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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第二章 広がる家
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ep.97 違う言葉


 真琴へ連絡したのは、前回と同じように自宅へ戻ってからだった。優也は、帰り際に何気なく「またな」と声を掛けた直後、リビングのスマートフォンへ『受領――確認』が表示されたことを、余計な解釈を加えずに送った。真琴がいない状態で起きたことなので、二人で見た記録としては扱えないし、映像も残っていない。前に「ほな、今日は帰るで」と言ったときには何も起きず、そのあと「またな」と言ったところで表示された――そこまで書いて送ると、しばらくして返事が届いた。


「次に似たことが起きても、“またな”に反応したとはまだ決めないでおきましょう。帰る動作や照明を落とした状態まで含めて条件になっていた可能性があります。ただ、記録には残しておきます」


 予想どおりの慎重な返事だったが、優也はそれを窮屈には感じなかった。むしろ最近は、その慎重さがあるからこそ安心して変化を見ていられる。意味の合う文字が出るたびに返事だと思い込めば、何でも都合よく会話に見えてしまう。それでも、発話者が違っても、言い回しを変えても、受領に近い内容を口にしたあとで同じ『受領――確認』が出るようになった事実まで薄める必要はない。今のところ二人が持っているのは、その間にある細い線だけだった。


          ◇


 次の休日、真琴がガレージへ来たのは昼前だった。優也は朝からACROSSの外回りを簡単に確認し、屋根側の設備を地上から見られる範囲だけ点検したあと、車内で冷蔵庫の整理をしていた。何か故障があったわけではなく、遠出する前に普段あまり触らない場所も見ておこうと思っただけで、今日は走らせる予定もない。


「おはようございます。今日は整備の日ですか?」


 玄関から顔を出した真琴に聞かれ、優也は冷蔵庫の奥から賞味期限の近い食品を取り出しながら首を振った。朝から見ていたのは故障箇所ではなく、普段後回しにしがちな細かな部分ばかりで、本人としては久しぶりにキャンピングカーらしい休日を過ごしている感覚のほうが強かった。


「整備ってほどちゃうよ。最近、乗るか《鑑定》見るかばっかりやったから、普通に車のこと見とこうと思って。冷蔵庫も奥に何入ってるか分からんようになってきたし」


「それは見たほうがいいですね。前に同じドレッシング二本買ってませんでした?」


「三本ある」


「増えてるじゃないですか」


 真琴が笑いながら上着を脱ぎ、キッチンへ来た。結局二人で冷蔵庫の中身を一度全部確認し、使いかけの調味料や飲み物を前へ出していくことになった。常温で置ける物は棚へ移し、期限の近い物は今日の昼と夕方に使えるようまとめる。特別な作業ではないが、こういう時間が増えたことで、ACROSSは少しずつ「乗るための車」だけではなく「二人で過ごす場所」になっていた。


 作業がひと段落したところで、優也は奥から見つけた未開封の蕎麦を持ち上げた。せっかく整理した直後なので、期限の近いものから使っていけば冷蔵庫の中も少しすっきりするし、昼食としても手間がかからない。


「昼これでええ? つゆもあるし、昨日買ったネギ持ってきてる」


「いいですよ。あと、この豆腐も今日使ったほうがいいです。冷奴にすればちょうどいいんじゃないですか?」


「分かってるなあ」


「前にも食べてたでしょう。私は見てますから」


 その言葉に、優也は一瞬だけスマートフォンのほうを見た。前回までなら「見てる」という言葉だけで何か起きないか気にしたかもしれないが、テーブルに置かれた画面は暗いままだった。真琴も同じことに気づいたらしく、優也の視線を追ったあと、小さく笑う。


「何でも反応するわけじゃないって、自分で言ってたでしょう」


「分かってる。今のはちょっと気になっただけや」


「そのくらいなら私も気になります。でも、出ないものを出そうとしないでくださいね」


「はい先生」


 昼食は蕎麦と冷奴、それに冷蔵庫へ残っていた小さな総菜だけで済ませた。食べながら話したのは次の旅行先のことや仕事のことが中心で、《鑑定》の話はほとんど出なかった。食後、真琴が洗い物をしている横で優也がテーブルを拭き、片付けが終わる頃には、さっきまで広げていた食品もすべて元の場所へ収まっていた。


