後編
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「なんだ!?」
部屋を掃除させ、綺麗になった執務室で優雅にお茶を楽しんでいたリュスクに突然虚脱感が襲った。
今まで感じたことのない、なんと表現したらよいかわからないが自分から何かが抜け落ちたような気がした。
何か、恐ろしいことが起ころうとしている。
瞬時に危機を感じたリュスクはすぐさま念でエリックを呼び戻そうとした。
「! なぜだ!」
おかしい、今まで念を飛ばせないなど一度としてなかった。
エリックに何かあったのだろうか?
いや、あんな出来損ない女官を連れて行っただけでエリックに何かが起こるわけがない。
まさか…リディーヌ絡みか?
だがあんな魔力をもたない出来損ないに何か出来るはずもない。
となると、他国が攻めてきたとしか考えられない。
魔力も持たぬ貧弱な国のくせに魔力の国エルン王国に攻め入るなどいい度胸をしている。
私はすぐさま父である王に会うため部屋を出た。
衛兵たちも何か感じたようだ。王太子が執務室から出てきたというのに敬礼ひとつせず茫然と自身の手を眺めている。
こんなやつらに構っている時間はない。
とにかく早く王と会い対策をとらねばならない。
確か誰かに会う予定があると言っていた、ならば謁見の間にいるはずだ。
競歩から速足に、最後はいつのまにか走り出していた。
何か悪い予感が背後からズルズルと追いかけてくる気配がするのだ。
謁見の間のドアが見えた。
だがおかしい?ドアの前には必ず衛兵が二人以上いるはずだ。
なのに今は一人もいない。
誰か客がいたとしても今は緊急事態だ。
リュスクは躊躇なくドアを勢いよく開け放った。
バーン!!
大きな音と共に開いたドアの先には、普段の豪華絢爛で格式ある謁見の間ではなく王、王妃、第二王子に王女二人、宰相、近衛騎士と女官が数名が縄をうたれ、頭を垂れている。
そして膝をつき、がっくりと項垂れている王の隣には近隣の国ルマノの国章をつけた騎士が幾人も立ち鋭い目つきで睨み付けているではないか。
「何事だ!」
ルマノは魔力も使えない貧弱国家だ。
あまりに可哀想だから我が国の出来損ないを売りつけてやったのにもかかわらず恩知らずも甚だしい。
リュスクはズカズカと王へ向かって歩いていく。
「捕らえよ」
「な、なにをする!私を誰かわかっての狼藉か!!」
王のすぐ隣に立っている騎士が言い放つとリュスクはあっという間にルマノの騎士で囲まれ、縄を打たれ跪かされた。魔力が使えることに慢心していたリュスクは剣や武術などほとんどやってこなかった為、鍛え抜かれた騎士にあらがう術を何一つ持っていなかった。
「そなた、わかっているぞ。ルマノの者だろう。こんなことをしてただで済むと思っているのか!ここは魔力の国だぞ。魔力の使えないお前らなどすぐに片づけてやる」
「エルン王国リュスク王太子ですね。私はルマノ王国の騎士団長クリントと申します。この状況を見ていただければわかるとは思いますがエルン王国はすでにルマノの手で制圧いたしました」
「何を馬鹿なことを。エルンがルマノごときにやられるわけがないだろう。いますぐこの縄をとけ。王たちの縄もとくのだ。今すぐ!」
「わかっていただけなくて残念です。ライル」
クリントが名を呼ぶとリュスクを囲っていた騎士の中の一人が動き、リュスクが何か言葉を発する前に首の後ろに手刀を落とした。
そのままリュスクは頭から石の床に崩れ落ちた。
「さて、これでここにはこの国の責任ある立場の方たちが全員そろったかと思います。あぁ、地方貴族はおって捕まえますのでご安心ください」
跪かされた豪華な服に身を包んだ愚か者たちをクリントは冷めた目で見下ろしていた。
先程、地下牢もみてきたがあんなところに娘を妹を閉じこめておいて平気でのうのうと暮らせる神経が信じられなかった。
そこで出会った騎士はなかなか強かったが、総じてこの国のものは魔力に頼り過ぎている。
どうしても鍛え方が甘くなるのかクリントの敵ではなかった。
「遅くなってすまない」
開け放たれたドアからまた一人の男が入ってきた。
部屋にいたルマノの騎士が一斉に臣下の礼をとる。
