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第四十四話 『盗難』

「なるほど……じゃあ、今はエイセル山脈の通行は止められてるんだ」


「ああ、結構な土砂崩れだったらしい、幸運なのは被害者は特にいなかったことらしいが」


「まあ、嵐の日に山脈を越えようとする強行軍はなかなかいないでしょう」


 俺は常連の探索者であるゲインさんとそんな会話をしつつ、コーヒーを淹れる。


先日強い嵐の夜があったのだが、それが原因で西にある山脈で土砂崩れが起こったそうだ。


幸いにも被害はなかったそうだが、現在はその山脈を使った道は封鎖中、山脈を越えようとしてやってきた探索者や商人が足止めを喰らっているらしい。


ギルドに登録して以来、探索者の客の数が増えたためこういう地域情報が入って来やすくなったことは大きな利点になったと言えるだろう。


飲食店であるため会話することも多く、個人経営の店としてはかなりの情報量を誇ると思っている。


「あちら側といえば……そうだ、そろそろあそこの豆が尽きる頃だったな」


「なに?」


 山脈を越えた先にある街を思い出し、そこでたまに使うコーヒー用のカルト豆がそこの街産出だったことを思い出す。


少々困ったと思っていると、むしろ俺よりも深刻な表情を浮かべているゲインさんの姿。


「まさか……コーヒー飲めなくなるのか?」


「いえ、個人趣味用で使っている分ですから、店に出す分には関係はありませんよ」


「そいつはよかった」


 ゲインさんは露骨に安心した表情を見せてくる……ついでに周りで聞き耳を立てていた数人も同じような表情をしており、同じく杞憂だったと安堵しているのだろう。


改めて見てみるとコーヒー中毒者の非常に多いこと……いや、嬉しくはあるんだけどね。


「そういえば……ギルドのコーヒー制作はどうなってますか?」


「まだまだ試行錯誤の段階だな、マスターのように美味い、と言える作品が出来上がるのは先の話だ」


「そうですか……たまには味見しに行きますかね」


「行ってやってくれ、それでアドバイスもあげれば向こうも喜ぶだろ」


「自分のこだわりって物がありますからね、人のアドバイスがどれだけ役に立つか……」


 まあ、淹れている最中のポイントくらいは教えてもいいのかな……そんなふうに考えていると、ルノが新しい注文を持ってきたので、そちらへ取り掛かることにする。


「…………しっかし、手際のいいもんだな」


「飲食店ですからね、これくらいの腕はないと」


 俺の手の動きを見ながらゲインさんが呟くので、簡単に返して調理を続ける。


ついでに言えば同時思考の技術も使用しているという点もないわけではないが特筆して言うこともないだろう。


「そういえば……例えばですけど、ギルドに俺が依頼したとして、その依頼を受けてくれる人っていますかね?」


「そりゃ内容次第だろうな、とはいえ、マスターの依頼ならば受けてくれる者は多いだろう」


「そうですかね……例えば、北の雪原地方のカルト豆の買取依頼とか」


 分類的には薬草の採取願いなどと同じになるのだろうか、入手量の少ない地域のカルト豆なら是非欲しいところであるのだ。


「なるほど……それに期限などはあるのか?」


「いえ、単純に持ってきていただければ期間については問いませんよ」


 普通に店に出す分とは別種のものだから在庫が切れていても特に問題はない。


それを聞いておおよその内容を理解したゲインさんは口を開く。


「なるほど、期限のない依頼ならそれなりに受ける者は多いだろう……あとは報酬はどうする気だ?」


「とりあえず、豆の代金にプラス手間賃加える形ですかね……仮にこれぐらいの依頼の相場っておよそどれくらいですか?」


「そうだな……大体こんなところか」


 少し考え込んだゲインさんが金額を俺に伝える。

 

それは予想よりも安価な相場で、俺は考えていた報酬などを修正する。


「……っと、ルノ、料理できたから持って行ってくれ」


「わん!」


 完成した料理をルノに渡し、注文した客の所まで持っていくように頼む。


それからすぐに食器の洗い物へと取り掛かりながら、ゲインさんとの会話に戻る。


「じゃあ、その値段に若干上乗せして……後は労いにいつもと違うオリジナルブレンドのコーヒーでもご馳走とかどうでしょうか?」


「任せてくれ、北の雪原の豆だな」


「って、早速乗り気か!?」


 冗談っぽく言った瞬間、マジな目をしたゲインさんが胸を張ってくる。


いや、いや、いや……そんなに飲みたいのか、コーヒー?


