第四十四話番外その二 『怒髪』
リクエストを受けたため作成しました。
『盗難』のアサカ視点になります。
それは、いつも通りの何でもない日のことだったんだ。
今日はヒサメの手伝いもないからと仲間内で探索……というよりも金銭稼ぎのための狩りの申請を行い、街の外に来ていた。
「アサカ、行ったぞ!」
「ああ、任せろ!」
普通というには明らかに大きすぎる猪の化け物。
狩りの最中にそれが同時に三体現れ、こちらを襲ってきたのだ。
「せやぁっ!」
猪の突進をかわし、そのまま機工剣を猪にたたきつける……感じるのはまるで石でも斬りつけたかのような感覚。
コイツらの身体は外皮は異常に硬く、その一撃が斬撃ではなく打撃にしかなっていないことに舌を巻くしかない。
こちらの人数は五人、内魔法科は一人であり若干の不利だと判断する。
「アサカの一撃でもダメか」
「戦斧ならいけるかもしれんが……あれ使うなら正面からしか使えんぞ」
戦斧は基本重量がありすぎるせいで振り下ろしを使う時ぐらいしか変形させない……水平に振れればもう少しまともに使えるんだろうが。
とにかく今はまだ使えるとは言い難い状況、使うなら振り下ろしの当たる正面だが……あの突進を正面から受けるなど考えられない。
死にはしないとは思うが、吹っ飛ぶのは間違いないだろう。
「一体ならどうとでもなるんだがな」
「運が悪いよね」
こちらのメンバーは機工剣の俺に、戦士科の剣使いと弓使い、技能科と魔法科。
こういう硬い相手には有効打の与えにくいメンバー構成である。
もともと狙っていたのは狼の類だったため、そこまで火力が必要ないはずだったのである。
「つぅか、まだなのか?」
「あと少しだろ……」
この状況を切り抜けるもっとも手軽な作戦のために、戦士科三人で猪三体の注意をこちらに向けさせていた。
そして、時間を稼いでいる間に……
「三人とも、準備が出来ましたよ!」
「下がってください!」
その待望の呼びかけに、俺たち三人は一目散に二人のいる場所へと駆け出した。
当然その状態を放置することなく追いかけてくる猪たちだが……問題ない。
俺たちは二人のいる少し前ぐらいで高くジャンプをしながら二人のもとにたどり着き、そして猪たちは俺達の跳んだ下に存在していた落とし穴に軒並み落下していく。
していくん……だが……
「おい、墜落音が聞こえないんだが……どれだけ深く掘った?」
「絶対上がってこれないくらい目一杯深く……かな」
「アホか!? 深すぎて牙とか肉とか剥ぎ取れないだろうが!?」
「こんだけやって成果なしかよ……」
「ああ!? ごめんなさいごめんなさい!?」
そこそこ有能なんだが、変なミスが多い俺の仲間たち。
俺は一応そこでのエースっぽい位置にいるわけだが……まあ、なかなか居心地はよかった。
今収穫がなかったのはいただけないとしても、とりあえずはまだ余裕があるしもうすこし粘ろうかと思っていたとき、今日来ていない仲間の一人がその知らせを持ってやってきたのだ。
「コーダ先輩が……襲われた?」
伝えられたその知らせを、俺は最初理解することができなかった。
正直なところ、本気で嘘の報告でもしに来たのではないかと持って来た奴を疑ったほどだ。
だけど……当然ながらそんなことをするほど向こうも暇ではないことはわかっている。
だからこそそれは本当のことで、それを完全に理解した俺たちは持てる力を全て出し尽くすように全速で街へと引き返した。
先輩の運ばれた診療所に駆け付けた俺たち、そこには眠るコーダさんがいた。
命の心配に関しては問題ないことを聞いてとりあえず安心したものの、続けられた言葉に苛立ちが増した。
「どうやら物盗りの犯行だろうとのことじゃ……心当たりは」
「ある」
ああ、心当たりに関しては一つしか考えられなかった。
俺が知る限り、コーダさんの命を狙うような人はいないし、そういう人間を作る人でもない。
物盗り以外に考えられない状況で、コーダさんを狙って欲しいという物などソレしか考えられない。
であるならばやることは決まっている……それを為すためにも俺は診療所の出口に向かって歩き出す。
「アサカ!?」
「お前らは先輩を頼む……俺は、盗られたものを取り返してくる」
呼び止める仲間の返答を聞かないまま、俺はそのための場所へと全速力で駆ける。
悔しいが俺じゃどうすればいいのかわからない……だけど、何とかできるであろう人物を俺は知っている。
必至になって街の中を駆け抜けて『旅人』の前へと辿り着く。
店の時間的にもう客はいない頃だろう、俺は勢いに任せて入口の扉を開けた。
「……ハァッ……ハァッ」
「? アサカ?」
気が動転していたのは間違いない、少なくともここに来るまでに息をこれだけ乱していること自体がもうらしくない。
そして見えるのは俺が来たことに疑問符を浮かべるルノと、黙ってこっちを見るヒサメの姿。
「ヒサメ……力を貸してくれ!」
俺の叫びにヒサメは少し真剣な顔で、
「コーダさんの件だろ?」
「っ! 知ってるのか!?」
やっぱりという思いと、知っているのならなんでまだここでこんなことしているんだという思いが俺の中に湧き上がる。
ともすれば、掴み掛らんとする衝動を抑えながら、口を開くヒサメの言葉を聞く。
「昼に客から聞いたよ……原因は魔法具のポーチ目当てだって考えている」
それは俺と同じ考えで、そして以前から予想していた問題だ。
