第四十四話番外 『後悔』
リクエストがあったため作成、『盗難』の別視点編。
計画は簡単だった。
限られた人間しか手に入らない結晶印と呼ばれるいくつかの魔法具、その中でも有用と思われるのがやはり無数に入れられるバッグやポーチだ。
あれらを入手することができれば、かなりの高い値で売り払うことができるのは想像に難くない。
事実、手に入れられないかという『注文』は殺到しているのだ。
とはいえそれがなかなかに難しい、流通ルートが不明というのが痛い。
その上結晶印の所有者はレスカ・セルフィナやゲイン・ノーレスといった人外級の者。
そうでなくても実力のある探索者ぐらいにしか出回っておらず、また、契約なのか結晶印の横流しが一切行われていない非常に厄介な品物なのだ。
とはいえ……いや、だからこそと言うべきか、ソレが魅力的な商品であることは事実であり、手に入れる機会がないかはずっと探っていた。
そしてその機会にも恵まれたのだ。
「よくやったな、お前たち」
「うまいこと一人になっていたんでなんとかなりましたよ」
「なかなか抵抗されたが、結晶印は入手できましたぜ」
部下が差し出すのは紛れもなく結晶印の鞄。
これ一つだけでも十分な値で売れるだろうことは間違いなく、成果は上々といったところだろう。
「持ち主はどうした?」
「それが……奪い、止めを刺そうとしたところで騒ぎが見つかったため、命を奪うまでは……」
「おそらく数日は動けないだろうが、命は残っていると思われます」
「チッ……運のいい」
持ち主が生きているとなると、売り払った先から見つかってこちらを辿られる可能性もある。
できれば口を封じておきたいところだが、今の時点でそれを実行するのは至難であろう。
「仕方ない、そちらは捨て置く……じゃあお前たち、これを含めて今日の商品の整理をやっておけ」
「「「了解」」」
自分の命に部下たちは従い盗品を集めた倉庫に向かっていく。
「さあ、どれだけ値がつくか愉しみだ」
鞄を含めた今日の売り上げの値を考えて俺はほくそ笑むのだった。
それから後、ほんの少しの嫌な予感というものを感じる情報を入手した。
「依頼が出されている……だと?」
それは情報集めのためにギルドにも顔を出す部下の一人からの報告であった。
仮にも探索者が襲われたことで何かが起こっていないかを確認させにいったのだが、予想外の報告であった。
結晶印の捜索と奪還……あまりにも情報の早いそれに多少の驚愕を覚えながら考える。
依頼者は結晶印持ちの中でも上位の実力を持つゲイン・ノーレス、参加条件は結晶印持ちであるということ。
「……お前ら、正体がバレるようなヘマはやっていないだろうな?」
「やってませんって!」
探るような声に慌てて言う部下たち。
まあ、そのあたりに関しては問題ないだろう……何せここは人の流入の激しい街、犯人を特定するのは容易ではない。
ゲインほどの探索者であるならここの存在を知っていることは有り得るが、それにしたって同じようなことをやっているのはここだけではない。
さすがに奪ってすぐから結晶印の宣伝などやってはいないのでせいぜいどこかで結晶印が売り出されるかもしれない止まりだろう。
それに捜索と銘打たれていることからも心当たりがないことを示している。
それならば問題ないと俺は少しの安堵を覚える。
「それでどうします?」
「今回の目玉でもある……幸い現状の危険度は高くはないはずであるし、続行だ」
「了解です!」
「とはいえ、万が一の可能性もある、逃走経路は確認しておけ」
そう最低限の命令を下し、部下を作業へと戻す。
実際のところ、出せる指令はそれぐらいである。
事が発覚して騒ぎになるというのはこんなことをやっていれば当然のリスクである。
客にしてもそれはわかっていることであり、疑いがあるぐらいで店を閉めるようであればこちらの方がよほど問題になると思われる。
故にこそその指示に問題はなかったはずだ。
しかし、ほんの少しの疑念は残る。
本当にこれでよいのかと……しかし、あまりにも小さな疑念は疑念のまま時が過ぎていくことになる。
それからして時間が経ち、会場となる倉庫内に客となる者たちが少しずつ入り始めてきた。
客の中には今日の品物がどんなものがあるかを部下たちに聞いている者もいる。
なんと言っても今日結晶印持ちの人間が襲われ、奪われたということはある程度調べればわかることである。