「待ってくれ! その依頼は是非俺に!」


「待て待てお前ら、俺こそ雪原の依頼があるから丁度いいだろう」


 他、聞いていたコーヒー中毒者どもが身を乗り出してアピールを行ってくる。


あえて言わせて貰おう、本当にどんだけ好きなんだよ……と。


実際に中毒性のあるものなんて入っていないはずなんだけどなぁ……嬉しいのに複雑な気分になるのはなんでなんだろう。


「はいはい、依頼は後日正式にギルドに頼みますんで落ち着いてください」


「いや、是非今ここで契約を!」


「正式依頼だとライバルが増える!」


「あんたらなあ……」


 頭を抱えながら、とにかくヒートアップする面々を落ち着けようとする。


結局、出入り禁止をほのめかした瞬間、揃って争いが収まったことに俺はなんとも言えない気持ちを抱くのだった。


「ま、別に一人限定とかではないんで、正式に依頼が出てからお願いします」


「「「はい、わかりました」」」


 皆さん素直でいいことです。


全員落ち着き、蒸し返さないために別の話を振ることにする。


「ゲインさん、他には何か変わった話とか噂とか聞いてない?」


「そうだな……土砂崩れの一件以外には何かあったか……」


 思い出すように目を閉じてそれから口を開く。


「楽しい話で言えば、近々この街に曲芸士の一団がやってくるらしいぞ?」


「へぇ……サーカスか……」


「わう!? ヒサメヒサメ、見たい!」


 俺たちの会話を聞いて、一息ついていたルノが目を輝かせて食いついてくる。


以前立ち寄った街でサーカスの一団の公演を見た時からまた見たいとは言っていたが、結構な執着だな。


「落ち着け落ち着け……ゲインさん、それっていつぐらい?」


「詳しい話は聞いておらんが……一週間後に一週間ほど滞在する予定らしいぞ」


「なるほど……公演期間がそれだけあれば、まあ連れて行けるか」


「ホント!?」


「ああ、任せろ」


 俺は笑ってルノに言う。


しかし……自分たちのほうが場合によってはよっぽど曲芸じみたことをしている気がするが……それはまあ言ってはいけないところか。


「それで……楽しい話は、って告げたあたりそれ以外の話もあるのか?」


「まあ……マスターにはあまりよくない話かも知れんな」


 俺にとっては?


