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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第三章 ACROSSの声
118/270

ep.118 今日だけの条件


 次の土曜日、優也がACROSSへ入ってから三十分ほど経っても、真琴はまだ来ていなかった。遅れるという連絡は届いているので心配するほどではないが、いつもより一時間近く遅い。


 優也は自分のコーヒーだけ先に淹れ、真琴の分は来てから温かいものを用意すればいいと考えて、カップだけ二つ並べておいた。


〈おはようございます、優也。真琴から共有された到着予定は十一時前後です〉


「見た見た。今週ちょっと忙しかったみたいやし、ゆっくり来たらええわ」


〈承知しました〉


 優也は問題集を開き、しばらく一人で過ごした。先週は市場、公園、温泉と、一日の中で選択肢が何度も入れ替わった。ACROSSはどれか一つへ先に寄せるのではなく、条件が変われば戻せるよう複数の候補を残し、その場ごとに再評価した。


 今日は、そもそも何も決めていない。


 それでも不安はなかった。


 十一時を少し回った頃、玄関が開いた。


「おはようございます。遅くなってすみません」


「おはようございます、真琴」


 優也は遅れたことより、いつもより少し疲れた顔をしているほうが気になった。歩き方も、普段よりほんの少し重い。


「別に謝らんでええって。コーヒー淹れよか?」


 真琴は一瞬だけ考えた。


「……今日は紅茶でもいいですか」


「ええよ。温かいやつな」


「ありがとうございます」


 真琴は上着を脱いで、いつものように優也の隣へ座った。ただ、背もたれへ体を預けるのがいつもより早い。


 具合が悪いという感じではない。


 ただ、疲れている。


 優也はそう見えたが、決めつけるのはやめた。


 紅茶を淹れて戻ると、真琴は両手でカップを包み、しばらく湯気を見つめていた。


「今日は遠出やめとく?」


「え?」


「疲れてるように見えるけど。違ったら違うでええし」


 真琴は否定しかけて、やめた。


「……少し疲れてます。今週、帰るの遅い日が続いたので」


「ほな今日は何もせん日でもええやん。腹減ったら飯食って、気が向いたら何か見るくらいで」


「いいんですか?」


「何があかんの?」


 優也が普通に返すと、真琴は少しだけ笑った。


「じゃあ、今日は甘えます」


「どうぞどうぞ」


 二人の会話が落ち着いたところで、ACROSSが声を出した。


〈確認してもよいですか〉


「はい」


「真琴は本日、長時間の外出と高活動量を避ける希望がありますか」


 真琴はカップを持ったまま少し考えた。


「具合が悪いわけじゃないです。ただ、今日はゆっくりしたいです。長く歩いたり、遠くまで行ったりはしなくていいかなって」


〈承知しました。本日の一時条件として保持します〉


 優也が横を見る。


「一時条件?」


〈はい。現在の発話は、真琴の継続的な外出嗜好とは分けて扱います。これまで散策や長時間の外出を肯定的に評価した記録があるため、本日の疲労を理由に“遠出を好まない”“歩くことを避ける”という恒常条件へは更新しません〉


