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うまし糧を得る為に

 小学生の頃、学校でウサギを飼っていた。

 あのフワフワとした毛皮、ひくひくと動く鼻、真っ赤な目。きゃあきゃあと騒ぐ私たち子供はきっとあの動物たちのストレスだっただろうな、と今では思うけれど、飼育小屋のウサギを眺めるのは好きだった。


 あの頃には考えた事もなかった、そのウサギを狩って食べるだなんて。

 今の私をあの頃の私が見たらトラウマになるほど叫んで泣くんだろうなぁ、とテレジアが仕留めたウサギを見ながら思う。


「うーん、絶好調ね」


 上機嫌でテレジアが笑う。何せこれで五匹目だ、それも丸々と太った上等のウサギが五匹。


「良い腕してるわよね、テレジアは」

「ふふん、まぁね! でも今日は葵ちゃんのお蔭かな」


 言いながら彼女は、いつの間にか獲ったらしい山鳥を食べる真っ黒いリンクス――葵と私が名付けた大猫を見つめた。

 そう、葵は猟犬よろしく狩りを手伝ってくれているのだ。丁度良い地点へ葵が獲物を追い立て、そこをテレジアが狙って射る。このお蔭で効率よく成果を挙げられた。



 うっちゃんに助けられた葵は、私の部屋で数日間安静にしたあと目を離した隙に居なくなっていた。てっきり生活を共にして養うものと考えていたが、そういうものでもないらしい。

 一部始終をルトロさんへ報告したところ、あんな生き物を養えるだなんて思うのは浅はかだよと窘められてしまった。ただ、もう無関係にはなれないという事だけは覚えておくようにとも言われた。


『仮にあのリンクスが村で何かを起こしたら、その矛先はエリーに向かう。そんなこと知らない、とお前は言ってはいけないよ』


 名付け、縁付けたのはお前からなのだから、とルトロさんは言っていた。


 その後、村長にも事情を話し、黒い大猫を見ても狩らないように頼んだ。君はよくよく不思議なものと知り合うねぇ、と村長さんは感心するような呆れるような事を言いながらも受け入れてくれた。


 部屋で最初に見た時は流石に怯えていたが、好奇心の強いテレジアのこと、安全とわかればあっさりと葵の存在に馴染んだ。部屋から葵が消えて私よりもがっかりしていたのが印象的だった。

 きっと森に行けば会えるだろう、という私の言葉に、それなら狩りに行くついでに葵の様子を見に行こうとテレジアに提案されたのが今日のことである。

 余談だがテレジアと違って私は狩猟の腕はド下手くそだ。今日も彼女に教わって少し射てみたが、射る力も命中精度も低い為まったく駄目だった。罠を覚える方がエリーには向いているわね、とテレジアには笑われてしまった。


「さて、と。それじゃ川へ行きましょう、さっさと血抜きしなくちゃ味が落ちちゃうわ」

「……うん、そうだね」

「まだ慣れない?」

「そういうわけじゃないけど」


 そう、狩った動物を肉として食べるためには捌かないといけないのだ。

 あの頃に学校で飼っていたものよりもずっと大きくて少しだけ荒っぽいこの動物は、それでも記憶の中の生き物と同じように可愛らしい姿をしている。だから、ほんのちょっと、苦手な、だけ。

 ずるい話だ。魚は普通に釣って捌く癖に、ウサギの肉はかわいそうで自分じゃ出来ないなんて言えない。

 手分けしてウサギを持って川辺へ行き、テレジアに借りている大きなナイフで腹を割いた。血の臭いに顔をしかめ……顔をしかめる程度で済むようになった自分に、随分と変わったものだと思う。最初に教わった時なんて、吐き気を堪えるのに必死だったというのに。


「葵ちゃーん、胃の腑食べるー?」


 二人で手早く処理を済ませ、まだ温かい臓腑を一箇所に集める。こうしておけば臭いに惹かれた肉食獣や猛禽類が食べるだろう。

 手洗いや後片付けをしながら、のほほんとした口ぶりでテレジアは葵に声を掛ける。その声に応じるように、葵はガツガツと食べだした。あら、いい食べっぷりだと呟くテレジアと、こういう時には壁を感じる。私は彼女ほど強くなれる気がしない。


「エリー」

「何?」

「あんまり無理して私に合わせなくっていいからね」

「でも、必要なことだから」


 実際のところ、彼女のように狩りまでする女性はこの村や地域でも稀だ。だから本当は、私が彼女と同じように出来る必要は、村で生きていく中ならば絶対的なことではない。


 けれど、私にとっては、この上なく必要なことだった。


 西暦二千年代の現代日本の街の中に住んでいた私にとって、肉というのはスーパーの精肉売り場に置いてあるトレーに入った加工済みの物だ。大きな牛や豚の屠殺も見たことがないし、鶏を絞めるのだって見たことがない。当たり前に生き物の肉を食べている癖に、殺生そのものへの忌避感は強いのだ。何も知らないから。

 けれどこの世界ではそんな甘ったれた事は言えない、言ってはいけない。だから私はテレジアに頼みこんだ、狩り方から血抜き、捌き方、すべて教えてほしいと。

 希薄になっている、命という糧を得ているのだという感覚を知るべきだと、思ったから。そうでもなきゃ、動物そのままの形を捌くことにすら怯えて出来そうになかったのだ、私には。生きていた姿を見て、命を奪う瞬間を見て、そうして得たものを余さず頂く為に捌く。原動力はきっと罪悪感、奪ったからには食べなくてはという気持ちでもなければナイフは握れなかった。


「葵のお蔭で時間かけずに狩れたし、早いけれど帰ろっか」

「そうね、これ以上増えても重たいだけだし」


 作業自体には慣れてしまったし、最初の頃ほど辛いと思うことは減ってきた。いずれはきっと、作業の手際や効率を考えるくらいには『普通のこと』になっていくのだろう。


「帰って、無駄なく美味しくいただきましょう」


 菜食主義にはなれない、進んで奪うくせに罪悪感をもつ傲慢な私は、こうして今日もうまし糧を得るのである。

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