その中で一人クリントが口を開いた。
「アレク王太子、その様子ではうまくいったのですね」
「あぁ、おかげさまでね。ところでクリント、そこで横になっているのはもしかしてエルンの王太子かな」
「その通りです。少々話が通じなかったものですから面倒なことになる前にお休みいただきました」
「まぁ、彼の罪状の読み上げの時だけ起こせばいいな。さて、エルン王国の皆さまお久しぶりです」
アレクは跪くエルン王国の皆を見渡した。
ルマノの王族としてエルン王国には何度と来たことがある。
慇懃無礼なもてなししか覚えがないが、今目の前で項垂れている彼らからはあの時の傲慢な態度などすっかり消え失せていた。
王妃に第二王子、第一王女…、リディーヌによく似ている。
今はやせ細ってしまっているがもっと健康的に成長していれば第一王女によく似ていただろう。
だが、よくみれば中から染み出てくるものがリディーヌと決定的に違っていた。
エルンの者たちからは魔力を持たぬもの、自分より地位が低い者を見下す負のオーラが染み出し、顔に現れている。
それは時に残虐に人の命を命と思わない黒さがあった。
「すでに知っているとは思いますがルマノ王国王太子、アレクと申します。ルマノ王国アーウェル王の代理として、ここで罪人に処罰を下します」
「まて。一体なにが起こったのかくらい話してもいいのではないか。いきなり襲ってきたかと思ったらいきなり罪人だ処罰だなど、我らが一体何をしたというのだ」
ずっと何も言わずに静かにしていたのですっかり諦めたのかと思っていたのだが、エルンの王が吠えるのように口を挟んできた。
「そうですね。それは今から罪状と共にお伝えします」
特に気にした風でもなく淡々とアレクが答える。
「エルン王国の国を正しく導く立場の人間としてあなたたちは非道なことを行い続けてきていました。魔力を使えない多くの年端もいかぬ子供を奴隷として他国に売り、さらには娘であり妹でもあるリディーヌ王女を監禁し餓死させようとした罪、許せるものではありません」
「魔力が使えないものなど生かしておく価値もないだろう。そんなゴミに生きる道を与えたんだ。感謝されることはあっても恨まれることなどない!」
「そうですわ、それに王家からゴミが生まれたなどこの国の根幹を揺るがしかねません。殺さなかっただけ感謝してほしいくらいです」
王と王妃がアレクに食って掛かる。
あんまりな言い分にアレクはもはや温情をかける気もなくしていた。
リディーヌは彼らの実の子供ではないか。それなのに“魔力がない”ただそれだけでこんなに無慈悲になれるものなのだろうか。
アレクにはわからなかった。
「そうですか。では魔力がないものは生きる価値がないと言うのですね」
ため息とともにアレクが王たちに問う。
「当たり前だ。そうだろうお前たち」
エルンの王が王妃たちに同意を求めるとなぜか王の言葉に力を得たのか王妃に王女、宰相までが力強くうなづく。
「そうですか。わかりました。ではあなたたちが納得する処罰を下しましょう」
「エルンの騎士一同、女官侍女一同、身分を最下層に落としたのち別々に辺境の地へ送る。作物がなかなか実らない過酷な地だが魔力を使えないものはそれくらい苦労しないとダメなのだろう?連れていけ」
言い終えると数名のルマノの騎士が近衛騎士数名と女官数名をひったて部屋から連れ出した。
アレクの言葉にようやくエルンの王が気付いたらしい。
どこまで鈍感だったのだろうか、この王は。
「ま、まさか、お前たち、我々に、このエルンの地に何をした!答えろ!!」
「はぁ、ようやく気付いていただけましたか?他のものは気付いていたようですがエルンの王はなかなか現実を見てくれないようでどう伝えようかと思いましたよ」
「ええい!黙れ!私の問いにだけ答えればいいのだ!答えろ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るエルン王にアレクの心はドンドン冷めていく。
これがリディーヌの父だなんて…。
「私の答えなど聞かなくても試しに魔力を使ってみてはいかがですか?エルンの王ともなれば私など簡単に跪かせることも出来るでしょう」