だからこそ、その対策をコイツがしていないわけがない。
「だったら話は早ぇ! おおよそわかってるんだろ、盗んだ奴らの居場所!」
「まあ、確かにすぐに調べられるが……少し落ち着け」
「いいから、早くし……」
「落ち着け」
落ち着けるわけがなかった、だからこそこうやって全力で詰め寄っていたのだが……ヒサメの口にした一言に俺は止まってしまう。
俺では到底出せないレベルでの威圧……それに脅され、気がつけば後ろに下がっていた。
それだけでなく、気がつけば床に座り込んでしまっている。
「知っている俺が何でこんなところでのんびりしてると思ってるんだよ、普通なら喫茶店途中で閉めてでも行動するさ」
「あ……」
ようやく頭が冷静になってきたと自覚する。
そう、最初に疑問に思ったじゃないか、なんでまだこんなことをしているのだと……ヒサメがそうしている以上、理由があるに決まっているのに。
「緊急依頼が出してある、結晶印盗難犯の捜索および奪還、決行は今日の夜……参加者は結晶印持ちでな」
ギルドに依頼を出していたのか……まあ、詳しいことは後にするとして……
「じゃあ、それに俺も参加させてくれ!」
「……言っとくが『奪還』依頼だからな、捕まえるまでだ……後は警備隊に引き渡す」
「……わかった」
俺の怒りを読み取っていたのだろう。
そう言われてはこちらも従うほかなく、ヒサメの言葉に頷いた。
「それじゃあ、時間まで奥で待機を頼む……ルノ、突入用装備の準備」
「わん!」
ヒサメに言われて、俺はルノとともに店の奥へと向かう。
その途中に、俺は振り向かずにヒサメに問いかけた。
「なあヒサメ?」
「なんだ?」
「実はお前もキレてるんじゃないか?」
俺の問いに、ヒサメは何も返さなかった。
ヒサメだってこういう可能性はわかっていたのだろうが……それでもいざ起こってみれば平静でいられるはずがないのだ。
自分が原因であればなおさら、だからこそ。
「いつものお前なら、俺があんな状態でも止め方をもう少し考えるだろ」
威圧や殺気のような暴力に近い形で落着けさせるというのはコイツの柄じゃない。
「……そうだよ……んなの、当たり前だろうが」
そして、絞り出すような声は……明らかに怒気を纏っていた。
それほどまでに抑え込んでいたのかと驚愕し、少しだけバツの悪い表情になって謝る。
「……悪い、そうだよな」
そのあとはヒサメの言に従って、時間まで身体を休めていたのだった。
そして今、結晶印を持った夜会のメンバーと共に、奴らがいるであろう倉庫の扉の前に立った。
「ぶち抜くぞ」
「任せろ」
ヒサメと並んで、拳を構える。
驚きを与えそのまま強襲するための一撃、先輩の恨みの分と合わせて、全力で扉を殴りつける……その一撃で左右の扉両方が吹き飛び、中の様子が露わになる。
あまりにも唐突な状況の変化に、中は静まり返ったままこちらを窺うような視線が集中する。
「さて……お前らは手を出しちゃいけないものに手を出した」
「だから……覚悟はいいな?」
中の人間たちもようやく把握し始めたようで、ざわめきが大きくなってきているが……もう関係ない。
俺とヒサメは客の中へと突っ込んでいく。
「おらぁっ!」
「このっ!」
直接の関わりはないにしてもこんなところにいる以上は同情はしない。
近くにいる奴らを一撃で気絶させながら、前へ、前へと俺たちは突き進む。
「テメェら、何しているかわかってんだろうな!?」
「うるっせえんだよ!」
どうやら、ヒサメが警備の傭兵に接触したらしい、そして俺もまた同じように対峙する。
「ったく、うちのお得意さんによくもまあ」
「知り合いがやられたからな……その報復だ」
「なぁるほど……こりゃ、引き受けたのは失敗かね」
傭兵の男は気乗りがしないといったように俺に向けて剣を構える。
「やる気がないならどけ」
「そうもいかんでしょう、こっちも舐められるわけにはいかんからね」
退く気がないことを理解し、俺もまた剣を取り出した。
今回は正体がばれないため、目立つ機工剣は使用不可……その状態で目の前にいる奴を倒さなければならない。
そんなときに、ヒサメと対峙している男の叫びが聞こえた。
「くそっ、今日も儲かりそうだったてのに……台無しだろうが!」
「っ、ふざっけんなよ!」
傭兵である以上、そのことに関して否定する気はない。
ないが……面と向かってそういうことを言われれば怒りが湧き上がらないはずもない。
「あらら……バカだねアイツも、既に業火なのにわざわざ油注がんでもいいだろうが」
「お前ら……」
「覚悟できてんだよなぁ!」
俺とヒサメがほぼ同時に踏み込み、靴に仕込んでいた魔法具を発動させた。
その結果発生するのは急激な加速であり、予想外の速度で近づいたことにより傭兵も驚いた顔を見せてくる。
「ちょっ……そりゃ反則じゃない!?」
斬り上げにより相手の剣を上に跳ね上げて、すぐさま回し蹴りで吹き飛ばす。
「ぐっ……こりゃ、ちょいシャレにならないね」
その一撃で沈まなかったことに舌打ちをして、そのまま攻撃を仕掛け続ける。
自分の頭に血が昇っているのはなんとなく理解していた、いつもの武器じゃないことを差し引いても剣筋が荒い。
そのせいで、攻撃が防がれているのもまた当然なのだろう。
だが、関係ない……ただコイツを倒して、そして先輩のものを取り返すだけだ!