 真琴が少し目を丸くした。


「今日はそうしたいだけ、って分けるんですね」


〈はい。本日の状態と、普段の嗜好は別です〉


 優也は頷いた。


「それ大事やな。今日だらだらしただけで、真琴が出掛けるん嫌いになった扱いされたら変やもんな」


「そのようには扱いません。本日の提案では活動量を下げますが、翌日以降へ自動的には持ち越しません」


          ◇


 真琴はすぐにノートを出さなかった。


 今日は記録を取ること自体、少し面倒そうだった。


 優也も無理に何かを始める気にならず、タブレットをテーブルへ置いた。


「昼まで何する?」


「何もしなくていいです」


「ほんまに?」


「はい。少しぼーっとしたいです」


「了解」


 優也も問題集を閉じた。


 しばらく、二人とも何も話さなかった。


 車内には低い空調音があり、外からは時々車の音が聞こえる。真琴は紅茶を少しずつ飲み、優也は背もたれへ体を預けた。


 沈黙は気まずくなかった。


 前なら、何か話さなければ間が持たないと思ったかもしれない。今は、隣に座っているだけでも時間が流れる。


 数分後、ACROSSが声を出した。


〈真琴。本日の一時条件に、会話量を抑える希望も含めますか〉


 真琴が少し驚いたように天井を見る。


「そこまで?」


〈現在、静かに過ごす希望がある可能性があります。ただし、発話が少ないことだけでは確定できないため確認しました〉


 真琴は少し考えた。


「会話したくないわけじゃないです。静かな時間が多くても平気、くらいです」


〈承知しました。“会話回避”ではなく、“無言時間を許容”として本日の状態へ追加します〉


 優也が思わず笑った。


「無言時間まで条件になるんやな」


「継続条件ではありません。現在の提案頻度と発話量を調整するための一時条件です」


「ほな今日は静かめで頼むわ」


〈承知しました〉


 それからACROSSは、本当に静かになった。


 何も言わないことまで機能の一つになったように、必要のない声を差し込まない。


 真琴はカップを空にすると、少しだけ優也側へ寄った。


「眠い?」


「少し」


「寝たら?」


「寝るほどではないです」


 そう言いながら、真琴は優也の腕へ自分の腕を軽く絡めた。


 先週から自然になり始めた距離だった。


 優也は何も言わず、腕の位置だけ少し楽な形へ変えた。


 真琴も何も言わなかった。


 今日くらいは、理由を聞かなくてもいいと思えた。


          ◇


 正午が近づく頃、真琴の表情は朝より少しやわらかくなっていた。


 優也が空になったカップを見て立ち上がる。


「腹減った?」


「少し」


「軽いもんにする?」


「温かいものがいいです」


 冷蔵庫には、先週の鍋で使い切らなかった野菜と豆腐が残っている。優也は雑炊とうどんのどちらがいいか聞き、真琴は雑炊を選んだ。


「俺作るから座っとき」


「手伝いますよ」


 真琴が立とうとしたので、優也は手で制した。


「今日はええって。そんな大層なもんちゃうし」


「でも――」


「毎回一緒に作らなあかん決まりでもないやろ。今日は俺がやる」


 真琴は一瞬だけ迷ったあと、素直に座り直した。


「……じゃあお願いします」


「任せとけ」


 出汁を温め、野菜を細かく切り、ご飯を入れる。最後に卵を流すと、車内へ柔らかい匂いが広がった。


 ACROSSは調理中も必要以上に口を挟まない。


 二人分を器へよそい、優也がテーブルへ運ぶ。


「熱いから気ぃつけて」


「ありがとうございます」


 真琴はゆっくり食べ始め、数口進んだところで小さく息を吐いた。


「美味しいです。こういうの食べたかった」


「良かった。足りんかったらまだあるで」


「今はこれくらいで十分です」


 優也は自分の分を食べながら、真琴をちらりと見る。


「そんな見なくても大丈夫ですよ」


「見てへん見てへん」


「見てました」


 優也は少し笑い、誤魔化すのをやめた。


「ちゃんと食えてるか確認しただけや」


 真琴はそれ以上言わず、少しだけ嬉しそうに雑炊へ視線を戻した。


 気遣われることを、今日はそのまま受け取る。


 それも、いつもとは少し違う選び方だった。


          ◇


 食後、真琴はようやくノートを取り出した。


「一時条件って、どのくらい残るんですか?」