心は極限まで冷めきったが表情に出さないようにアレクは気を付けた。
これはあくまで国として罪を与えているのだ。私情を混ぜ込んではいけない。
「うっ! くそ! なぜだ! なぜ魔力が使えないんだ」
エルン王がようやく現実を理解したようだ。
あんなに忌み嫌い差別し続けてきた魔力が使えない“ゴミ”にまさに今自分たちがなっているのだ。
「あなたが使いたい魔力とは、こんなものですかね」
ライルの手刀で気を失って倒れていたリュスクを浮き上がらせると悔しがるエルン王の目の前に投げ出した。
その衝撃でリュスクが目を覚ましたらしい。起き上がると頭を抑えている。最初の崩れ落ちた時の衝撃か今投げ出された衝撃で頭が痛いのだろう。
「お、お前、なぜ魔力を!エルンのもの以外魔力は使えないはず」
「誰がそんなこと言ったのでしょうかね。我々は昔から魔力を使っていましたよ?ただし、それを表立ってだしはしませんでしたがね」
「うっ!騙したな!!」
「何をおっしゃっているのかわかりませんね。私はあなたを騙すようなことはした覚えはありませんよ」
「黙れ!小僧が!!」
これ以上話していても時間の無駄だ。
アレクはクリントに目で合図を送るとクリントはエルン王の口に布でさるぐつわを噛ませた。
「-! --!!」
取れとか何か言っているのだろうがアレクは無視する。
「宰相、あなたは本来王に進言せねばならない立場のはずだ。こんな人の道を外れたこと、止める立場であったはずなのにあなたは率先して子供たち売った。しかもその中にはわずかに魔力をもつ子供もいましたね。自分の利益になるならと、一時魔力が使えなくなる薬を使い魔力が使えないものとして売り払い、その上前をはねていた。その罪は重い。よって宰相あなたは斬首の刑に処する。そしてそれはここにいるエルン王の罪状が言い渡されたのち速やかに実行される」
宰相が崩れ落ちる。
暴れださないのはアレクが魔力を使えるとわかっているからだろう。
魔力が使えるもの、自分より強い魔力を持つ者には逆らわない。
こんな歪んだものにとらわれているが故に死が目の前に迫っているのに暴れもしない。
「エルン王国第一王女、および第二王女、あなたたちは王女という立場でありながら子供たちが売られる現状をしりつつも黙認していた。本来ならば止めねばならない立場のはずである。故に二人には修道院にて生涯軟禁、ただし何か怪しい行動をとるようならすぐさま辺境の地にて牢に生涯幽閉とする。それは今速やかに実行される」
アレクが言い終えると第一王女と第二王女の後ろに控えていたルマノの騎士たちが二人を曳き立てあっという間に部屋を後にした。
二人はこのままここからかなり離れたルマノでも奥地にある修道院に送られる。
「エルン王国の王、および王妃、そして王太子、あなたたちは国のトップとして民を慈しみ導かなければならない立場のものたちが率先して年端もいかぬ子供たちを他国へ売り払った。また自分たちの娘であり妹であるリディーヌを地下牢に監禁し餓死させようとした。よって三人は斬首の刑に処す。これは今私が言い終えると共にすぐ実行される」
アレクが言い終えるとすぐに王、王妃、王太子、そして宰相がその場で後ろから騎士たちに肩を押さえつけられる。
「最後に言い残すことはありますか」
クリントがエルン王のさるぐつわを外すと王は外されるや直ぐにアレクに向かって怒鳴った。
「たかがルマノの小僧が!覚えておれ!!この恨み、たとえこの身が滅びようとも必ず子々孫々まで祟りつくしてやる」
わかっていたがアレクは悲しかった。
最後の最後くらい、この場にいない娘リディーヌがどうなっているのか聞いてほしかった。
そうすれば王太子としてやってはいけないかもしれないが命だけは助けたいと思った。
だが、アレクが温情をかける欠片さえもこの王には残っていなかったようだ。
「クリント」
その言葉が合図だった。
クリントが手を上げると四人の騎士の剣が彼らの首元めがけ振り落とされた。
謁見の間と呼ばれた部屋に静寂が広がる。
四人の遺体とルマノの騎士たち、そしてただ一人エルン王国第二王子リアム。
「…私への処罰はなんでしょうか?アレク王太子殿」