「くっ……若いってのはいいねぇ……」
「うるせぇ……ぶっ飛べぇぇぇぇぇっ!」
「あ、こりゃ駄目だわ」
激しい剣のぶつかり合い、それにより傭兵の持っていた剣が砕け散る。
どこか諦めたような声が響く中、俺は無防備な傭兵へと渾身の蹴りを叩きこんだ。
吹き飛び転がっていく傭兵は、そのまま地面に倒れて起き上がろうとはしなかった。
「負けましたよ、もう立てませんって」
見下ろす俺に、軽く手を振って応える傭兵に俺は呆れを見せる。
「よく言うぜ……全然余裕そうじゃないか」
「ま、君らが怒る理由はわかるからね、今回はこっちが悪いし……乗り気じゃないのよ」
飄々とそう言って、どこか一方に視線をやる。
「それに、終わったみたいだしね」
その言葉に俺も視線を向ければ、ヒサメが主催者たちを伸していたところであり、俺も納得した。
「ま、捕まっても死ぬことはないだろうし、牢屋暮らしってのも経験しとくもんよ」
「……喰えねぇおっさん」
「なっはっはっ」
勝ったにも関わらず、その心境は複雑。
とはいえ一番捕えなくてはいけない奴らは既に押さえたことであるし、これ以上俺にできることはないだろう。
俺の心境はともかくとして、この件は一応の終わりを見せるのだった。
それからしばらく後の話だ。
「うっす、先輩」
「やあ、アサカ」
先輩が目を覚ましたという知らせを聞いて診療所にやってきた俺は先輩の姿を見て心中で安堵のため息をついた。
「体調はどうっすか?」
「上々、かな」
ベッドから起き上がっていた先輩は俺への返答代わりに身体を軽く動かして見せる。
その様子を見て大丈夫そうだと思いながら、手近の椅子に座り話しかける。
「そりゃなによりっす」
「心配かけたね」
「否定はしませんっす……他の奴らはもう来たんすか?」
「ああ、アサカが最後だよ」
「そりゃ都合がいいっす」
さすがに結晶印関係の話に関しては、仲間たちにも早々に言えないからな。
そのことに関しては少々気が重いが、今は好都合だと納得した。
「一応、襲われた原因に心当たりはあるっすよね?」
「結晶印だろ? それで、そのあとどうなったんだ?」
「ええ、ギルドに緊急依頼を出したところ、手の空いていた結晶印持ちのメンバー全員、奪還作戦に参加して、取り戻してきました」
俺の説明に、先輩は目を見開いて、
「……全員?」
「ええ、レスカさんとゲインさんという二大含めて来れる奴全員です」
「…………ごめん、襲われた側だけど、そいつらが哀れでならない」
「っすね、まあ同情はしませんけど」
正直な話、結晶印のメンバー全員居れば小国一つくらい簡単に落とせそうな気がしてならない。
そんなメンバーを一部とはいえたかだか一団体にぶつけるなんて正直鬼の所業という他ない。
「味方で本当に良かった……」
思わずといったようにこぼれる先輩の一言ももっとももっとも。
「とりあえず、鞄の方は持って来たっすけど」
「ありがと、でも、しばらく預かっていて貰える? 同じようなことが起こってもまずいし、持っていても相応しいくらいに力が付くまでさ?」
「んん……再犯は盛大なパフォーマンスをしたんで早々ないとは思いますが、まあわかりました……とりあえず中身の方は退院したときにでも渡しますんでそのとき喫茶店によってください」
「あ、了解」
おおよそ伝えるべきことを伝え、俺と先輩は笑いあう。
そして、他愛のない話をして盛り上がるのだった。
『旅人』従業員アサカ、仕事休みの日の出来事であった。