          ◇


 午後は後部収納を見ることになった。自転車や工具、外で使う折りたたみ椅子などが入っている場所で、必要な物は取り出せるものの、使ったあとに「とりあえず」で戻した小物が奥へ寄っている。優也が後部ハッチを開け、真琴が車内側から収納の一覧を確認しながら、いらない物を増やさず位置だけ整えることにした。


「これ、外用の延長ケーブルと一緒でいい?」


 優也が聞くと、真琴はハッチの横まで来て、中を覗き込んだ。収納量そのものにはまだ余裕があるものの、重い物と頻繁に使う物の位置が噛み合っていないところがあり、二人は増設するより先に出し入れのしやすさを整えることにした。


「いいと思います。ただ、その工具箱の下に入れると毎回持ち上げることになるので、横のほうが使いやすそうです。あと、その袋は何ですか?」


「前に海行った時のタオル。洗って戻したまま忘れてた」


「じゃあ車内のリネン側へ持っていきましょう。外に置く必要ないです」


 優也が袋を渡すと、真琴はそれを抱えて車内へ戻った。二人の動きは自然で、どちらが何をするか細かく決めなくても作業が進む。以前なら、真琴は「手伝います」と一つずつ確認していたし、優也も「ええよ、座ってて」と遠慮していた。今は、重い物は優也が持ち、整理や記録は真琴が見るという役割が、話し合わなくても何となくできている。


 収納を閉めたあと、優也はガレージの床へ一度しゃがみ、タイヤの周囲を確認してから立ち上がった。


「今日はほんま何も起きんな」


 何気なく言った言葉に、真琴が少し笑った。何も起きないことを退屈だと感じるより、車として普通に使えている時間のほうを楽しめるようになったことは、優也自身にとっても以前とは少し違う感覚だった。


「起きないのが普通です。それに、今日はまだ一度も《鑑定》を使ってませんし、スマートフォンにも何も出てません。それで困ってないでしょう?」


「全然。むしろ久しぶりにちゃんと車のことやった気する」


「それなら今日は成功ですね」


 優也は「何の成功やねん」と笑いながら玄関へ向かった。車内へ戻ると、真琴が冷たい飲み物を二本出し、二人はリビングで少し休憩する。窓の外には午後の光が入り、ガレージの中に停めているため景色があるわけではないが、静かな車内で飲み物を飲んでいると、作業後の小さな満足感が残った。


「なあ真琴」


「はい」


「前回の“またな”の件、次に待機出たら何を見る?」


 優也が聞くと、真琴はすぐに答えず、ペットボトルをテーブルへ置いて少し考えた。前回までの記録を頭の中で順番に並べているらしく、すぐに次の実験案へ飛びつくのではなく、今ある結果だけで何がまだ分かっていないかを確かめてから口を開く。


「まだ質問はしません。前回までで、受領に関係する言葉へ同じ表示が出る可能性はかなり上がりました。でも、“違う内容の言葉なら違う表示になるのか”は分かっていません。もし全部『受領――確認』になるなら、私たちが思っているほど内容を細かく分けていない可能性もあります」


「逆に、違う言葉で違う表示出たら?」


「内容を区別している可能性がもう一段上がります。ただし、こちらが期待した表示になるとは限りませんし、出なかったから区別していないとも言い切れません。だから、自然に言える場面があれば一度だけ、というくらいでいいと思います」


「例えば“まだ帰らへん”とか?」


「そういうのはいいかもしれませんね。今までの“届いた”“見えた”とは意味の種類が違いますし、質問でもありません。ただ、その言葉を言うためだけに条件を作るのはやめましょう」


「了解。自然にそういう場面あったら、やな」


 そこで二人は話を終えた。次に何を言えばいいか考え続けるのではなく、そのままコーヒーを淹れ、優也は無線の問題集を開き、真琴はノートパソコンで少しだけ仕事をする。それぞれ別のことをしながら同じリビングにいる時間も、今では珍しくなくなった。


