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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第64話 少女は、広すぎる空白に立ち尽くす

次の日――

少女は、ベガの見回りに同行していた。


「本当にいるの……?」


乾いた声が、荒野へ続く道に落ちる。


「冒険者ハンターがうろついているのは事実だ。犠牲者も、毎日のように出てる」


「あんたがいるのに?」


「オレの目を掻い潜って動いてる人間がいる。今も平然と門を出入りしてるかもね。証拠がないから、こうして歩くしかない」


歩きながら、ベガは気軽に手を振る。

冒険者に、商人に、通りすがりの女性に。

――顔がいい。

それだけで、空気がわずかに揺れる。

笑顔を向けられた女たちから、黄色い声が上がった。


「ベガ様!今日も暑いですね……今日は何か買っていきますか?」


「ああ、ありがとう。そうだね……」


街の様子を確かめるのも、彼の仕事の一部だ。

軽い挨拶を交わし、冷たい飲み物を受け取る。

檻越しに触れた指先で、ほんの数秒、時間が止まる。


「それよりも、今日の君は一段と美しい」


「そ、そんな……うれしい」


近づきすぎない。

だが、決して遠ざからない。

相手の女性は、本気だ。

甘い瞳で、ベガだけを見る。


「今日は2本なんですね」


「ああ。ツレがいるからね」


「ツレ……?」


視線が、少し後ろにいる少女へ向く。

そこにあるのは嫉妬ではなく、

――自分の領域に触れられた女の、静かな怒りだった。


「ちょっとした付き合いさ。君が気にするようなことじゃない」


「ふぅん……私を連れて行ってくれないのね」


「君が冒険者になったのは最近だろ?オレのレベルに到達したら、一緒に行こうよ」


「そ、そんな……」


「そんな顔もかわいいね。オレと君の関係だろ?何も心配することはない」


その曖昧さが、相手の呼吸を乱すことを、

ベガはよく知っている。

柔らかな微笑みは、無意識ではない。

計算の末に、選び取られたものだった。


「……はぁ……長い……」


暑さの中、待たされるのは正直つらい。

少女は視線を逸らし、影のない地面を見つめる。

用事を終えたベガは、何事もなかったかのように戻ってきた。


「お待たせ」


やさしすぎる微笑。

目元が先に緩み、口元が遅れて追いつく。

――この表情が、人の警戒を解くことを、

彼自身が一番よく分かっている。


「……」


少女は、呆れて言葉を失っていた。


「ん?なに、レディも嫉妬するの?」


「あんたに嫉妬する要素、ある?」


長々と交わされる甘い視線も、匂わせるような距離感も、正直うんざりだった。


「何年も捕まえられない理由、分かった気がした」


「いやいや、それはオレのせいじゃない。連中にもルールがある。今のハンターを殺したやつが次になるらしい。永久機関の鬼ごっこだ」


「随分詳しいね」


「何年もやってるから」


「何年も……って……」


引っ掛かりを覚えた、その瞬間。

通りがかった女性に声をかけられ、続きを失う。


「ああ、ごめん。なんだっけ?」


「いい。大した事じゃない……そのハンターの目的って、なに?」


「快楽主義者。ただそれだけだ。格下を見つけて、痛めつけて、ゆっくり殺す。非道な連中さ」


その瞳には、確かな憎しみが宿っていた。

何人も殺している――それは、嘘ではない。

彼の仕事が、本当に

“冒険者ハンターのハンター”であることが、少しずつ形を持つ。

少女の視線に気づいたベガは、薄く形のいい唇で笑った。

理屈では、信用すべきでない。

そう分かっているのに、その顔を前にすると、反論が遅れる。


「悪者退治はオレの仕事だよ。怖くなったら、オレの胸に飛び込めばいい。守ってあげる」


腰に手が回り、引き寄せられる。

柑橘系の香りが、ふわりと鼻をかすめた。

同時に、周囲から冷たい視線が突き刺さる。