静かな落ち着いた声が静寂を破る。
「はい、リアム王子。あなたへの処罰は、この国の復興です」
「アレク王太子殿、それはおかしな話です。エルン王国はたった今滅びました。ここはすでにルマノの領地。復興もなにもありません。私も王や王妃、兄と同じように処罰してください」
「いいえ、リアム王子。あなたにはエルン王国を復興していただきます。私たちはエルンを滅ぼしたかったわけではない。魔力がないからと言って大切な家族を売り払う、それが許せなかった」
「なら、私も罪人です。売り払うことを止めることも、リディーヌを救うことも出来なかった」
「リアム王子、私が何も知らないと思っておいでですか?あなた様が救った子供たち、ルマノ以外に売られた子供たちの何人かを見つけ出し、密かにルマノに送っていましたね。ルマノが子供たちを奴隷ではなく保護していることを知っていた。そしてリディーヌがなんとかギリギリではありましたがここまで生きていられたのはあなた様が密かにリディーヌにパンなどを差し入れていたから」
「しかし、たったそれだけです。根本は何も正せなかった」
「だからです。だからこそあなた様にはこのエルン王国を復興させてほしいのです。根本となるこの地の魔力は全て無効化し消去いたしました。街のものたちも全て魔力を使えなくなっています。多くの者が魔力がなくなり混乱していることでしょう。魔力というものにとらわれず正しく国を導いてほしいのです。あなたなら出来るはずです。それがあなたへの処罰です。そしてあなたがエルン王国を正しく復興することが出来たなら、リディーヌに再び会うことも出来るでしょう」
“リディーヌ”という言葉にリアムがハッと反応する。
「アレク王太子殿、それは、それは一体! リディーヌは無事なのですか?」
やっとリディーヌの“家族”に会えたと感じた。
「はい。かなり衰弱しきっておりますが、意識もハッキリとしています。時間はかかるとは思いますが必ず健康を取り戻させることをお約束いたします」
「そうですか、リディーヌはアレク王太子殿のところに…。それはどこよりも安全ですね。私が言える立場ではないこと重々承知しておりますが、どうか妹をよろしくお願いいたします」
「はい、必ず」
*****
リアム王の元、エルン王国はゆっくりとだが復興していった。
人々の考えを変えるのは並大抵のことではない。
だが、根本となるもの魔力が消えたのだ。差別するものはなくなった。
だが人というものは差別を覚えるとなかなかその感情を捨てられない。
リアム王は新たな差別の元が生まれぬよう必死に頑張っていた。
もう二度と自国からリディーヌや売られていった子供たちのような人が出ることがないようにと。
あれから七年、ようやくエルン王国はルマノ王国に一国家として復興出来たと認められた。
国としてまだまだだが、リアム王の頑張りが国を大きく変えつつあった。
あの時のことはエルンの大改革と呼ばれ、その後生まれた子供たちもみな魔力をもっていない。
最初、親はかなり戸惑い扱いに困っているようだったがリアム王はルマノからカウンセラーを呼び講演会を幾度となく開いた。個別カウンセリングを行う施設も作った。
そしてリアム王自身もルマノ王国公爵の娘と結婚をし、子供をもうけた。
もちろん魔力をもたない子供である。そして子育てを公に伝えることによって徐々にではあるがエルン国民の考え方に変化をもたらしていった。
今日はエルン王国で盛大なパーティが開かれる。
ルマノ王国がエルン王国を認める儀式とその祝いの宴が開かれたのだ。
昔からのエルン貴族はほとんどいなくなった為、招待されているのは新興貴族とルマノ王国から招待した貴族たちが大半を占めていた。
祝いの宴の席でリアム王の隣にはルマノ王国公爵の娘であり現エルン王国王妃フェリシア、そしてその傍らには二人の子供、五才になるランス王子と三才のシェリル王女が仲良く微笑みながら並んで座っている。
そして今、貴賓席からそのリアム王一家をやさしく見守る瞳があった。
ルマノ王国アレク王とその隣でやわらかく微笑む一人の女性、王妃リディーヌが変わりつつあるエルン王国を暖かく見守っていた。
読んでいただきありがとうございました。