          ◇


 一時間ほど経ち、真琴が先に作業を終えた。優也は問題集の一問で引っかかり、解説を読んでも納得できず、スマートフォンへ後で西村に聞くためのメモを残している。


「終わりました」


「俺は全然終わらん。これ、説明読んだら余計分からんようになった」


「どこですか?」


「見ても分からんやろ」


「無線は分からないですけど、日本語なら読めます」


 真琴が隣へ座り、優也が指している解説を一緒に読む。専門的な内容そのものは真琴にも判断できなかったが、文章の条件を整理すると、優也が取り違えていた部分が一つ見つかった。


「ここ、“常に”じゃなくて、“この条件のとき”って書いてありますよ。前の文に掛かってるんじゃないですか?」


「……ほんまや。そこ分けて読んでたわ」


「内容は分からないですけど、文章としてはそう読めます」


「研究者、便利やな」


「そういう使い方しないでください」


 二人が笑ったところで、テーブルの端に置いていたスマートフォンの画面がゆっくり暗くなり、笑い声もそれに合わせるように自然と止まった。優也は端末へ手を伸ばさず、真琴も隣に座ったまま視線だけを向ける。触らず、呼び掛けず、何が出るのかを待っていると、数秒後に白い文字が一行だけ現れた。


『確認――待機』


 表示そのものは、これまでと同じだった。ただ、今は帰宅準備をしているわけでも受領を伝えた直後でもなく、優也は問題集を続け、真琴もまだ車内に残るつもりでいる。その状況の違いが、二人にはかえってはっきり見えていた。


 優也は時計を見る。夕方にはまだ早く、帰る準備をする時間でもない。真琴の仕事は終わったが、優也は問題集を続けるつもりで、夕食もここで簡単に済ませようと話していた。まさに、まだ終わらない状況だった。


 真琴も同じことを考えたらしく、画面から一度だけ視線を外して優也を見た。さっき話していた「違う内容なら違う表示になるのか」を、わざわざ条件を作らなくても確認できる場面が自然に来ている。


「さっき話してた場面に近いですね」


「まだ帰らへん、ってやつ?」


「はい。ただ、言うなら普通に言ってください。画面へ話し掛ける感じにしないで」


「分かった」


 優也は一度スマートフォンから視線を外し、開いたままの問題集へ目を落とした。無理に言葉を作るのではなく、今の状況をそのまま口にする。


「まあ、今日はまだ帰らへんで。これもうちょいやりたいし、晩飯もここで食べるつもりやから」


 言い終えても、すぐには何も起きなかった。真琴は画面を見続け、優也も問題集へ視線を落としたまま数秒待つ。やがて『確認――待機』の下へ細い線が現れ、ゆっくりと文字の形になっていく。


『継続――確認』


 二人ともすぐには声を出さなかった。これまで何度か見た『受領――確認』ではなく、そこに現れたのは初めて見る『継続――確認』であり、優也が口にした内容とも、今まさに二人が車内で過ごし続けている状態とも重なっている。


 優也が言ったのは、見えていることでも、受け取ったことでもなく、まだ帰らず、ここで過ごし続けるという内容だった。そして表示されたのは『継続――確認』。意味だけを見れば、あまりにも近い。


 数秒後、『確認――待機』が先に薄くなり、『継続――確認』だけが少し残ったあと、それも静かに消えた。真琴は反射的にノートへ手を伸ばすのではなく、まず優也を見て、今の言葉をもう一度繰り返さないよう確かめるような表情をした。


「今の発言、もう一回言わないでください」


「分かってる。俺も今は再現せんほうがええと思う」


「何て言ったか、覚えてます?」


「だいたい。“今日はまだ帰らへん、これもうちょいやりたい、晩飯もここで食べる”やったと思う」


「私もそう聞きました。表示は『継続――確認』。前の『受領――確認』とは違います」


 真琴はそこで初めてノートを開き、できるだけ言葉を変えずに優也の発話を書き取った。その横へ表示内容と時刻、発話前後の状況を記録し、しばらく考えてから最後に一行を加える。


『受領以外の内容に対し、異なる追加表示を確認』


 優也はその文字を覗き込み、いつものように少し先へ言いたくなる気持ちを抑えた。意味が近すぎるからこそ簡単に結論へ飛びたくなるが、発話と実際の状態が一致している以上、どちらを拾ったのかはまだ分けられない。


