舐めるように見ると、「あっ!」っと、声を出した。
何か可笑しなところがあったんだろうか?
「エリちゃんダメだよ。シャツのボタンは上二つは外して、リボンを緩ませるのは常識だよ」
そんな常識聞いたことはないぞ。
それに、「二つも開けたら、胸元が露になるじゃないですか!」と、拒否すると、「あはは」と響さんは笑った。
「エリちゃんには露になる胸なんてないじゃ――」
「それ以上喋らないでください」
胸を両手で隠し、響さんを睨みつける。
胸がないわけない。胸は……多少はある……。
うん……多少は……ね。
あれっ? なんだか泣きそうだ。
「まぁまぁ」と、ここで日向子さんが仲裁に入ってくれた。
同じ女として、私を庇ってくれるんだろうか?
そう思っていると、思いも依らない言葉を発した。
「女子高生に関しては、響くんが一番詳しいだろうし、潜入するためにも、参考にしたほうがいいよ。エリちゃんだって、潜入がばれたら困るでしょ?」
潜入がばれるのは、一番避けたいことだった。
私は渋々、リボンを緩め、ボタンを二つ開ける。
そもそも女子高生に詳しい三十代ってどうなんだ?
通報レベルのものではないのか?
「うんばっちり。これで応法学園の御坊ちゃん、お嬢様の中に入っても、違和感ないね」
「本当に大丈夫ですか? 変じゃないですか?」
響さんは無視し、日向子さんに視線を送り聞く。
「うん。問題なしだよ。その格好にこの七つ道具その二を合わせれば、ばっちりだね」
いつの間に持ってきていたのか、後ろの椅子に置かれていた、茶色のバックを取り出した。
それは皮製の薄い通学カバンだった。
「指定のカバンがあるんですね」
カバンの中を見て見ると、お弁当箱らしき袋と、ノートとペンが入っていた。用意周到だった。
「そうなんだよ。安全のためとは言え、その厚さじゃ、入るお弁当箱を探すのも、一苦労だったよ」
指定カバンがある理由として、安全のためと言う理由の意味が分からず、「安全と言うと」と、質問をする。
「この大きさなら、持ち込める武器もある程度限られるでしょ?」
カバンをもう一度見て見る。大きさはA4ノートが入るくらいで、厚さは十センチないくらいだろう。
「因みにエリちゃんは、武器は何を準備してきたかな?」
椅子に置いておいたリュックを手に取り、中から二本のナイフを取り出した。
「初歩の斬術くらいしか使えないので、持ってきているのはこの二本だけですね」
私はグリップまでシルバーに染め上げられた、バタフライナイフを日向子さんに見やすいように掲げた。