さて何のことだろうか、とそこまで考えて一つ思い当たる事象があった。


当たって欲しくはない予想……だけどやはり世界は優しくないらしい。


「結晶印の魔法具が強奪された」


「誰が、誰に、何を、どうなった?」


 ゲインさんがギリギリ聞こえる程度の声量で発した言葉はこちらとしては看過できない。


結晶印とは俺の作った魔法具の総称であり、夜会の参加メンバーのみが持てるもの。


信頼できる人物しか集めていないから入手経路が早々外部に漏れることはないものの、その存在自体は使用されているためある程度知られている。


目をつけられることは予想していたが、こうも早く実力行使に出られるとは思わなかった。


「コーダがポーチを、犯人は不明……コーダは意識不明の重体だ」


 最後の言葉にギリと奥歯をかみ締めた。


その名前に当然ながら心当たりがある、コーダさんはアサカが先輩と慕っていた人である。


探索者の中でも若い方で、だからこそ狙われたのだろう。


発端は自分の魔法具である以上、こちらにも責任がある。


「どうする気だ、マスター?」


 夜会での注意点として、魔法具に関しては持ち主以外の使用に関してそれなりの条件や約束をつけている。


当然盗られた場合のこともある程度の対策は立ててある。


「盗られたのはコーダさんでしたね……それにポーチとなれば中にも大量に大事なものが入っているでしょうし……大丈夫ですよ、取り返します」


「とはいえ、あてはあるのか?」


「盗難用に仕掛けはしてありますから場所はわかりますよ、それに……そんなものがなくてもポーチを渡した人間は全員覚えてますから」


 渡した覚えの無い奴が持っていたらソイツが当たりと言うことである。


まだ奪ったやつが持っていようと、あるいは別の奴に渡っていようと奪われた結晶印という存在がソイツのことを指し示す。


「なるほど……」


「後は……持ってる魔法具全部使おうが奪い返すだけです」


「待て、待ってくれ……街が壊れるからそれは止めてくれ」


 俺の物騒な発言にゲインさんが待ったをかけた。


そりゃ対空用の爆弾とか広範囲の魔法具もある程度紹介しているからね……そりゃそんなもの街中では使えない。


「まあ、限度は守りますけど……初の盗難ですからね、今後ないようにしないといけないですから」


 結晶印に手を出すということがどういうことなのか、その見せしめとして使わせてもらう。


ああ、行動を起こしたお前らを後悔させてやる。


「……怖いぞ、マスター」


「ああ、すいません」


 ゲインさんの言葉に俺は表情を営業スマイルに戻す。


とりあえず、喫茶店の営業を終わらせないと行動には移せないかな……いや、自分が奪い返しに行くよりも周囲に影響させやすくした方がいいだろう。


「ゲインさん、一つお願いがあります」


「うん、なんだ?」


「俺の代わりに緊急の依頼を出してくれませんか? 結晶印盗難の捜索と奪還依頼……参加者は同じく結晶印の魔法具を持っている人間で、報酬は……夜会の場で」


「ほぅ」


 ゲインさんが目元を吊り上げる。


俺の意図がおおよそ伝わったらしい。


「場所は凡そわかるのだろう? わざわざ捜索をつけたのは」


「当然、まだわかっていないと思わせるためです、まあ、張り出されているのを見られれば警戒はされるでしょうけど」


「なるほど……しかし怖いねえ、奪えば他の全員から狙われる……確かに牽制にはいいかもしれないな」


 ゲインさんがコーヒーを飲み干し、立ち上がる。


彼の表情にもきっと俺と同じような笑みが張りついていることだろう。


「わかった、早速出しておいてやる」


「ええ、今日の夜、参加者は広場に集まるように」


「ああ」


 ゲインさんの会計を済ませると、そのままギルドに向かって外へと出て行った。


ついでに同じく常連で魔法具持ちの一人を連れ出して……会計、はテーブルに置いてあるな。


「なあマスター、一体どういう話だったんだ」


 小声で聞こえなかったため、近くの客が聞いてきたが秘密ですと苦笑しながら答えておいた。


その後は他の客と会話をして、魔物の情報や新しく開発された魔法具やその部品についての話を聞くことが出来た。


新部品は少々気になるので後ほど入手できるようにザインさんに仕入れを頼んでおこう、そんな話を交えながら時間は過ぎていき……客も全員いなくなった頃に突然入り口の扉が力強く開けられた。