そうであるならば、それがあるのかどうか探りを入れるのは当然だろうし、自分もまたそうする。
そんなふうに眺めていれば、今日の客入りがいつもよりも多いことに気づく。
理由は当然結晶印であろうが、値段以上に思わぬ効果があったことに俺は小さく笑った。
そのまま部下に命令を出しながら自身も準備を行い、いざ始めようとした時……それは起こった。
轟音。
それとほぼ同時に倉庫の入り口の扉が吹き飛ばされた。
その先にいるのは、黒いコートを着た二人の人間……顔は判別はつかないが、学生だろうか。
どうやらその二人が片方ずつ扉を殴り飛ばしたようである。
その二人が誰なのかはともかく、唐突の状況に静まりかえるこの倉庫の中でその二人の声が響いた。
「さて……お前らは手を出しちゃいけないものに手を出した」
「だから……覚悟はいいな?」
驚くほどに朗々に響いた声、そして後ろから見覚えのある探索者たちが現れる。
おそらく……いや、確実にコイツらは結晶印持ちの集団だろう……であればあのゲインすらここに来ているということ。
頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響く……それは別に俺に限った話ではなくて、周りでも悲鳴や怒号が上がり始めていた。
そんな中で、最初に現れた二人が客を突っ切りながらこちらへと近づいて来ている。
その二人の後ろに見えたのはゲイン・ノーレス……それだけでなくレスカ・セルフィナの他有力すぎる面々が来ていることが見て取れる。
正直に言って有り得ない……依頼が出たのは今日なのだぞ!?
そのはずなのに何故ここまでの探索者が揃っているというのだ!?
なんにせよこの時点で襲撃者をどうにかするという線は消えた、とにかく身の安全のためにもここから脱出しなければならない。
襲撃者たちに傭兵をけしかけて俺たちは脱出路に向かって走り始める。
傭兵は足止めにしかならない……それがわかっているだけに即座に逃げを打った自分に間違いはないだろう。
客など知ったことではない、まずは自分だと隠し通路の入口まで走る。
それがえらく遠くに感じながら、たどり着いた俺の後にはしっかりと金や金になりそうな盗品を抱えている自分の仲間の姿。
「くそ、こんなのアリかよ!」
「いいからさっさと逃げるぞ!」
「ええい、何をしている!」
口々に悪態をつきながら、隠し通路の扉を開ける。
この先は入り組んだ迷路状にしてあるため、逃げ込むことさえできれば間違いなく助かると、そう信じていた。
なのに、そこにあったのは一つの絶望。
「な……」
絶句。
意味がわからなかった。
逃走経路の確認は行っていた……先ほど見たときは確かにそこにあったのだ。
しかし、今ここにある現実には……土で埋まり塞がれた通路のみ。
「ど、どういうことだ!?」
「さっきまでは確かに!?」
有り得ない現実に周りが恐慌状態に陥っていく。
馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な、有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない。
ここには確かに出口があったはずなのだ。
何だこれは、夢か!?
意味のわからないまま思考停止していた間に、黒いコートを着た二人組みのうちの一人が近づいてきていて……何も行動が出来ないままに俺は意識を失った。
次に気がついたときには、すべては終わっていた。
俺を含めた全ての者たちが警備隊に捕まり、牢屋へと入れられた。
こうなってはどうしようもなく、裁きを受けるほかにない。
あの時に感じた疑念……それに従っていればこうなることを避けることはできたのだろうか?
いや、それ以前だ。
過ちは一つ、結晶印に手を出したこと……その時点でこうなる運命だったのだとなんとなくだが確信した。
依頼を出してほんの数刻のあいだにあれだけの人員が集まり報復に出る。
ああ、これは手を出してはいけないものだったのだと今さらに理解した。
同業者ども、ひとつだけ忠告してやる……結晶印には手を出すな、残りの人生が惜しければな……
闇市場主催者、後悔の独白。
というわけで別視点編でした、上手く書けていれば幸いです。
今回の話以外にもここの話で誰の視点が見たいと言ったものがあればリクエストをください。




