始まった!バンド大会へ③
「今日はこれで終わり」
洋人は機嫌が悪そうにそう言って、一番にスタジオを出ていった。
無理もないWinter soulの演奏を聞いてから、皆の集中力は散漫になり練習に身が入ってなかった。
「風夏ちゃんは残るの?」
「うん。もう少し練習してく」
陽樹や拓海を見送って、風夏はもう少し練習して帰ると一人残ることにした。
Winter soulには、キーボードがいない。
(私が頑張ればなにか突破口になるかも)
洋人から渡された新曲の楽譜をみて、音を頭の中に叩き込んでいく。
鍵盤に手を重ねる。
深呼吸をすると、弾き始める。
何度も弾いてはアレンジを加えて変えていく。
どれだけ実力の差があっても、周りが無理だと言っても、諦めるわけにはいかない。
真海も応援してくれている。
そろそろ帰ろうかと考えているとがちゃっと扉が開いて、洋人が入ってきた。
「な、なに?」
「まだやってたのか?」
「そうだよ、決勝まであと少しだし」
「・・・だな」
「あのさ、優勝諦めたりしてないよね?」
「え?」
「言ってたよね、優勝しかないって。それで私をこのバンドに引っ張り込んだんでしょ?ちょっと上手い演奏聞いたからって優勝諦めたりしないよね?」
「ちょっと上手い演奏って」
「世の中、もっと上手い演奏する人なんてたくさんいるよ。そんな人に出会う度に諦めるの?私はここまできて、諦めるなんて絶対イヤ。私は勝つ方法を考える」
もう一度キーボードの鍵盤に手を重ねる。
アレンジを加えた新曲を全力で弾いていく。
優しく強く、切なく楽しく―。
洋人のギターの音が重なり、洋人の歌声が響く。
ガチャとドアの開く音がして、陽樹と拓海が入ってくる。
ベースとドラムの音も加わって、曲が、音楽が完成していく。
曲が終わると、「うわぁあああああああ!」と洋人が叫ぶ。
「やっぱり俺も諦めきれねぇ!」
「洋人・・・」
「絶対優勝するぞーーーー!」
「おぉおおおおお!」
4人の大きな声が響き渡った。
「ねぇ、何時だと思ってるの?」
遅くまで練習して帰ると、玄関に仁王立ちした弟が立っている。
「えーっと、23時?」
「うちの門限は?」
「・・・21時?」
「で、今は?」
「・・・23時です」
「何やってんの!」
「いや、勉強をね、真海のところで」
ぐっと弟にスマホを見せられる。
バンド大会のHPだ。
「ほー、バンドの勉強ですか」
「いや、それは・・・」
「家族に嘘ついて、何してんだよ、姉貴」
「まぁいいじゃないの」奥から母親が出てくる。
「母さんは黙ってて!家のことは何も知らないだろ!」
弟の大きな声が玄関に響いた。
「ごめん・・・言い過ぎた」
母は首を静かに横に振ると、その場に座り込んだ。
その背中がやけに小さくて、その背中に「ごめん」と頭を下げた。
「いいのよ、私のせいだもの」
何も言えずに立っていると、母が少し笑って顔を上げた。
「素直に言えない環境にしたのはお母さんのせいだもの。母さんが家のこと放棄して、仕事で稼ぐこともしなくいのに私が言えることなんてないわよね」
「お母さん・・・」
「風夏、ここに座って」
母親に促されて座ると、紙袋を渡される。
「母親らしいことずっとできなかったからね」
紙袋を開けると、新しい服が入っている。
「これステージ衣装にいいかなと思って買ってきたのよ」
「私はジャージで十分なのに」
「我慢しなくていいの。服が欲しいとか言えないから、ファッションとか美容とか興味ない振りしてただけでしょう?年頃の女の子が全く興味ないわけないじゃない」
「・・・気づいてたの?」
「当り前でしょ、母親だもの」
風夏は母親に抱きついた。
「母さんね、今度こそ仕事見つけたの。今までずっと仕事続かなくてあんた達にがっかりさせてきたから、ちゃんと続けられる仕事って自信がもてたら言おうって決めてたの」
「ほんとに?」
母は弟の手をぎゅっと握った。
「あんたももう普通の中学生男子に戻りなさい。母親役させて本当にごめんね。これからは母さんが頑張るから」
弟は少し涙目になりながら「おせぇよ」とつぶやいた。
1週間後、中間発表が出た。
得票数400票で2位だ。
やっぱり得票数800票で1位はWinter soulだった。
「いよいよ明日が本番だ。やれることはやった。あとは明日出し切ろう」
洋人の言葉に頷き、本選前の最後の練習を終えてスタジオを出た。
拓海と陽樹が「明日なー」と去っていく。
洋人と二人で歩くのが何だか気まずい。
「いよいよ明日だね」
「あぁ・・・」
「緊張してる?」
「してねぇよ」
「楽しもうね」
「あぁ」
住宅街に入って、辺りは静かだ。
洋人と風夏の足音だけが聞こえる。
洋人の足音が止まる。
「風夏」
「ん?」
「バンド入ってくれてありがとうな」
「・・・何?なんか洋人が御礼なんて気持ち悪い」
「気持ち悪いってなんだよ。っていうか、洋人って」
「だって洋人も風夏って呼ぶじゃん」
「あぁ、まぁそうだな」
「ねぇ、この大会で優勝したらお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「うん、お願い」
風夏は洋人に小指を差し出した。