「これは、内容分けてる可能性かなり上がった?」


「はい。少なくとも今までで一番強い結果だと思います。ただ、“帰らない”という発話を理解して『継続』を返した、とまではまだ書きません。実際に私たちが作業を続けている状態を拾っただけかもしれないでしょう?」


「なるほど。俺が言うたから出たんやなくて、もともと継続中やったから出た可能性もある」


「そうです。今回の難しいところはそこです。言葉と実際の状態が一致しているので、どちらに反応したのか分けられません。でも、今までずっと受領関係で『受領――確認』しか出ていなかったところに、初めて別の表示が出た。それ自体は大きいです」


「ほな、今日は追わん?」


「追いません。むしろ、このまま本当に継続しましょう。優也さんは問題集、私はもう少し資料を整理します。言った内容と行動が一致している状態を、そのまま続けたほうが自然です」


「了解。せっかく『継続』って出たのに、すぐ終わったら変やもんな」


「そういう意味で合わせるわけじゃないです。ただ、元々その予定だったでしょう?」


「はいはい、分かってる」


 二人は笑ったが、さっきまでとは少しだけ空気が違っていた。『受領――確認』が初めて出たときも驚いたが、あれは共有の延長として考えることができた。今回は、まったく別の意味に見える表示が出た。こちらの言葉を内容ごとに分けている可能性が、初めて形を持って見えた瞬間だった。


          ◇


 その後、二人は本当に何も試さなかった。優也は問題集へ戻り、真琴は作業を再開する。途中でコーヒーを淹れ直し、夕方になると冷蔵庫に残っていた豚肉と野菜で簡単な炒め物を作った。昼に整理したばかりなので材料はすぐ見つかり、真琴が味噌汁を用意している横で、優也がフライパンを振る。


「今日の『継続』、飯食ってる今も継続中なんかな」


 優也が何気なく言うと、真琴は味噌汁の火を弱めながら苦笑した。気になるのは彼女も同じらしいが、料理をしている最中まで表示の意味を追い始めれば、普通に過ごすための時間まで全部観察になってしまう。


「その話をしながら何か出るか待つのはやめましょう。今は普通にご飯を作ってください」


「待ってへんって。ただ、表示の言葉が妙にそのままやったから気になるだけ」


「私も気になります。でも、だからこそ今は増やさないほうがいいです。同じ日に何個も条件を重ねたら、あとで整理できなくなります」


「分かってる。今日はこれ以上なし」


 優也は素直に頷き、火を止めた。これ以上確認しないという約束も、以前のように我慢しているというより、今は一つの結果を一つのまま残しておくために必要な手順として受け入れられていた。


 食事を始めると、話題は自然に別のものへ移った。最近の仕事、次に必要になりそうな車内用品、冬になる前に寝具を少し厚くするかどうか。真琴が「予備室用の毛布も一枚増やしたほうがいいかもしれません」と言うと、優也は「真琴が寒い言うなら買う」と即答し、「私だけじゃなくてゲスト用です」と訂正される。そうした何でもない会話をしているうちに、さっきの緊張は少しずつ日常の中へ溶けていった。


 食後、真琴はノートをもう一度開き、『継続――確認』と書かれた行を見ながらしばらく考えていた。受領とは明らかに違う言葉が出た以上、次に自然な比較ができるとすれば、同じ一日の中でも意味が反対になる場面だった。


「何か気になる?」


 優也が聞くと、真琴はノートを少し彼のほうへ向けた。書かれている条件を見れば、今の「継続」と対になる状況はわざわざ作らなくても、このあと帰宅準備をすれば自然に訪れる。


「もし、今日の表示が本当に発話内容と関係しているなら、次に重要なのは“反対の内容”かもしれません。継続に対して終了。ただし、それを確かめるために今すぐ『もう終わる』と言うつもりはありません。帰るときは本当に帰るので、その時に自然に言うなら記録として意味があります」


「なるほど。言葉だけ終わるって言って居座ったら、条件ぐちゃぐちゃやもんな」


「そうです。今までは発話と実際の状態が同じ方向を向いていました。そこを無理にずらすと、もし何か出ても何に反応したのか分からなくなる。今は、生活の流れそのものを条件にしたほうがいいと思います」