〈内容によって異なります。本日のように時間範囲が明確な場合、原則として本日終了時までです。ただし、本人から継続希望があれば延長します〉


「明日になったら消えるんですか?」


〈条件としては終了しますが、履歴は残ります。本日疲れていた事実を削除するのではなく、翌日の嗜好判断へ直接適用しないという扱いです〉


 優也が少し身を乗り出した。


「履歴には残るけど、好みにはせえへんってこと?」


〈はい。一時状態と継続嗜好を分離します〉


 真琴が書き始める。


『一時条件と継続嗜好を分離』

『“今日はゆっくりしたい”を恒常的な外出回避へ変換しない』

『提案頻度・活動量・会話量などへ限定して適用』

『時間範囲が明示されている場合は終了時点を設定』

『履歴として保持しても、翌日の通常提案へ自動適用しない』


 書き終えたあと、真琴は少し考えた。


「でも、同じ一時条件が何回も続いたら?」


〈繰り返しが確認されても、自動的に継続嗜好へ変更しません。曜日、勤務状況、季節、前日の行動など、共通条件を確認します〉


「例えば毎週土曜だけ疲れてるとか?」


 優也が聞く。


〈その場合、“外出を好まない”ではなく、“特定条件下では低活動を選ぶ傾向がある可能性”として保持します。ただし、継続条件へ更新する前に本人へ確認します〉


 優也は納得した。


「結局、意味までは勝手に決めへんのやな」


「はい」


 同じ行動が何度続いても、その理由が同じとは限らない。


 そこをACROSSが勝手に埋めなくなってきたことは、二人にとって大きかった。


          ◇


 午後一時を過ぎた頃、真琴はかなり落ち着いた様子になっていた。朝のように背もたれへ沈み込む感じもなく、ノートを閉じると窓の外を見た。


「ちょっと復活しました」


「雑炊パワーやな」


 真琴は少し考えるようにカップの縁へ指を添えた。朝より声にも張りが戻っているが、それを食事だけのおかげにするつもりはないらしい。


「たぶん紅茶と、何もしなかった時間です」


「俺の雑炊ちゃうん?」


「雑炊もです」


 優也はそれなら十分だと笑い、残っていた自分のコーヒーを飲み切った。


「ほなええわ」


 真琴が笑う。


 冗談を返せるくらいには、朝より気分も軽くなっていた。


「近くなら、少し出てもいいかも」


 優也が横を見る。


「無理せんでええで」


「無理じゃないです。コンビニとか、本屋くらいなら行きたいです」


 ACROSSが声を出した。


〈本日の一時条件を更新しますか〉


「更新?」


〈現在、“長距離移動と長時間歩行を避ける”条件を保持しています。真琴から短時間の外出希望が発話されました。一時条件を“近距離・短時間なら外出可”へ修正できます〉


 真琴が少し笑う。


「朝のまま固定じゃないんですね」


〈はい。一時条件は現在状態に合わせて更新します。過去の一時状態を優先して、現在の希望を拒否することはしません〉


「それええな。朝疲れてたからって、夕方まで強制休養されたら嫌やもんな」


〈本人の現在希望を優先します〉


 真琴は少し考えたあと、近くの本屋へ行きたいと口にした。


「じゃあ、本屋行きたいです」


〈徒歩で行けるところに一店舗あります。ゆっくり歩いて十五分前後です〉


 優也は立ち上がる。


「それくらいならええな。しんどなったら途中で戻ろ」


「はい」


          ◇


 外へ出ると、風は少し冷たかったが、日差しはまだ残っていた。


 二人は急がず歩く。


 数十メートル進んだところで、真琴が自然に優也の腕へ手を回した。


 前回と同じ形だ。


「今日は寒いから?」


 優也が少し笑って聞く。


「それもあります」


「またそれも?」


「はい」


 真琴はそれ以上理由を足さなかった。


 優也も無理に聞かない。


 歩幅は、いつもより少しゆっくりだった。


「歩くの遅くしてます?」


「ちょっとだけ」


「私に合わせて?」


「今日くらいええやろ」


 真琴は横を見る。


「……ありがとうございます」


「嫌やったら速くするで」


「そのままでいいです」


 二人は同じ歩幅で本屋へ向かった。


 真琴の腕は離れなかった。


          ◇


 店内では、それぞれ気になる棚を見ながらも、大きく離れなかった。


 優也は無線関係の本を眺め、真琴は旅行雑誌と料理本を見る。


「次、ここ行きたいです」


 真琴が旅行雑誌を開き、海沿いの小さな町を指した。


「ええやん。遠い?」


「ACROSSなら二時間くらいみたいです」