「……ハァッ……ハァッ」


「? アサカ?」


 扉が壊れるかと思うほどの衝撃、その先には焦りだとか怒りだとか余裕のない表情を浮かべていた。


そんなあまりにもな姿を見せるアサカにルノは疑問符を浮かべながら様子を見ていた。


「ヒサメ……力を貸してくれ!」


 そんなルノの視線にも気づかぬように、アサカは俺に叫ぶように助けを請うた。


ああ、やはりと俺はアサカの目的を告げる。


「コーダさんの件だろ?」


「っ! 知ってるのか!?」


 聞いた瞬間、アサカが俺に向かって詰め寄ってくる。


何一つ余裕の見られないアサカの行動は荒々しく、ともすれば襟のあたりを掴みあげられそうなほど気迫に満ちていた。


「昼に客から聞いたよ……原因は魔法具のポーチ目当てだって考えている」


「だったら話は早ぇ! おおよそわかってるんだろ、盗んだ奴らの居場所!」


「まあ、確かにすぐに調べられるが……少し落ち着け」


「いいから、早くし……」


「落ち着け」


 熱くなってこちらの話を聞こうとしないアサカに、殺気に近いものを正面からぶつける。


かなり容赦なくぶつけたソレに気圧されてアサカは数歩後ろに下がって腰が抜けたかのように座り込んだ。


「知っている俺が何でこんなところでのんびりしてると思ってるんだよ、普通なら喫茶店途中で閉めてでも行動するさ」


「あ……」


「緊急依頼が出してある、結晶印盗難犯の捜索および奪還、決行は今日の夜……参加者は結晶印持ちでな」


 問題はどれだけの人数が来るかだが……少なかったときは俺が何とかするしかないか。


取り返すだけなら一人ででも可能だが、今回はできるだけ派手に動きたい……そのための準備もしなければならないだろう。


「じゃあ、それに俺も参加させてくれ!」


「……言っとくが『奪還』依頼だからな、捕まえるまでだ……後は警備隊に引き渡す」


「……わかった」


 俺の言葉に渋々といったようにアサカは頷いた。


最初の案では殺さないまでも全力で恐怖を与えようとしたのは秘密にしておこう。


「それじゃあ、時間まで奥で待機を頼む……ルノ、突入用装備の準備」


「わん!」


「……わかった」


 ルノが店の奥へと消えて、その後を立ちあがったアサカが追いかける。


だけどその途中にアサカが足を止めて、振り向かずに俺へと聞いた。


「なあヒサメ?」


「なんだ?」


「実はお前もキレてるんじゃないか?」


 アサカの問いに俺は何も返さない。


だってそれは完全に真実だったのだから。


「いつものお前なら、俺があんな状態でも止め方をもう少し考えるだろ」


「……そうだよ……んなの、当たり前だろうが」


 他人に魔法具を渡しているのだから、何かしらの問題が起きることは理解している。


それでも実際に起こってみれば、早々に許容できるものではない。


信頼して渡したものが、他人の手で悪用されると思うと本気でおぞましく感じてしまう。


自分の作品に、ひいてはじいさんの作品に泥を塗られることはある意味で俺の逆鱗とも言えるだろう。


「……悪い、そうだよな」


 何かを感じたのか、アサカはそれきり黙って奥へと入っていった。


自分以外の誰もいなくなった喫茶店内で、俺は血が出るほどに拳を握り締めて立ち尽くしていた。




 そして夜の広場、そこには夜会の客の内半数を超えるほどのメンバーが揃っていた。


その周囲には結晶印について知りたいのだろう、関係のない探索者達の姿もちらほらと見ることが出来る。


「これはまた、予想以上に来ているな……」


「わう、すごい」


「……確かに」


 数人くらいだと考えていたところに予想の倍以上が来ているのだ、嬉しい意味での誤算である。


とりあえず周囲の認識を誤魔化すことのできる魔法具をルノやアサカとさりげなく周囲に設置して他の探索者のマークを外していく。


「お、依頼主のご到着のようだな」


 そんな中で目ざとく俺たちを見つけたレスカさんが周りの注目をこちらへ収束させる。


「思った以上に来ていただき、ありがとうございます」


 俺は集まってくれたメンバーに一礼。


「別に構わないよ、報酬は貰うわけだし……それよりマスターたち、その格好は何なんだ?」


 一人の男性客が軽く言って、それから俺たちの姿に疑問を入れてくる。


俺とルノ、アサカはそれぞれフードつきの黒いコートに身を包んでいた、割と深いフードのため顔などはほとんど見えていないだろう。


ついでに周囲に設置した魔法具と同じくある程度認識を誤魔化すことが出来る。


まあ、さすがにこちらから声をかけたりして接触した後は効果が激減するんだが。


「一応、結晶印の作成主は秘密ですから」


「あ、なるほど」


 納得を示した男性客はそのまま他に聞くことは無いようでそのまま引き下がる。


引き下がった彼以外のメンバーを眺めてみれば、レスカさんやゲインさんのほかこの街の探索者でも上位の存在がちらほらと見えた。


「この街に現在いないメンバー以外の全員がここにいるよ」


「全……員?」


 レスカさんの言葉に思わず俺は信じられないという意を示す。


「それだけマスターのことが気に入られているのさ、それに……」


「信頼を持って渡されたものを強奪するような輩が許せないのはみんな同じなんだよ」


 口々に言われる言葉に、若干のくすぐったさを感じながら俺は一度頷き、


「皆さん……ありがとうございます」


 深く一礼……それでしか今の感謝の気持ちを表すことができなかったから。


それから頭を上げて、俺は街の一方向に向かって振り返る。


「場所はもう見つかっています……あとは思いっきりやるだけです」


 その言葉に周りに若干の動揺が走る。


あれ、何か問題があったか?