「じゃあ帰る時、いつも通りでええな」


「はい。何か出ても出なくても、それで終わりです」


 真琴はそう言ってノートを閉じ、それ以上の案を増やさなかった。今夜帰るときに何も出なければそれも結果であり、出たとしても一度確認したらそのまま終えるという方針まで二人の間で揃っていた。


          ◇


 夜八時を回る少し前、二人は帰る準備を始めた。食器は洗って収納し、真琴のノートパソコンや充電器もバッグへ戻す。優也はキッチンの電源を確認し、冷蔵庫の扉が閉まっていることを見たあと、リビングのテーブルを元の位置へ戻した。


 今日一日を通して見れば、ACROSSで起きた特別なことは『継続――確認』が一度出ただけだった。それ以外は車内整理をし、問題集と仕事をし、夕食を作って食べただけで、普段と大きく変わらない。その普通の一日の中に一つだけ違う表示が混じったからこそ、優也にはかえって重く感じられた。


 真琴が上着を着て玄関へ向かい、優也も普段どおり車内の最終確認を続けた。実験のために帰るふりをしているわけではなく、本当に今日の予定を終えて車内を空ける時間になっていた。


「今日はこれで終わりですね」


 その言葉に、優也は少しだけ足を止めたが、すぐに普段どおりキッチン側の照明を落とした。さっき真琴と話した「終了」が頭をよぎっても、わざとらしく言葉を選ばず、実際の帰宅準備をそのまま続ける。


「せやな。今日はここまで。片付けも終わったし、もう帰ろか」


 わざとスマートフォンへ向かって言ったわけではなかった。真琴も、優也の言葉へ自然に「はい」と返し、玄関で靴を履き始める。


 その時、リビングのテーブルに置かれたスマートフォンが暗くなり、二人の動きが同時に止まった。誰も近づかずに見ていると、これまで何度も先に出ていた『確認――待機』ではなく、画面中央へ細い白線だけが浮かび上がった。


 『確認――待機』が出るのかと思ったが、今回は少し違った。画面中央に細い白線が現れ、そのまま一行の文字へ変わる。


『終了――確認』


 『確認――待機』は表示されなかった。


 優也は玄関から動かず、真琴も片方の靴を履いた状態のまま画面を見た。数秒だけ残った『終了――確認』は、それ以上何も加えず、ゆっくり薄くなって消える。


 表示が消えて車内に静けさが戻ってからも、二人はすぐには動かなかった。昼の『継続――確認』と今の『終了――確認』があまりにも対になって見えるため、驚きより先に、その事実をどこまで言葉にしていいのか慎重になる。


「……出たな」


 優也が低く言うと、真琴は一度だけ深く息を吐いた。彼女も同じものを見ていたが、ここで座り直して検証を始めれば「終了」という現在の状態そのものを崩してしまうため、記録の仕方まで含めて迷っているようだった。


「はい。しかも今回は待機がありませんでした」


「昼は『まだ帰らへん』で『継続――確認』。今は『今日はここまで、もう帰る』で『終了――確認』」


「発話だけじゃなく、実際に片付けも終わって、私は靴を履き始めていました。だから今回も、言葉と状態のどちらを拾ったのかは分けられません。でも、少なくとも同じ『受領――確認』ではありませんでした。継続と終了で、違う表示が出た」


 真琴は靴を脱ぎ直してリビングへ戻ろうとはしなかった。記録したい気持ちはあるはずだが、今日はもう終わると決めたあとで、二人ともその判断を崩さなかった。


「メモせんでええ?」


 優也が聞くと、真琴はバッグから自分のスマートフォンだけを取り出した。ノートを広げて詳しく整理するのではなく、今の条件を崩さない範囲で最低限の時刻と表示だけを残すつもりらしい。


「ここで短く残します。時間と表示だけ。詳しい整理は次に来たときにします。今から座り直したら、本当に終了だった条件を自分たちで壊すことになりますから」


「それもそうやな」


 真琴は自分の端末へ『20時前/帰宅準備完了/優也「今日はここまで、もう帰る」/表示「終了――確認」/待機表示なし』とだけ入力した。それ以上は書かず、端末をバッグへ戻して再び靴を履く。


 優也も最後の照明を落とし、普段どおり電源と扉まわりを確認した。『終了――確認』が出たから終えるのではなく、もともと終えるつもりだった一日の流れを、そのまま最後まで変えずに進める。