「……窒息しそう」


無表情のまま、少女は距離を取った。


「せっかく、窒息するほど抱きしめてあげようと思ったのに」


肩をすくめるベガ。


「……で、わたしを連れ出した理由は?社会見学とか言わないよね」


「そんなつもりはないよ」


ベガは、門の先を指さした。

荒野。

ただ地平が続くだけの場所。

過剰なほど青い空。

容赦なく照りつける太陽。


「練習には最適だ。ここで、恐れず魔力に触れてみるといい」


制御の第一歩は、認知。

目に映るすべての魔力を、逃さず見ること。

ふよふよと漂う色に、視線を泳がせる。


「……」


昨日のような暴発は、避けたい。

ほんの少し。

触れるだけ。

赤い魔力に、そっと手を伸ばす。


「――っ!」


瞬間、赤は膨れ上がり、暴走した。

大きな岩が炎に包まれ、鈍い音を立てて砕ける。


「耐熱性は高いのに、割れたね。情熱的でいい。でも、この調子だと魔力切れを起こす」


「……ちょっと触っただけなのに。勝手に暴れるそっちが悪い」


肩で息をしながら、少女は呟く。

一度で、ほとんど力を使い果たしていた。


「魔力に意志はない。原因があるとしたら、レディ自身だ」


そう言って、間合いを詰める。


「……自分のキャンバスの大きさは知ってる?」


「キャンバス?」


「支持体だ。魔術師には一人一人、与えられている。キャンバスが大きいほど威力は増す。でも――」


腕をなぞる。

その動きは、指導と甘さの境界にあった。


「塗る範囲が広すぎると、疲れる」


指先まで、ゆっくりと。


「必要な分だけ。自分に見合う大きさに、優しく色を置くんだ」


「……説明のたびに触らないで」


「固いな。少しくらい遊んでもいいだろ?」


「……今は、そういう気分じゃない」


少女は、その手を払いのける。

――要点は、単純だ。

魔力の色を探す。

キャンバスを選ぶ。

色を塗る。

現実となって、魔法が発動する。

けれど。

絵画など、ろくに見たことのない自分に、それができるとは思えなかった。


「……キャンバスの大きさ……」


小さくていい。

小さなもので、十分なはずなのに。


「……無理。見つからない」


「どうした?」


「全部、大きすぎる……小さいのがない」


「ふぅん」


目を細めるベガ。

視線を逸らした少女に、ほんの少しだけ、寂しそうに笑う。


「今のレディは、世界を知らない赤子みたいなものだ。突然現れた大きさに驚いてるだけ。見続けて、慣れればいい」


少女は、再びキャンバスを見つめる。

やはり、広すぎる。

触れれば、きっと爆ぜる。

そう思いながら、また手を伸ばす。

――暴発。

火消し役のベガが、何度も制御する。

恐怖を覚えるたび、

キャンバスはさらに大きくなった気がした。

慣れたと思えば、また暴走。

一歩進んで、二歩下がる。

その繰り返しの末――

少女の足元が、わずかに崩れた。


「……あ」


視界が揺れる。

色が、滲む。

次の瞬間、身体が前へ倒れかけた。


「――おっと」


短い声。

反射的に伸ばされた腕が、少女を受け止める。


「……使いすぎだよ」


言葉は軽い。

けれど、抱き留めた瞬間だけ、ベガの眉が僅かに寄った。

想定より、深い。

魔力の落ち方が、妙だ。


「……ふぅん?」


一瞬だけ、少女の顔を覗き込む。

呼吸は浅いが、整っている。

理由を探そうとして、すぐにやめた。


「まあ、いいか」


ぽん、と肩の力を抜く。


「初日でここまでやったら、そりゃ疲れるよね」


少女の身体を、そっと地面に横たえる。

乱れた前髪を、指先で避けるでもなく、そのままにして。


「……少し、眠らせておこう」


魔力の流れを最低限整え、ベガは一歩、距離を取った。


「起きたら、また続きだ」


軽く言って、空を仰ぐ。

――興味深い原石だ。

それだけの話。

少女は、静かに眠っていた。

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