「捜索も依頼じゃなかったのか?」


「ああ、場所がわかっていないように書いて置けばもし依頼のことが知れても多少警戒が甘くなると思いまして」


「なるほど……マスターも人が悪い」


「そうですかね?」


 茶化すように言われた言葉に首を傾げてみれば僅かに周りから苦笑の声が上がる。


緊張していないのはいいことだがその笑いの意味は何なのだと問い詰めたくなった。


とはいえそんなことにとるような時間はあるはずが無く、なごやかな雰囲気は消えて俺たちは夜の街を静かに走り出した。


設置された魔法具のせいで急激に動き出した俺たちに周囲でこちらの様子をうかがっていた探索者たちは反応することができず、関係のない者たちは全て振り切られていく。


裏道に近い場所を通りながら、一路目指すのは倉庫の立ち並ぶ一角……ああ、人のそんなに来ないいい場所と言えるだろう。


「マスター、向かっている場所に心当たりがある」


 先頭の俺に並走するようにゲインさんが俺に声をかけてくる。


「知っているんですか?」


「既に使われていない倉庫がある……噂程度だがそこで盗品のオークションをやっているという話を聞いている」


「なるほど……ほぼ間違いなさそうですね」


「だろうな」


 話しながら、さらに苛立ちが増していく……と同時に少しの安堵。


情報が遅ければ取り返すことは出来ても、主犯を捕まえられなかった可能性がある。


事が結晶印であるためそんなことは無かっただろうが、それでもギルド登録したことによる情報の回りの早さが影響しているだろうことは想像できる。


今回のようにこれからも良いように回ってきてくれればと考えながら、俺たちは目的の場所へとやって来た。


「さて……どうするか」


 入り口に二人の見張りがいることを確認し、見つからないように待機する俺たち。


「考える必要はないだろう、マスター?」


 思考する俺にレスカさんが簡単に言う。


そちらを見れば、レスカさんだけでなく他の人たちも頷き臨戦態勢を取っている。


「今回は次に手を出す輩に牽制するためのものなのだろう?」


「だったら、やることは一つ」


「盛大に、派手に、圧倒的にやること……そのためには」


「正面突破」


 レスカさんを先頭に、次々と先を歩き始める。


全員が全員、見ていなかっただけでやる気十分だったようだ。


「おいおい……ま、言われてみれば確かにそうか」


 本来なら正面突破にしてもある程度の段取りを立てるべきなのだが、聞きそうにもない。


それに、そもそも俺も今回はそう落ち着いてなんだかんだと考える気もない。


「ふぅ……アサカも準備は良いか?」


「ああ、問題ねえ」


 今回一番危ういアサカに多少の注意を払いつつ、俺たちも建物の影から出て倉庫の見張りに目のつくようにする。


「な、なんだゾロゾロとおまえらは!?」


「んな大勢で何しにきたんだよ、ここがバレると大事だろうが!」


 一人は困惑で、一人はオークションに参加しに来たのかと勘違いして声を出す。


「ああ、バレるとかそういうことは関係ない」


「なに?」


「ここは今日……潰す」


 俺の発言によってようやく見張りも状況に気づいたのだろう。


「に、逃げ……」


「敵しゅ……」


 叫び声を上げるも、それが終わる前にレスカさんとゲインさんの拳が見張りたちの腹へと決まり、気絶した。


「んじゃ、始めるぞ!」


「「「「「応!」」」」」