「今日は行かんで」


「分かってます」


 真琴が笑う。


 優也はACROSSが反応するかと思ったが、何も言わない。


「今の候補、調べへんの?」


〈現在は雑誌上の話題であり、具体的な外出候補として指定されていません。先行準備の対象外です〉


「なるほどな」


 話題に出た場所をすべて候補へ変えない。


 見る。


 気になる。


 行ってみたい。


 実際に候補へ入れる。


 その間には、それぞれ違う段階がある。


 真琴もそれを面白そうに聞いていた。


「じゃあ、“いつか行けたらいいな”くらいなら?」


〈候補として保持することは可能ですが、検索更新の優先度は低く設定します〉


「今はそれでいいです」


〈承知しました〉


 旅行雑誌は棚へ戻した。


 候補を残したからといって、次の休みに行く義務はない。


          ◇


 本屋を出る前、真琴は小さな文庫本を一冊買った。


 優也は何も買わなかったが、店内を見て回った時間そのものが思ったより気分転換になっていた。


 帰り道では、真琴の歩き方もかなり軽くなっている。


「朝より元気なったな」


「はい。来てよかったです」


「じゃあ一時条件、もう解除?」


 優也がACROSSへ聞く。


〈本人確認が必要です〉


 真琴が少し考えた。


「長距離はまだいいですけど、近距離なら普通で大丈夫です。会話量も、もう気にしなくていいです」


〈承知しました。会話量調整を解除し、活動条件のみ“本日中は近距離優先”として保持します〉


「細かいなあ」


 優也が笑う。


「でも、今の状態に合ってます」


 真琴はそう言いながら、絡めた腕を外さなかった。


 優也はそこへ視線を落とす。


「それは一時条件なん?」


 真琴が一瞬止まる。


「何がです?」


「腕」


 聞かれた瞬間、真琴は少しだけ頬を赤くした。


「それは……」


 優也は急かさなかった。


 今日だけなのか。


 寒いからなのか。


 前回から続いているのか。


 答えを急いで決める必要はない。


 真琴は少し迷ったあと、腕へほんの少し力を込めた。


「これは、このままで」


「このまま?」


「……継続希望です」


 優也は一瞬だけ言葉を失い、それから笑った。


「ACROSSみたいな言い方やな」


「優也さんが聞くからです」


「俺のせいなん?」


「半分くらい」


 真琴も笑う。


 今日だけのものと、続けたいもの。


 同じ一日の中でも、それは別々だった。


          ◇


 ACROSSへ戻ると、真琴は朝よりずっと自然な動きで上着を脱ぎ、ソファへ座った。


 優也が紅茶を淹れ直す。


「今日はコーヒー戻る?」


「紅茶のままでいいです」


 優也はカップを取り出しながら、わざと少し大げさに首を傾げた。


「それも一時条件?」


「それは単に今の気分です」


「もう分類がややこしいな」


 真琴はようやくいつもの調子で笑い、ソファへ深く座り直した。


「全部分類しなくていいんですよ」


 真琴が笑う。


 優也も笑いながら紅茶を渡した。


 ACROSSは何も言わなかった。


 言葉にしなければならないものと、そのままでいいものを、少しずつ区別できるようになっている。


 真琴はカップを受け取ると、今日はノートを開かず、そのまま優也の隣へ深く座った。


「今日はもう記録しないん?」


「明日にします。今日は疲れた日なので」


「それも正しい使い方やな」


「はい。たぶん」


 二人はしばらく静かに紅茶を飲んだ。


 朝の静けさとは違う。


 今は疲れて黙っているのではなく、何も話さなくても落ち着くから黙っている。


 同じ沈黙でも、意味は違う。


 優也はそれを、わざわざACROSSへ確認しなかった。


          ◇


 しばらくしてから、ACROSSのほうから一度だけ確認が入った。


〈今後の一時条件について、確認したい項目があります〉


「何ですか?」


〈本日の真琴には、到着時刻の遅れ、発話量の低下、着席後の活動量低下がありました。これらを、今後“疲労”の自動判定条件として使用してよいですか〉


 真琴はすぐには答えなかった。


 朝の自分だけを見れば、確かに全部当たっている。けれど遅れる理由は電車かもしれないし、静かなのは考え事をしているだけかもしれない。ソファへ深く座ることだって、単にくつろいでいるだけの日はある。