「ほな、ほんまに帰ろ」


「はい。今日はこれ以上見ません」


 二人はACROSSを降り、優也が扉を閉めて施錠した。車内へ戻ろうと思えばすぐ戻れる距離にいながら、それでも二人とも振り返って確認し直そうとはしなかった。


          ◇


 ガレージの外へ出る前、真琴は車体を一度だけ振り返った。優也も隣で立ち止まり、照明の消えた窓を見る。中から光が漏れている場所はなく、いつもと同じ静かな大型車がそこにあるだけだった。


「真琴」


「はい」


「今日のは、結構でかいよな」


 優也が聞くと、真琴はすぐに否定しなかった。昼の『継続』と夜の『終了』を頭の中で並べているらしく、少し考えてから、必要以上に大きな意味を持たせないよう言葉を選んで答える。


「大きいと思います。今までの『受領――確認』だけなら、共有が届いたかどうかを示している機能の延長として説明できました。でも今日は、継続している時に『継続――確認』、終わる時に『終了――確認』が出た。二つとも実際の状態と発話内容が一致しているので、言葉だけを理解したとまでは言えません。でも、状態の違いに合わせて表示内容を変えていることは、かなりはっきりしてきました」


「それって、声を聞いてるかどうかより一歩先?」


「可能性としては。ただ、私が今いちばん気になるのは、どこまで細かく分けているかです。継続と終了みたいな大きな状態だけなのか、それとももっと違う内容まで区別するのか。そこを急いで確かめる必要はありませんけど、次に自然な場面があれば見たいです」


「質問はまだせえへん?」


「しません。今は、こちらが言ったことに対して自由に答えているわけではなく、状態に近い短い表示が出ているだけです。ここで質問を始めたら、私たちのほうが会話にしたくなってしまうと思います」


「分かった。俺も今はこれで十分や」


 優也はそう言ってACROSSから視線を外した。以前なら、この流れの先をすぐ知りたくなっていた。『継続』と『終了』を分けられるなら、「行く」「戻る」「使う」「やめる」も分かるのか。名前を呼べば反応するのか。質問すれば何か返すのか。考えようと思えばいくらでも先へ進める。


 けれど、その全部を今夜確かめる必要はなかった。今日分かったのは、同じような白い文字でも、こちらの状況が違えば同じ内容を返すとは限らないことだった。受領だけではなく、継続と終了という別の状態が表示され、それが声を理解した結果なのか、ACROSS内部で状況を分類した結果なのか、あるいは《鑑定》の整理機能が外へ広がったものなのかはまだ分からない。それでも、何もかも『受領――確認』へまとめられているわけではないという事実だけで、今夜は十分に新しかった。


 真琴が帰る方向へ歩き始め、少し進んだところで振り返った。今日の結果が大きかったからこそ、次に来たときも検証から始めるのではなく、まずいつもどおり使うことを確認しておきたいらしい。


「次も、普通に使いましょうね」


 優也は笑って手を上げ、その言葉に素直に頷いた。


「分かってる。終わる時は終わる、続ける時は続ける。わざと逆のこと言うたりせえへんよ」


「それが一番です。今は、こっちが試験問題を作るより、普通に使っている中で何を拾うかを見るほうが大事だと思います」


「了解。また連絡するわ」


「はい。お疲れさまでした」


 真琴を見送り、優也はガレージへ戻らなかった。今日は『終了――確認』が出たあと、本当に終わる。それ自体を一つの条件として残したかったし、何より自分の中でも区切りをつけたかった。


 シャッターを閉める前に、暗いガレージの奥へ一度だけ目を向ける。ACROSSは何も言わず、何も光らせず、ただそこに停まっている。


 優也は小さく息を吐いた。言葉が返ってきたわけではない。それでも、こちらが「続ける」と言った時と、「終わる」と言った時で、同じ表示にはならなかった。ただ声を拾っているだけなのかもしれないし、周囲の状況を整理して、たまたま合う言葉を出しているだけかもしれない。その可能性はまだ残っており、真琴なら次もまずそこから考えるだろう。それでも優也には、ACROSSの中で言葉がもう単なる音ではなくなり始めているように見える、という実感だけが静かに残った。どこまで届いているのかを知るのは、もう少し先でよかった。


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