 一人の脱走もさせない、そのためには一気に混乱させて冷静な判断を奪う。


そして立ち直る前に全てを終わらせる電撃作戦。


「ぶち抜くぞ」


「任せろ」


 その第一打とばかりに俺とアサカは左右に分かれている扉を手加減無しに殴りつけた。


およそ拳から出るような音じゃない轟音が響き、衝撃で変形しながら扉が吹き飛んでいった。


そのあまりの登場の仕方に中にいた者たちは狂乱することもなくただ呆然と俺たちが中に入ってくる様子を目にしていた。


「さて……お前らは手を出しちゃいけないものに手を出した」


「だから……覚悟はいいな?」


 俺とアサカから放たれる言葉には強い怒気が込められていた。


そしてその怒気はこの倉庫の中に伝搬し、ようやく中の者たちが今の状況を正しく認識し始める。


それは同時に、驚愕や悲鳴、怒号といった騒乱の開始を告げたのだった。


「命令は簡単だ……一人も逃がすな!」


「了解」


「ハ、目障りだったから遠慮はしないぜ」


「いやはや……普通はないことだぞ、こんなの」


 俺の命令に、後ろから今回の参加メンバーが口々にそんな言葉を残して騒乱の中へと突入していく。


中にいるのは数十人、対してこちらはよくて二十人と言ったところだろうか……それでも一切しくじる気はしなかった。


優先すべきは半数以上の客ではなく、当然ながら主催側の人間たち。


俺とアサカは人の中を突き抜け、ただ真っ直ぐに主催者たちのいる前方の作られたステージへと駆け抜けていく。


「おらぁっ!」


「このっ!」


 戦闘能力の無さそうな客を一撃で気絶させながら俺とアサカは奥の主催者側へと近づいていく。


だけどさすがにすんなりとは行かせてくれないようだ……横から放たれた殺気に俺は短剣を取り出してその一撃を受け止めた。


「テメェら、何しているかわかってんだろうな!?」


「うるっせえんだよ!」


 警備役の一人なのだろう、荒事の心得はあるのだろう、受け止めた一撃を弾きながらすぐさま返しの一撃を放ったが躱されてしまう。


辺りでも何人かが剣を打ち合わせる音が聞こえている……アサカもその一人に捕まったようである。


「くそっ、今日も儲かりそうだったてのに……台無しだろうが!」


「っ、ふざっけんなよ!」


 この傭兵たちは間違いなくここの商品がどういうものであるか知っているはずである。


その上で、そう口にする男に苛立ちが募る。


「お前ら……」


「覚悟できてんだよなぁ!」


 同じように怒るアサカと同調するように、ほぼ同時にそれぞれの相手に向かって一歩を踏み出した。


その踏み込みに反応して、靴に仕込んだ魔法具により踏み込み後の速度が一気に跳ね上がる。


予想もしていなかっただろう加速に傭兵たちは虚をつかれ、


「速……」


「沈めや!」


 高速で近づいた俺はそのまま男の顔面を殴りつけた。


多少の心得はあろうともただの人間、殴られた男は地面に叩きつけられて沈黙する。


歯の数本は折れただろうが、同情する気はないし生きているだけマシだろう。


アサカのほうも若干手間取ってはいるが優勢にことを進めている……問題はないと確認して、俺は先に主催者へと近づいていく。


既にこの場の客の半数以上が沈み、傭兵たち次々に撃破されていく。


さすがに信頼でき、自分の魔法具を使いこなせると思って渡した探索者たちである、仕事が速い。


残る問題は主催者側であるが、自分たちだけはと盗品や金を持ち出して倉庫の奥、陰のある場所に逃げ込んでいた。