「自動判定は、嫌です」


〈理由を教えてください〉


「今日みたいに当たる日もあると思います。でも、同じ動きでも意味が違う日があるので。疲れてるって決める前に聞いてほしいです」


 優也も横で頷いた。自分だって、朝に真琴を見て疲れているように感じたが、最初からそうだと決めたわけではない。聞いたから本人の言葉で確かめられた。


「俺もそのほうがええ。気づく材料にはしても、答えにはせんといて」


〈承知しました。到着時刻、発話量、姿勢、活動量などは“確認のきっかけ”として利用し、本人の内的状態を単独では確定しません〉


「それならいいです」


「また一個、線引き増えたな」


 優也が言うと、真琴は少し笑った。


「増えたというより、今まで曖昧だったところが見えただけかもしれません」


 ACROSSはその言葉に反応せず、確認した内容だけを簡潔に言い換えた。


〈観測できる行動と、本人が感じている状態を分離します。必要な場合のみ確認を行います〉


 優也は、今日の朝から今までを思い返した。真琴が静かだったこと。紅茶を選んだこと。雑炊を食べたこと。午後には本屋へ行きたくなったこと。どれも、その瞬間だけ見れば何かの答えに見える。


 けれど一日を通せば、ずっと同じではなかった。


「人って、めんどくさいな」


「今さらですか?」


「ACROSSからしたら、もっと単純なほうが楽やろ」


〈単純化すると、本人の状態を誤認する可能性が上がります〉


「真面目やなあ」


 真琴が小さく笑った。


「でも、その真面目さは助かります」


 ACROSSは〈承知しました〉とだけ返し、それ以上会話を伸ばさなかった。


 その短さも、今日の二人にはちょうどよかった。


          ◇


 夕方、真琴が帰る準備を始める。


 玄関へ向かう前に、ACROSSが最後の確認を求めた。


〈本日の一時条件について確認します。低活動条件は本日終了時で解除。履歴は保持し、通常嗜好へは反映しません。この扱いでよいですか〉


「はい」


〈会話量調整は解除済み。近距離優先条件も本日終了時で解除します〉


「お願いします」


〈承知しました〉


 優也が横から聞く。


「腕の継続希望は?」


 真琴がすぐに優也を見る。


「それ、ACROSSに記録させるんですか?」


「いや、冗談やん」


 優也が笑うと、真琴も呆れたように笑った。


 ACROSSは反応しなかった。


 必要のないところへ入らない。


 それも、最近のACROSSらしさだった。


          ◇


 帰り道、真琴はまた優也の腕へ絡んだ。


 今度は、理由を聞かなかった。


 優也も腕を少し曲げる。


「今日、来てよかった?」


「はい。朝はちょっと迷いましたけど」


「休みの日くらい休んだらええねん」


「ACROSSで休むのも、休みですか?」


「休みやろ。何かせなあかん場所ちゃうし」


 真琴は少し考え、それから小さく頷いた。


「そうですね。最近、ここに来ると何かしなきゃって思わなくなりました」


「俺ん家みたいになってきたな」


「車ですけどね」


「そこは毎回言うな」


 二人で笑う。


 駅が近づいても、腕は離れなかった。


 優也は今日一日を思い返した。


 朝は疲れていた。


 昼は何もしたくなかった。


 午後には少し外へ出たくなった。


 夜には、朝の条件はもう必要なくなっていた。


 一日だけでも、人の状態は変わる。


 そのたびに全部を書き換える必要はない。


 今だけ。


 今日だけ。


 しばらく続く。


 続けたい。


 似ているようで、全部違う。


 ACROSSがそれを分け始めたように、二人も少しずつ、自分たちの間にある変化を急いで一つの意味へまとめなくなっていた。


 真琴が腕へ少し力を込める。


 それだけは、今日だけではないらしい。


 優也は何も言わず、同じ歩幅で駅まで歩いた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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