足元にあるのは……地下への脱出経路。


「逃がしはしないさ……既にそこは」


 愕然とした様子を見せる主催者側に俺は小さく笑みを見せる。


突入の際、いつもいるはずの姿がそこにはいなかった……何も言わずとも、最善の行動をとっていてくれていた。


「サンキュー、ルノ」


 上下を含めて入ってきた入り口以外の場所は、全てルノの大地の魔法によって覆われ、隔離されている。


既に塞がれている地下への脱出口を見ながら、俺は主催者に向かって蹴りを放つ。


脱出口の消滅と言う驚きから完全に停止していたその男は、俺の蹴りを顔面にまともに喰らいながら吹き飛んでいった。


体勢を整えて着地をすれば、こちらに襲い掛かることもなく残った主催者側の人間たちは悲鳴を上げるだけ……その様子に呆れながら俺はそいつら殴り飛ばして沈めるのだった。


それがこの夜の騒動の終わりを告げる合図となる。


「さ、色々吐いてもらおうか?」


 殺気混じりの笑顔で、わざと意識の残していた男の襟を掴みあげて俺は口を開くのだった。




 それから先は、突入と即座に連絡をいれ、そして騒ぎを聞きつけた街の警備隊に客と傭兵、主催者たちを引き渡した。


こちらの被害はゼロで中にいた者は全員無力化、盗品に関しても少なくとも今回用意されたものに関しては完全に回収を行うことが出来た。


問題の盗品であるが、こちらの目的である結晶印の魔法具の他にも精巧な作りの武具や装飾品、美術品などかなり多岐に渡っていた。


こちらとしてはコーダさんのポーチとその中身を回収できたことで満足であり、顔を出したくない俺やアサカは事後処理をゲインさんに任せて外で張っていたルノを連れて離脱するのであった。


それから後日のこと、


「やっぱり効果は絶代だったみたいだよ」


「そうですか」


「命が惜しければ結晶印に手を出すな……だそうだ」


 あのパフォーマンス後の様子に関して店に来ていたレスカさんとゲインさんに聞いてみればそのような答えが返ってきた。


命が惜しければって……たしか誰も殺してなかったと思うんだけど……少なくとも俺は。


「噂には尾ひれがつくものだよ、今じゃ結晶印持ちっていうのは一つの軍隊みたいな扱いだ」


「いやいや軍隊って……」


 そんな大層な名前がつくほど人数いないんだけどな……


「ま、これで馬鹿か大きい組織でもない限り狙ってくることは無いだろう」


「仮にやられたならばまた依頼で呼び出してもらえれば手を貸そう」


「ありがとうございます」


 温かい言葉に、頭を下げてお礼を言う。


できれば二度とこういったことがないことを祈るのみである。


重要な話は終えて二人と談笑をしていると、入り口の扉が開き、


「マスター、依頼の品持ってきたぞ」


「あ、はい、こちらで承ります!」


 その後実際に出した豆の納品を求める声が響いた。


そういった探索者がよく来るようになったため、今ではサナちゃんに納品物の会計を任せていたりする。


「さて、じゃあ、持ってきてもらった豆でオリジナルのコーヒーでも作りますか」


「こっちにも頼むよ」


「おお、一杯な」


「依頼達成者限定だ!」


 便乗するレスカさんとゲインさんに呆れながら答え、俺はコーヒー製作に取り掛かるのだった。






 喫茶店『旅人』、カルト豆の買い取り始めました。

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